第4話 スレンダー美人のカネコさん

彼女の凛とした立ち居振る舞いは声を発さなくても存在感と清潔感がある。随分年下なのに教えを乞いたくなるポリシーをもっており、職場で納得のいかないことが起こると、一人でも異議を唱える。それでいて、決して感情的にならず、強気な印象は微塵も与えない。淡々と問題点を指摘し代替案を提示する。長身で手足が長く、くっきりとした目鼻立ちは、ガッキーこと新垣結衣さんを思い起こさせる。隣に座られるとそわそわしてしまいそうだ。2018年度の人事異動で彼女はここへ来た。私の職場は、毎年定期的に異動の発令があるので、4月に必ず配置替えがあるのだが、なんと、2018年度は、このスレンダーな美女と同じ部署を担当することになった。どうしよう、早速明日から私の隣にガッキーがいることになる。中学や高校で、可愛い転校生が来て、まさか隣の席になり、嬉しいのだがどうしていいか分からない男の子の気持ちが味わえた。彼女の前で、かっこよくクールに装いたいけれど、それは無理だと答えが出ているので、私は3枚目路線を選択した。『一日一笑』毎日1回は何らかの形で彼女を笑わせよう!ノリはほとんど中学生男子だった。


結論から言えば、このテーマは達成された。1年間毎日彼女を笑わせることができた。一笑どころか二笑、三笑してくれる日もあった。私が何もしていないのに見ただけで笑ってくれる日もあった。よく笑ってくれる子だった。私は中学男子の心持ち、彼女には女学生のような透明感と真っ直ぐさがあった。ある時は、私が、両腕に時計を何本も巻きつけて袖下に隠し、「ジャーン」と戯けて見せたら、真面目な執務室の空気をつんざく高らかな声で大笑いしてくれた。またある時は、朝一、片目ずつ何度かウインクをして挨拶したら、トッホッホッホッと笑ってくれた。挨拶も会話も沈黙も彼女はその場の空気を温かく優しくふんわりとした空気に変えてくれた。


彼女を見ていて思うのは、家族をとても大切にしているということ。時間を上手に使うということ。感情でものを言わないということ。一見おっとりとしているが、仕草が落ち着いているからで、作業はとても手際よい。高足がにのような長い手足がどこにでも届いてどこへでも行き着ける。癒し系な雰囲気を流しているのに、あっという間に仕事を2つ3つ捌く。LINEでやり取りをしていて、今度飲みに行きたいね〜という流れになる。と、たちまち日程の提案がある。すぐに約束が決まる。決断と実行が早い。


そして、何といっても声が優しくて艶やかである。「あのね、私はね…」と語りかけるトーンが耳と心にスーッと入ってくる声色を持っている。彼女の声を聞くと、人に話すときの声って大事だな、武器だな、超音波だなと思ってしまう。


そして、彼女がその端正な顔立ちとは裏腹に、生き物が大好きなところがまたギャップ萌えを生じさせてくれる。玄関マットの下から這い出してくる得体の知れない虫を見ても動じない。家では、何種類もの昆虫やはちゅうるいを育てている。道端に蛇を見つけたら、わぁーっといって捕まえに行く。タマムシの美しさをLINEで送ってくる。カナヘビの孵化をライブ配信してくる。バイオロジー女子なのだ。子どもが2人いるが、仕事が忙しくてもそれを理由に育児から逃げるなんてしない。むしろ、子どもとの時間を捻出し楽しんでいる。時間をやりくりし、家族とアウトドアライフを謳歌している。素敵な生き方をしているなと後輩ながら尊敬する。


3月に辞令が出て私は転勤することになった。送別会で彼女から手紙をもらった。一年という短い付き合い時間だったが、私の隣を独占できて嬉しかったと書いてあった。その言葉をそのまま彼女にお返ししたい。仕事はシビア&ヘビーだったが、カネコさん、あなたが隣にいてくれたからゴールすることができたよ。笑わせると言いつつ、わたしの方があなたから幸せをもらっていたんだね。ありがとう。

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