177話 会戦
近衛師団は数百の兵で大禍国本陣近くまで来ると、篝火に照らされた陣に立つ旗を見て、自分たちが大禍国の陣に向かっていると初めて知った。
大禍国でもこの小規模な近衛師団の部隊接近は知っており、威力偵察かなにかと捉えていた。
この頃にはスケルトン集団は展開を終えており、ボア族とヴァラヴォルフ族の出陣準備が整うのを待つばかりとなっていた。
まずは初戦を制すべし、と大主教が考えたかはわからないが彼は配下に、前進してくる近衛師団の小規模部隊へ攻撃を命じた。
スケルトン総指揮官に率いられた、スケルトン集団が前進を開始する。
暴筒を斉射すると薙刀を振るって無言の内に前進する。
凄まじい数の軍勢が声1つ挙げずに前進する姿が、不気味だった。
たちまち近衛師団の小規模部隊は正面と左右から包囲された。
スケルトン集団は暴筒で近衛師団の前衛を脅かすと、すぐさま突撃して近衛師団が後退する暇を与えなかった。
王宮へ送る兵を展開させている近衛師団の陣からもこれは見えた。
幸運なことに、この頃には騎兵の一部が出陣準備ができていた。
彼らは味方を救援すべくスケルトン集団へ突撃する。
しかし、騎兵部隊全体の準備ができておらず兵力不足だった。
この騎兵の突撃はある程度は成功した。
スケルトン集団を後退させることはできたが兵力不足からそれだけだった。
だがスケルトン集団が後退する間に、間抜けにも大禍国の本陣まで接近してしまった小規模部隊を逃がす時間は稼げた。
しかし、このことがボア族副族長のヘプラーにあることを気づかせた。
大禍国本陣は要塞化されていて守るにはいい。
だが大規模な兵力を本陣前に展開すると、後退できる空間がなくなる。
大規模な兵力のすぐ後ろに本陣があるので、後退しようにも部隊がまとまって動ける場所がないのだ。
闇夜で一旦負けだすと兵が本陣内に逃げ込もうと、本陣各所にある門に殺到する。
兵が一箇所に固まって団子になり、いい的になるのだ。
本陣間近で戦うと、空間的にも兵の心理的にも不利だとヘプラーは気づいた。
気づいたとあらば、これを利用しない手はない。
近衛師団を相手に今の状況を再現すればいいのだ。
彼は展開が終わった各部族の兵に前進を命じた。
数の多いスケルトン集団を中央に据えて主力とし、ヴァラヴォルフ族とボア族がその左右を固める。
さらにその脇を騎兵が進んだ。
黒母衣衆は本陣脇備えとして待機し、最終場面で投入する予備兵力とした。
この頃になると近衛師団でも城への援軍どころではなく、大禍国と戦うべく近衛師団の陣の前へ続々と部隊を展開させていた。
展開時間を稼ぐために魔法使いが魔法を放つ。
放たれた魔法は放射線を描いて、前進する大禍国の部隊に降り注いだ。
しかし、ほとんどの魔法は大禍国の部隊の上で消えていった。
消える瞬間に空間が揺らめく。
先の東邦大遠征でラビンス王国の魔法使いの攻撃を防いだ、防殻魔導が大禍国の部隊の上に張られているのだ。
こうなればほとんど無傷で進む大禍国の部隊から、反撃の魔導を近衛師団に浴びせたいがそれはできない。
大禍国では大規模な魔導を扱えるのはエカテリーナ1人だ。
他には少数のスケルトン魔道士がそれを補佐できるくらいだ。
だから、今大禍国の部隊の上に張っている防殻魔導が彼らにできる精一杯のことだった。
その魔導防殻ですら所々に抜けがあり、近衛師団の魔法を貫通させてしまう。
幸い兵には魔導が施された鎧をきているから大きな被害はない。
しかし、魔法が着弾するたびに兵が吹き飛ばされて隊列が乱れる。
そのため大禍国本陣を出たときは横一列だった各部隊が、近衛師団の陣に近づく頃にはデコボコになっていた。
近衛師団は話には聞いていたが、魔法が効かないことに驚いた。
しかし、王国でも名うての精鋭集団。
会戦で決着をつけるべく、展開の終わった部隊を前進させる。
先に仕掛けたのは近衛師団だった。
デコボコになって前進する大禍国部隊の中央の1つの部隊に狙いをすます。
このスケルトン集団の1部隊へ、3つの近衛師団の部隊で前方と左右から包囲するように攻撃を始めた。
数で劣るスケルトン集団は相当に苦戦するが、その場に踏みとどまって応戦する。
幸いこの部隊はスケルトン総指揮官が直接指揮を取る部隊だった。
彼はわかっていたのだ。
自分がここで踏みとどまれば、やがて左右から別のスケルトン集団の部隊が前進してくる。
そうすればその部隊を使って左右から近衛師団を逆包囲することができる。
スケルトン総指揮官の予想は当たった。
味方苦戦を読み取った左右の部隊は、魔法が降ってくるのも構わず遮二無二前進すると、左右から近衛師団を逆包囲する。
ここで見事だったのは、スケルトン総指揮官が指揮する部隊が後退を始めたことだ。
左右の別のスケルトン集団の部隊から圧迫される近衛師団は、逃げ場を求めて三方包囲の奥へ奥への誘われていく。
もっとも、このスケルトン総指揮官の部隊が後退したのは意図的なものではない。
左右から援軍が来たので消耗が激しい自部隊を後退させただけだった。
しかし、結果はうまくいった。
近衛師団が、事態に気づいたときには手遅れだった。
前方を、再び前進を開始したスケルトン総指揮官の部隊に。
左右を援軍にきたスケルトン集団の部隊にと、三方から包囲されていた。
幸い近衛師団でもこの状況に気づいた部隊が援軍に駆けつけ、大禍国の左右の部隊を圧迫したことで三方包囲は解かれた。
包囲下の部隊は辛くも脱出することができた。
各地で似たような戦いが行われていた。
月明かりも雲で隠れ気味でほとんどない。
闇夜で行われる戦いは双方、相手の松明を頼りに前進して会戦する。
双方ともに兵力を過大に見せるために、松明を大量に兵に持たせなければならなかった。
そうして、いざ戦うとなると兵は武器を取るために、両手に持った松明を捨てる。
背に背負った松明1本を頼りに戦わなければならなくなるのだ。
双方ともに視界がきかず戦況の把握が困難だった。
どちらの部隊も前進しては少し戦って後退する。
相手に勝って前進しても、自部隊の左右の味方部隊が、自部隊と一緒に前進できる状況なのか不明だからだ。
もしも自部隊だけ前進してしまっては敵中で孤立してしまうことになる。
昼間なら見える旗や
少し遠くの隣で集団で揺らめく松明が、敵か味方かわからないのだ。
そうかといってお互い前進せずに、距離を取って矢合戦になるかといえばそうではない。
例えば、矢合戦の最中に弓隊の後ろに密かに突撃隊を潜ませて置く。
そして、敵が矢合戦に夢中になった頃合いで突撃隊が飛び出し、敵の弓隊もろともその奥の部隊まで轢き潰すのだ。
敵にとっては味方の弓隊が邪魔で攻撃がし辛い。
後退するしかなくなるのだ。
こうなっては堪らないので、双方ともに突撃隊を前面に出して敵に向かって前進するのだ。
近衛師団では時々、なぜか効く魔法に期待して魔法を放つ。
魔法で大禍国の兵が吹き飛んで隊列が乱れたらすかさず突撃、少し戦って後退する。
お返しと言わんばかりに、大禍国では暴筒を斉射して近衛師団の前面を薙ぎ払う。
近衛師団の兵が浮足立つと、こちらもすかさず突撃する。
しかし、敵中で孤立してしまうことを恐れて、少し戦って後退する。
どちらも一部隊同士の攻撃だ。
連携が取れず、決め手に欠ける。
闇夜の中で奇妙な戦いが続いていた。
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