176話 本陣の混乱


 一方、大禍国本陣でも議論が起きていた。

大禍国ではラビンス王国首都を敵地同然と捉え、偵察に余念がない。

毎日朝から晩まで50騎ほどの騎兵の偵察組が本陣から、入れ代わり立ち代わり交代で出撃している。


 だから、日暮れ直前に近衛師団が、自分たちの陣のすぐ近くに陣を張ったことはわかっていた。


 問題はその目的である。

王宮からは何の連絡も受けていなかった。

まずいことに、指揮官がことごとく不在である。


 国の最高位の義清はもちろん、ボアとヴァラヴォルフ両部族の族長である、ラインハルトもゼノビアも不在。

ヴァラヴォルフ族に至ってた副族長のアルター老人までいなかった。

黒母衣衆は義清が最高司令官だが、普段はエカテリーナが指揮を取っている。

彼女も不在だ。


 こういう場合、通常はボア族副族長であるヘプラーが指揮をとることとなっている。

しかし、もう一人最高位の人物がいる。


 ガシャ髑髏ドクロとスケルトンを指揮するスケルトン総指揮官、それらを束ねる大主教である。

彼らは、新入りではあるが兵の数では彼らが一番多い。


 ヴァラヴォルフ族、ボア族、黒母衣衆が各2000の兵に対して、スケルトン集団は単独で4000もの兵を有している。

しかも、ヴァラヴォルフ族、ボア族、黒母衣衆はある程度の数の精鋭が、義清の護衛として王宮入りしている。

おまけに、へプラーは副族長だが大主教はスケルトン集団の最高位だ。

位でいえばへプラーの方がやや下かもしれない。


 これで大禍国の本陣の指導者は大主教に決まり、と言い切れないところがこの集団の弱みだった。

スケルトン集団は意思伝達に難がある。

コミュニケーションが取りづらいのだ。


 スケルトン集団の最高位である大主教は、特に癖が強くコミュニケーションが取りづらい。

会話の中に時々、宗教じみた話が入るのが特に難点だ。

悪い男ではないのだが。


 そこへいくとスケルトン総指揮官の方が会話はずいぶんとやりやすい。

結局スケルトン総指揮官を通して大主教に話がいき、大主教に従ってスケルトン集団が動き出すというのがいつもの流れだ。


 今回の場合はボア族副族長である、へプラーが大人になることにした。

全体の指揮を大主教に合わせるのだ。


 スケルトン集団は大主教の命令で一丸となって動く。

しかし、周りにそれが伝わるかどうかはわからない。

そこで、数の多いスケルトン集団を主力とし、ボア族とヴァラヴォルフ族と黒母衣衆がそれを補佐する。

そのためにスケルトン集団以外の、3部族の指揮をへプラーが取ることとなった。


 指揮系統はこれでまとまったが、以前として近衛師団の滞陣の目的がわからない。

王宮にいる義清の護衛隊と大禍国本陣の間では常に伝令が飛び交っている。


 しかし、間の悪いことに近衛師団と門番が揉める直前に護衛隊から伝令がでており、異常なしの報が本陣に入っている。

大禍国本陣に近衛師団と護衛隊が揉めていることが伝わっていなかったのだ。


 もちろん護衛隊からは近衛師団と揉めることがわかった直後に、伝令が本陣に向けて走った。

しかし、この伝令は城下町で近衛師団1000の先発隊に遭遇し、これを大幅に迂回しなければならなくなり、本陣への到着がずいぶん遅れた。


 本陣からも状況確認の伝令が飛んだが、伝令が王宮に到着した時には近衛師団先発隊が城門を封鎖しており、護衛隊との連絡は不可能だった。


 疑心暗鬼が大禍国本陣に忍び寄っていた。

大禍国では転移前の世界で、人間に滅ぼされかけたことが色濃く残っている。

ひょっとすると、王国は義清を王宮に呼び出して暗殺するつもりなのではないか。


 そして、指揮官不在で混乱する本陣を襲撃するために、近衛師団をわざわざ夕暮れ間近に王都に呼び込んだのではないか。

実際に近衛師団のせいで王宮にいる義清の護衛隊とは連絡がとれない。


 これは暗殺の前触れで、連絡不通でそのことに気づいた本陣は運がよかったのではないか。

実際に、近衛師団の先発隊が到着する前に、護衛隊から伝令が本陣に向けて出発しているはずである。

護衛隊から来るはずの定時報告の伝令が本陣に到着していないのは、伝令が始末されたからではないか。

実際にはこの伝令は迂回をしている最中だが、本陣ではそのことを知るよしもない。


 当然、本陣からも王宮へ兵をだすことは検討された。

王宮にいる護衛隊との連絡が回復さえすれば、状況が確認できる。

しかし、大兵を動かして王宮に向かうと本陣が手薄になる。

本陣全てで動くには兵力が大きすぎるから、移動中に近衛師団に側面を突かれる恐れがある。


 一番いいのは近衛師団が王宮に1000の先発隊を送ったように、大禍国本陣からも数千の兵を王宮に送ることだ。

これで護衛隊と協力して王宮にいる近衛師団を挟み撃ちにできるかもしれない。


 だが、運の悪いことに本陣では、王宮に向かった近衛師団先発隊の数をはかりかねていた。

夕暮れ直前で視界がきかず篝火も焚かれていない、近衛師団の陣からいったいいくらの兵が先発隊として出ていったのかわからなかった。


 仮に近衛師団先発隊が少数なら本陣から大兵を出せば済む。

しかし、その場合近衛師団の陣に近い本陣の兵が手薄になる。

近衛師団が暗殺に一枚噛んでいるなら、義清の暗殺と同時に大禍国本陣を襲撃するだろう。


 逆に本陣から少数の兵を出して、近衛師団先発隊が大兵であった場合は、ただやられに行くようなものだ。

一番の問題は近衛師団の陣にいったいどれくらいの兵がいるのかわからない。

敵である近衛師団の総兵力がわからなかった。


 へプラーは他部族も含めて主だった者を集めるとこのことを議論したが、時間ばかりが過ぎて答えがでない。

その内に議論の場に飛び込んで来る者がある。


「スケルトン集団が出陣しようとしている!!」


 へプラーたちが驚いてテントから出ると、スケルトンとガシャ髑髏が無言のまま隊列を組み本陣から出発していた。

一部の兵は本陣外で戦闘態勢に入っている。


 大主教は物事をシンプルに考えていた。

暗殺がるかもしれない中で義清の護衛隊と連絡がとれない。

近衛師団が王宮城門を封鎖しているせいだ。

大禍国本陣から大兵が出せず身動きがとれない。

近衛師団が大禍国本陣のすぐ間近に陣を張っているせいだ。


 近衛師団さえいなくなれば事態は解決する。

そう考えた大主教は近衛師団排除に動くべく、スケルトン集団全兵に出陣を命じた。

直ちに指揮官級のガシャ髑髏が集められると、スケルトン総指揮官が指揮を取り出陣となった。


 スケルトンやガシャ髑髏は鎧を脱がない。

ボア族やヴァラヴォルフ族や黒母衣衆の様に休んで待機する時に、鎧や武器を置いてくつろぐ様なことはない。

いつも鎧と武器は彼らのかたわらにあり、そうしていても休めるのが彼らだった。


 だから準備などない。

命じられれば即刻出撃できる。

ましてや、近衛師団の陣は目と鼻の先だ。

スケルトン集団が不得意な補給や兵站の確保などは考えなくていい。

行って殺して帰ればいいだけだ。


 唯一問題らしい問題といえば暴筒を操る筒衆の指揮はヴァラヴォルフ族が取らなければならない。

これだけはガシャ髑髏でもできないので、そのお願いだけがヴァラヴォルフ族にもたらされた。


 この時になってヴァラヴォルフ族はスケルトン集団出陣を知り、大慌てでへプラーに知らせたのだ。


 一番の大兵を有するスケルトン集団が出撃と決まった以上、他はそれに従う他ない。

決まった以上ケプラーの行動は早かった。

ケプラーはスケルトン総指揮官を通じて大主教に、本陣脇で兵を待機させることを了承させた。


 スケルトン集団が待機する間に、ケプラーは他の部族の出陣を急がせる。

準備ができた部隊から続々と本陣を出撃した。


 やると決まった以上、ケプラーも腹を決めた。

王宮への増援はださない。

近衛師団の兵力が不明な以上、全力でこれに当たるべきと彼は決めた。

近衛師団を撃破したあとに王宮に向かい義清を救出する。

近衛師団と戦っている間は義清には王宮で耐えてもらう他ないが、それはそれで国主の責任。

そういう覚悟があって領地から出て、王都に入ったはずだ。


 へプラーは最悪の場合、義清を含めた王宮にいった族長たちまでもが暗殺されるかもしれないと考えた。

その場合は、近衛師団を撃破後に王宮に攻め上り、国王と親族の首をことごとくはねた後に、王宮と城下町を焼き払って大禍国まで帰還することまで考えていた。


 実際彼は兵の出撃を急がせる一方で、王都脱出と大禍国領までの帰還算段も考え地図を広げている。

大禍国領まではいくつかの他家の領土を通らなければならず、王国新入りの大禍国の兵を黙って通してはくれないだろう。

へプラーはそれら他家の兵を撃破しつつ、現地調達よろしく他家の領土で略奪して兵に補給を行い、一気に大禍国まで駆け抜けるつもりだった。


 こうして日が暮れて間もなく、大禍国本陣は戦闘態勢に入った。


 そうした時だった、近衛師団が我が物顔でどことも知れない隣の陣を従わせようと、大禍国の陣に兵を送ったのは。

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