175話 隣の陣


 事の発端は日が沈みかけた夕暮れまで遡る。

 日が沈む直前、近衛師団は王都入りして、郊外に陣を張った。

さっそく王宮へ近衛師団帰還の使者が走る。

近衛師団は封土祭の晩餐会に間に合うように、わざわざ行軍速度を早めてまで西国から帰還したのだ。

王国で飛ぶ鳥を落とす勢いの近衛師団といえど、まだまだ権力は盤石ではない。


 近衛師団の幹部は西国での戦果を手土産に、呼ばれてもいない晩餐会に参加。

そうして有力諸侯との結びつきを強めようとしたのだ。


 ところが、王宮へと向かった使者は程なくして帰ってきた。

それも死者と負傷者が混じった状態でである。


 聞けば王宮正門で門番と口論になった挙げ句に、どこからともなく現れた東国の戦士たちと斬り合いになったという。

使者が見たところ王宮にはその東国の戦士たちが大勢いたという。


 大禍国、戦士たちは自分たちをそう呼んでいた。

近衛師団が西方に出向いている間に東方大遠征が行われたことは、近衛師団内でも知られている。

そして、大禍国と和議が結ばれたことも。


 しかし、なぜ大禍国の兵が王宮に詰めているのかはわからなかった。

だが、自分たち近衛師団に歯向かってきたことは確かなことだ。

ここでぐずぐずしていると晩餐会が始まってしまう。


 さっそく近衛師団から兵を出すこととなった。

とりあえず神聖な王宮ということもあり大兵で行くわけにもいかず、1000の兵が進発する。

後ほど援軍2000が城下町で待機し、さらに準備が整った部隊から城下町外れで待機。

必要な場合はさらに近衛師団本陣から順次援軍を出すこととなった。


 近衛師団の陣は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

今日は安全に宿泊するだけと思っていたところをいきなり合戦騒ぎとなったからだ。


 たちまち先発隊1000が本陣を出て王宮へと向かう。

この1000の兵が王宮で大禍国と激突することになる。

彼ら先発隊は後からくる2000の兵を待ち望んだが、その援軍はついにくることがなかった。


 というのも、2000の兵は近衛師団の陣を出ることはなかったからだ。


 先発隊が近衛師団の陣を出発して少しして、近衛師団は自分たちの陣の近くに、もう1つ陣があることを知った。


 近衛師団が王都に入ったのは夕暮れ時。

先発隊が出発して少しして日が暮れた。

近衛師団の陣では篝火が次々と焚かれる。


 そうすると、近衛師団の陣から数キロ東でも、続々と篝火が焚かれ始めた。

近くに陣が敷かれていることに、近衛師団は気づいた。

もし、近衛師団が王都ということで油断せず、着陣直後に偵察活動を行っていれば、大禍国の陣をもっと早く見つけていただろう。


 もしくは、もう少し早く王都入りして夕暮れ時の視界の悪さがなければ、大禍国の波打つような旗の数でそれと知れただろう。


 しかし、現実は違った。

 王都近郊で陣を敷くとは何事かと、近衛師団は兵を向けたのだ。

王国で名のある領主でも近衛師団には道を開ける。

近衛師団が兵を引き連れて一声かければ、どこの田舎貴族か知らないが、自分たちの家来同然に扱え城に攻め上ってくれる。

そう、たかをくくって近衛師団は隣の陣へと、兵を差し向けたのだ。


 まさか、自分たちが今から王宮で争う相手の本陣に、兵を差し向けているとは夢にも思っていなかった。

近衛師団のおごりが不運を招こうとしていた。

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