121話 巡礼者に遭遇するということ


 巡礼者が去った後の遠征軍は惨憺さんたんたるありさまだった。

遠征軍の左翼部隊は大禍国おおまがこくの攻撃で主力部隊を含む、攻城部隊が壊滅状態。中央部隊と中央予備部隊は、不運にも巡礼者の進路上にあったためにこれも壊滅同然だ。


 右翼部隊に関しては被害は出たものの他の部隊に比べれば軽微であり、ヴォルクス家を筆頭に無傷でこの天災を乗り切った領主も多かった。

 遠征軍の頭脳である本陣も被害甚大だった。遠征軍総司令官であるダウレンガをはじめ、遠征軍内の主だった貴族達に損害が出ている。特にダウレンガの消耗は激しく彼は生まれて初めて見る、自らを死へといざなう存在を認知したのだ。彼は一時心神喪失状態に陥り、周囲から正気を失ったかと思われていた。



 これは余談ではあるがダウレンガについて記しておこう。



 彼は宗教国家であるファナシム聖光国でも名のある領主である。

踏みつぶすあるいは憎み競う相手はいても、生まれてこの方恐怖する対象を見たことはなかった。

彼に取ってこの体験はよほど堪えたのだろう。後に彼は自らの領地に帰還してから秋の収穫祭をことさら盛大にやるようになった。


 彼は毎年秋になると遠征を行った時期を思い出し悪夢を見るようになっていた。夢は決まってあの恐ろしげな騎馬隊が自分の頭に剣を振り下ろす瞬間から始まる。周りでは貴族が悲鳴をあげてのたうち周り、魂を抜かれて体と引き離されている。気づくとダウレンガも魂を抜かれているのだ。さっきまで悪臭がしながら痛みに耐えていた体が遠ざかっていき、まるで巡礼者に招かれるように馬に引きづられていく。ここで彼は悲鳴を上げながら目を覚ます。


 この悪夢を見るという現実を忘れる為にダウレンガは、悪夢が迫ってくる秋に行われる収穫祭を盛大に行うようになったのだ。領民にとってはありがたいことで、おかげでダウレンガの領地には秋になると聖光国中から人が集まるようになった。その時には聖光国を代表するお祭りの1つとなっており、図らずも領内の経済をうるおす結果となっている。


 しかし、彼の死後に見つかった日記からは、収穫祭さえも恐怖の対象となっていた事がうかがえた。

悪夢を忘れるために10日以上行われる収穫祭では、ダウレンガは決まって多くの人々と飲み明かした。そういう時にふとしたはずみに人混みの奥に見えるのだという。自分を斬りつけたあの騎馬隊の騎士が1人、ポツンと人混みの奥にいるのだ。驚いてそちらを注視すると、その時には騎士は跡形もなく消えている。


 彼はそれが毎年少しづつ自分に近づいて来ている気がしてならなかったという。

彼は年々祭りの規模を大きくさせている。そうして多くの人を呼び込むことで騎士との距離を開こうとしていたのだ。祭りを盛大にするにはそれだけ元手がかかる。

 ダウレンガは遠征から帰還して間もなく領内のいたるところを開墾させては畑をつくり、道を整備しては人々の往来と貿易を推奨した。そしてそれらを維持するための人手を集めるために他地域からの領内への入植を積極的に推し進めた。


 首都での政争にもこれまで以上に積極的になり、少しでも金になりそうな話にはすぐに飛びついた。金を持ってくる相手に愛想を良くし、自分を一度でも騙した相手は容赦なく抹殺した。彼には時間がなかったのだ。嘘の儲け話や金にならない単なる権力闘争に明け暮れる時間が彼には惜しかった。そういうことをしているとふと視線を感じることがある。そっちを見るとあの騎馬隊の騎士がいるのだ。幻覚だとはわかっていても彼にはそれが耐えられなかった。だから、自分の時間を削る者を彼は容赦なく殺し、寸刻を惜しんで金儲けに走り回った。


 おかげで領民からは、ダウレンガは遠征から帰って人が変わったと言われている。

常に領民を気にかけ愛想を良くし、どんな辺境でも自分であるいて巡視して土地開発を行った。悪徳役人を見つけると烈火のごとく怒り狂って斬り殺し、領民の収穫に差し障る者は誰であろうと排除して金を産ませた。


 彼は知っていたのだ。圧政を敷いて領民から税を貪りとっても一時的な効果しかないと。

やがては土地はやせ細り人口は減少し税収が減る。そうすると祭りの規模が縮小し騎士が迫ってくる。そうならないために彼はまるで赤子をあやすように領民を大切にして税を出させた。

 ダウレンガは他人から見れば異常なほど不正を嫌い領民を気遣う良き領主だが、その実自分の恐怖を排除するために一生をかけていただけのことだった。


 日記からこれらの事が分かったとき、人々は巡礼者に会ってしまうということは、良くも悪くも人のその後の人生を変えてしまうことになるのかもしれないと噂しあったという。



 余談を終える。



 遠征軍の総司令官でさえも心神喪失する有様だったのだ。他の貴族が正常なはずがない。

特に被害が大きかったのが貴族が死んで指揮者不在となった部隊だ。

彼らは首をもがれた蛇の様に戦場で孤立することになってしまった。補給や有利な位置への陣取り、攻撃の順番これらは貴族の格と名があってはじめて有利になる。貴族不在の部隊は戦場での無法者同然に扱われ、下手をすると日々の食事にも事欠く有様となってしまう。


 これに目を付けたのがローゼンの孫であるウルフシュタットだ。

彼はこれらの部隊を積極的に傘下に加えてヴォルクス家の名において補給から陣取りまで一切の面倒をみた。ウルフシュタットはこの機に乗じて遠征軍内での勢力拡大を目論んだのだ。


 ウルフシュタットは当初からこの遠征軍自体に反対であり、なにより祖父のローゼンが遠征軍総司令官の座を不当に降ろされた事に納得がいっていない。

そのくせ遠征が始まってみれば行軍から攻城まで終始ローゼンに頼り切っている状態だ。おまけにこの遠征に成功してもヴォルクス家自体にはろくな報酬はもらえないだろう。彼は兎にも角にもこの遠征やラビンス王国自体に聖光国の影がチラつくことが不愉快でならなかった。


 ウルフシュタットはそんな遠征を最初から真面目に完遂する気などさらさらなかった。

彼はこの混乱を好機と捉え、一挙に遠征軍内での権力をヴォルクス家が掌握してしまおうと考えていた。幸い行軍中から遠征軍は一枚岩ではなく事あるごとにヴォルクス家を頼っている。

 今では遠征軍内でヴォルクス家派と本陣であるダウレンガ派という2つの派閥ができつつあった。

直近の出来事でいえば巡礼者がくる前にローゼンが自陣を勝手に動かすと、それに従って勝手に部隊を移動してヴォルクス家の指揮下に入ろうとしたのがヴォルクス家派ということになる。


 当初ローゼンはこの事に苦言を言ったが、ダウレンガの心神喪失や以外にも指揮者である貴族が不在の部隊が多くいることがわかると、餓死者すらも出かねない状況とわかり、やむなく自らも指揮者不在の部隊を収容することとなった。


 派閥といっても当初は貴族の人数はダウレンガ派が圧倒しており、それはそのまま兵力面での圧倒につながる。ヴォルクス家は遠征軍内で無視できない存在ではあるが決定を覆せる程の発言力はなかった。ローゼンのダウレンガへの反逆も大禍国の攻撃という、いわばどさくさ紛れに過ぎない。


 しかし、巡礼者が去った後では状況が違った。

指揮者である貴族不在の部隊を傘下に加えたヴォルクス家は今や遠征軍でも一二を争う勢力となっており、ヴォルクス家が一声かければ動く兵力も多い。


 ダウレンガ派も負けてはいなかった。

一時心神喪失となったダウレンガは正気を取り戻すと早速自らの権力基盤の再硬めを行った。

彼は無傷に近かった左翼予備部隊を中心に、本陣で無事に巡礼者をやり過ごした貴族達を自らの旗の元に結集させた。態度不鮮明な貴族や負傷が激しい貴族については遠征軍司令官の権力を行使しし、一時的に指揮権を預かるという名目のもとで自らの傘下に加えた。


 元々の勢力基盤が大きかっただけにダウレンガ派は巡礼者襲来後も遠征軍内で主要な地位を占めることができるかに思われたが、そうはならなかった。


 遠征軍襲来後の深夜、突然遠征軍の右翼部隊が何者かと交戦状態に陥ったのだ。

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