120話 勇敢な者


 巡礼者は森から溢れ出ると遠征軍の右翼部隊へと接近した。

不気味な祈りの言葉の様なものを発しつつ、背に背負う奇っ怪な木に落ち潰されそうになりながら、石の杖を使ってかろうじて前に進んでいる。


 巡礼者は人の近くに来ると進む速度が鈍る。

まるで周囲の人間が何者であるかを確かめるように、本来の人が歩く速度に戻るのだ。時には人の顔を覗き込むことさえある。


 ローゼンの指示があったとはいえ十分ではなかったようだ。

迫りくる不気味な集団に恐れを抱いたのか右翼部隊の一部の人間が、自分を覗き込む巡礼者を悲鳴と共に手で振り払った。


 その瞬間手が当たった巡礼者がかん高い悲鳴を上げる。

直後、巡礼者の人の波を飛び越えるようにして騎馬隊が現れた。

馬を操る騎士は鎧と体が同化するほどにボロボロなミイラだが、剣にまとった瘴気の威力は凄まじく一瞬で相手の魂を抜き去っていく。


 攻撃は運の善し悪しが多分に含まれていた。

ある者は魂を抜かれ、罪人が馬に引きづられるかのごとく巡礼者の人波の中へと消えていく。ある者は斬られた部分が腐り落ちて絶叫している。


 これらを見た周りの部隊は我先にと逃げ出す。

悲鳴を上げながら混乱し、人を押しのけてでも巡礼者と距離を取ろう逃げ惑う。


 しかし、中には勇猛果敢な者いるもので、巡礼者に向かって斬りかかる者もいた。斬られた巡礼者は悲鳴を上げ、斬った者は騎馬隊にやられる。そして、この者が斬ったばかりに騎馬隊は、攻撃者が所属する家が指揮する部隊の人間全てを攻撃対象とみなす。


 仕組みを知らない遠征軍の兵士からすれば無差別に攻撃されている様に感じる。

 しかし、騎馬隊の殺害対象は巡礼者に攻撃した者が関係する集団に限られる。

城からこれを見る義清達も年代記の記述からこの仕組みを知っていたが、実際に目の辺りにすると騎馬隊が無差別に攻撃している様にしか見えなかった。


 知っている義清達がわからないのだから、知らないローゼン達が理解できるはずもなかった。

しかし、結果から見ればローゼン達は幸運だったといえる。巡礼者は当初、遠征軍の右翼部隊に正面からぶつかる様に動いていたが、途中で進路変更が行われたのだ。


 右翼部隊は被害をだしたがそれはヴォルクス家には及ばず、巡礼者は遠征軍中央部隊の方へと向かっていった。

中央部隊は先程の右翼部隊と同様に巡礼者へと攻撃し、それが引き金となって巡礼者の後ろから騎馬隊が溢れ出た。結局、巡礼者は中央部隊を真っ二つに突破する様に進み、その奥の遠征軍本陣へと進んだ。


 本陣は阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄さながらとなり、本陣に詰める貴族達は逃げ惑った。

貴族は逃げるが周りの護衛は巡礼者に立ち向かい、それが元で貴族も騎馬隊の攻撃対象になってしまった。


 遠征軍総司令官のイルドガルド・ラインバウト・ダウレンガも例外ではなく、騎馬隊は容赦なくその剣を彼に向けた。

運の良いことに彼は斬られても魂は抜かれなかった。ただ右側頭部をカスるように斬られた彼は頭の一部と右耳が腐り落ちてしまった。


 周りでは魂を抜かれて絶命する貴族や、腕や脚を斬られ腐り落ちた貴族が悲鳴を上げている。

中には斬られた部分が悪かったのだろう、死ぬに死にきれず腐り落ちていくだけの自らの身体を眺めては絶望するだけの貴族もいた。彼らを見てダウレンガは自分が幸運だった事に気づいた。


 終わってみると時間はほんの数十分しかたっていなかった。

巡礼者は遠征軍の右翼から中央、本陣へと進み、まるで遠征軍をえぐり取る様にして消えていった。戦場では生き残った者達の悲鳴と腐り落ちた死肉の臭いが充満するばかりだ。

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