119話 無抵抗


「どうやら気づいたらしいな」


義清の言葉にアルターが答える。


「ウルフシュタットに後詰ごずめした部隊が現れてから、城に向かって動き出しましたな」


後詰めとは援軍の意である。


「話に聞いたウルフシュタットの祖父のローゼンという者かもしれん。切れ者という話だ。なんにしても間に合ってよかった」


 二人が言っているのはヴォルクス家が馬出しを無視して城に兵を進めたことである。

大禍国おおまがこくは義清の名において、ヴォルクス家への被害を減らすという密約を結んでいる。近づいてくる巡礼者が仮にヴォルクス家に攻撃して被害が大きいと、大禍国としては具合が悪いのだ。


「それ仕上げだ」


義清の合図にアルターが答える。


「承知。放てえ!!」


 アルターの合図で城壁から暴筒が巡礼者にむかって一斉に放たれる。

暴筒を扱う筒衆の指揮を取るためアルターが義清の横にいるのだ。ラインハルトは城内で巡礼者に備えるべく指揮を取っている。

 放たれているのは空砲だ。弾は込めていない。巡礼者を傷つけると殺されるか魂を抜かれてしまうためだ。

 暴筒はヴェアヴォルフ族のみに支給されており、ボア族には行き渡っていいない。

だから、義清からヴォルクス家を誘い出す名を受けた黒母衣衆も、一旦は馬出しに入って暴筒を調達しなければならなかったのだ。今城壁で暴筒を放っているのも、わざわざ馬出しから連れてきたガシャ髑髏達だ。


 やがて風に吹かれた煙の様に巡礼者が凄まじい速度で城に迫ってきた。すると暴筒の空打ちがピタリと止んだ。

 これにローゼンは敏感に反応する。


「おかしい。やはりおかしいことだらけだ」


「なにがです。爺さま?」


ウルフシュタットが聞いた。


「敵の退却、騎兵のあからさまな挑発、そして今の我らがいない方角にも関わらず放っていた轟音がする筒」


「やはり敵方の策略ですかな」


「‥‥‥‥」


 ローゼンが悩んでいる間に城の近くの森から巡礼者が溢れ出てきた。

溢れ出た方角からして真っ先に出会うのは遠征軍の右翼部隊である。巡礼者が来たことで、万が一にも巡礼者に当たらないよう城からの攻撃は止まった。

 これを見たローゼンは決断を下した。


「全軍武器を捨てろっ!!槍と剣はもとより、弓矢・盾に至るまで全てだ!!伝令っ、直ちにこの事を全軍に伝えよ」


「爺さま!!一体なんなのですか!?」


「これは完全に勘だっ!!責任は全て私が取る。いいか、あの不気味な集団が森から溢れ出る前に敵は盛んに攻撃していた。しかし、近づいてきたらピタリと止まった。これは手本だ!!我らにも同じ様にしろというお手本を見せておるのだ。だらか見てみろ」


ローゼンは城の城壁を指差して言う。


「あれ程城に近よらせないために放っていた矢が今は止んでいる。櫓の上の敵兵も退散している。敵の突出部からの攻撃もない」


 改めて城壁や櫓をウルフシュタットは眺めた。

先程までの攻防戦が嘘のように城はシンと静まり返っている。ローゼンの言う通り櫓にも人の気配はない。下手をすると城壁の裏にも兵を配していない可能性すらある。それほど城が静寂に包まれているのだ。


「気づいたか。間に合ってよかった」


遠征軍右翼の部隊がヴォルクス家にならい、次々と武器を捨てているのを見て義清は思わず胸をなでおろした。巡礼者に敵意を向けなければ少なくともヴォルクス家は助かるだろう。


「大殿そろそろ門を開けましょう」


「おお、そうであった。合図をだせ」


 義清の許しをもらいアルターは鏑矢かぶらやを放った。

城と馬出しの門という門、窓という窓が一斉に開かれた。巡礼者は人が通れる程の隙間さえ開けてやれば通り過ぎていってくれる。敵前で門を開けるのは危険きわまりない行為だが、巡礼者が急に進路を城に向けた場合に備えておかなければならい。


 城方が門を開けたのを見てローゼンは大声で怒鳴る。


「いいか、全軍手出し無用だ!!あの集団には何もするな!!通り過ぎるまでじっとしていろ、逆らった者は容赦なく斬るぞ!!」


 城方が門を開けななったことでローゼンの勘は確信に変わっていた。

敵前で門を開けるという危険行為。城の陥落につながる行為をしてでも対処したい集団。それは大禍国よりも迫りくる集団の方が脅威である証だ。いわんや自分達遠征軍などかなうはずもない集団が目の前に迫っているのだ。

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