110話 手柄


 寄せ手の兵士は我武者羅がむしゃらに前進し、ついに城壁に向かって登り始めた。

城壁下は石垣ではなく土を盛っただけなので、なんとか足場を見つけて登ろうというのだ

すると馬出しを守るヴァラヴォルフ族の戦士も負けじと城壁の上に立つと、長槍を持って落としにかかる。

それならばと寄せ手の弓隊指揮官が号令して長槍兵に集中砲火を浴びせる。


 長槍兵に数十本の矢が刺さる。

途端に長槍兵から重たいものが崩れ落ちる音がした。

寄せ手の弓で長槍兵に付与された防御魔導が崩れたのだ。慌てる長槍兵に更に何本かの矢が刺さる。

バランスを崩した長槍兵は堀へと真っ逆さまかと思われたその時、引き戻されるようにして城壁内へ姿を消した。

長槍兵の背中には縄がかけてあり、後方からスケルトン達が引っ張ったのだ。

長槍兵は直ちに救護所へと運ばれる。

馬出しの中央と左翼のいたるところで同じ様な光景が見られた。


 これに憤慨したのが櫓の組頭だ。

三重の塔として建てられた櫓の最上階からは城壁よりも戦況を把握できる。

城壁のあちこちで自兵が登っては落とされを繰り替えしているのを面白く思わなかったのだ。

射撃をわざと抑えて寄せ手を呼び寄せているのだから当然のことなのだが、そうは言っても怒りを抑えられないのが人間というもの。

彼らは城壁を挟んで隣の櫓の組頭と合図を送り合うと、寄せ手に向かって矢の十字砲火を浴びせ始めた。


 今までは矢が降ってこようともなんとか進めていた寄せ手は、この攻撃に大いに狼狽する。

今度は城方の集中砲火で寄せ手の兵士が倒れる。堀を集団で渡っていた者達は激しい矢の攻撃に動けなくなった。その内に盾の隙間から飛び込んだ矢が兵士に刺さり、集団の一人が絶叫とともに堀へと転落する。

落ちる時に必死になったのだろう。隣を進む兵士をつかんでしまったようだ。哀れな兵士二人は深さ6メートルもある堀へと落っこちていった。


 転落を免れた兵士達もただでは済まない。

二人欠けたことでお互いの死角をカバーできなくなってしまった。

二つの櫓からここぞとばかりに集中砲火が飛んでくる。

耐えきれなくなった集団の最後尾が盛土へと引き返そうと走り出すが、焦っていて転倒していしまった。

それに気づいた近くの兵士が我先にと盛土へと引き返し始めた。


 こうなっては敵も味方もあったものではない。櫓から浴びせられる矢を背中で感じる彼らは、押すな急かすな速く行けと味方をも斬り殺さん勢いで慌てて引き返す。

しかし、後方の何人かは最後尾の兵士が倒れた事を知っていたので飛び越えたが、先頭に近い兵士らはそれをしらない。

引き返しているところで倒れている兵士に足を取られて転倒する。それに後ろの兵士も巻き込まれて転倒する、将棋倒しが起こった。

人一人が辛うじて渡れる堀の道で何人もが倒れるスペースはない。

彼らは転倒とほとんど同時に堀へと真っ逆さまに落ちていった。


 結局は最後尾に近い数人だけが盛土へと引き返すことができた。盛土と堀の間の僅かなスペースでは兵士達が盾を構えて必死に後退する兵士を収容しようとしている。櫓からは容赦なく矢が放たれて後退する兵士達の背中へと突き刺さる。


 やっとのことで兵士の1人が盛土へあとあと数メートルというところまでたどり着いた。狭い堀内の道を武器も盾も捨てて全力疾走する。少しでも早く盾を構える味方の中に飛び込み、降ってくる矢を防ぎたいのだ。兵士は駆けながら振り向くと後ろには、背中に十本以上の矢が突き刺さりミノムシが転がった様にして、それでも死にきれない味方が3人倒れている。城壁に向かって進むときは10人はいた味方がそれだけになっている。あとは堀に転落してしまったのだろう。


「振り向くな!!」


前を向くと盾を構える味方の中から声がした。


「振り向かずに走れ!!後少しだ!!」


 声を上げた兵士は長年の経験から知っているのだろう。後ろを振り向けばその間は走る速度が落ちる。振り向くことで恐怖が増しこそしても薄れることはない。若い兵士は全てを確認しようとするが、あえて知らずに流れにまかせた方がいいこともある。


 あと数歩で味方の中に入れるというところで、無情にも兵士の背中に矢が突き刺さる。兵士は走る勢いのまま盾を構える味方の中へと転がっていき息絶えた。

盾を構える兵士達は憎々しげに櫓を睨みつける。


 対象的に櫓からは歓声が上がった。攻城一番乗りを目指す敵の集団を自分達だけで全滅させた。数ある寄せ手の中の攻城組の1つでしかなく、少し離れた櫓を見れば別の寄せ手と対峙している。攻城戦の何気ないヒトコマでしかないが、それでも自分達が対峙している寄せ手の出鼻は挫いてみせた。

少なくともこれで自分達の櫓が対峙する寄せ手は攻城を一からやり直しだ。守り手としてこれほど胸のすく思いはない。


 しかし、その思いは長くは続かなかった。

歓声を聞き止めて左翼の弓大将が何事かと櫓へ飛んできたのだ。弓大将が不思議がるのも無理はない。

今は敵を引きつけている最中であり、耐えこそすれ歓声が上がるはずないと思ったのだ。

事態を把握した弓大将は櫓組頭を散々に叱りつけると、直ちに攻撃を弱めて敵を引きつけるように命令した。

 敵の集団を壊滅させて守り手の士気を大いに高めはしたが、二つの櫓の組頭がやったことはれっきとした命令違反なのだ。


 叱責された櫓組頭は最初こそシュンとしていたが、弓大将が去ると隣の櫓の組頭と笑い合った。

隣の櫓の組頭も、やってやったと言わんばかりに手を振っている。

しかし、その後ろから弓大将が櫓へと登ってきた。彼はさっきと同じ様に叱り飛ばしたが、櫓組頭が懲りていないと感じたのだろう。隣の櫓に聞こえるほどの大声で怒鳴りつけた。


「いいかっ!!次に不始末あらば隣の櫓共々、組頭を降ろすからそのつもりでいろ!!おのれら2人の都合だけで全軍を崩壊に導くつもりかっ!!抜け駆けも大概にしろっ!!」


 弓大将は知っているのだ。

城方が寄せ手を逆襲する時の花形となるのは、城門から討って出る逆襲部隊だ。当然手柄の大半は逆襲部隊が持っていく。櫓の2人の組頭はそうなる前にと手柄を欲したのだ。櫓の中に詰める彼らの配下も、その事を知っているのであえて命令違反に反対せずに攻撃したのだ。


 余談だが各櫓には戦果確認を行い、戦後の論功行賞の証拠を記録する武具持ぶぐも筆覚ふでおぼえがいる。

平時に高位の者の周りで筆を取る祐筆ゆうひつとは異なり、首取り筆とも呼ばれる彼らは戦場が仕事の舞台だ。彼らは戦場を駆け回り、自分に群がる敵を押しのけいつも最前線にいる。しかし、彼らは決して味方の前に出ずに一歩引いた位置にいる。彼らの仕事はあくまで記録であり、戦闘はそれに付随するものでしかないのだ。


 敵味方が入り乱れる戦場とあって記録の仕方は人それぞれだ。

前もって部隊の人員の名前を記した木札を用意し、それに小刀で印を刻む者。バツ印なら首取り、横一文字なら一番槍といった具合だ。

あるいは紙をいくつも重ねて溶かした特殊な厚紙と、数時間で消えるが墨汁が垂れることのない特殊な筆で記録する者。当然道具を揃えるのにそれなりの金がかかる。

中には戦場であったことをそっくりそのまま記憶し首取りの手柄まで上げ、帰陣してから書き始める記憶力も武道も優れた剛の者もいる。

彼らは組頭の部下ではなく、ゼノビアの直臣である。そのため組頭に都合の良いように戦果を書き換えたりしない。

余談を終える


 本来であれば武具持ぶぐも筆覚ふでおぼえの記録を元に、櫓組頭は戦後の論功行賞に挑むのだ。例え命令違反であったとしても確たる戦果であれば手柄として認められる。

今回であれば敵の攻城集団を全滅させ、味方の士気を高め逆に敵の士気は落とした。これらは事実であるので手柄として認められるのだ。

しかし今回は弓大将に一連の事態の直後に命令違反が露見した。論功行賞に挑むにあたってかなり具合が悪いと言えよう。


 今回の件にしてもそうだがヴァラヴォルフ族にしてもボア族にしても、配下が上役うわやくの命令にそのまま従うことは損をするという考えが一般的だ。命令にそのまま従っていては手柄を立てる機会を失ってしまうというわけだ。ともすれば組頭の場合は、配下や味方から手柄を建てる機会をみすみす逃したと見られることもある。


 逆に手柄を立てたのに褒美を貰えないならば、それは組頭やその配下の責任ではなく褒美を与える側に問題あると彼らは考える。そうなれば戦いの最中に彼らは平然と手を抜く。どうせ貰う物も貰えないのだからやめてしまえというわけだ。ひどいときには戦いが始まる前から、戦いそのものに反対する。


 彼らは常に自分がどうあるべきかと考えると同時に、自分に何をしてくれるかを考える。

自分に最高の褒美を与えてくれると思った人物に付く。そう思えるからこそ彼らのその人物の下で全力で働くのだ。

それ故に同族でも主が義清かラインハルト、あるいはゼノビアと異なるのだ


 やがてゼノビアから放たれた伝令が駆けつけ、櫓からの攻撃も弱めるように重ねて命令された。

しかし、馬出し左翼の中でもこの2つの櫓が守る場所だけは、合戦終了までついに敵が堀を渡りきることはなかった。

このことは事実であるので、二つの櫓の組頭の企ては失敗したが、褒美にはつながるだろう。

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