109話 仕掛け

 馬出しからの攻撃が弱まったことで、寄せ手はどんどん前進することができた。

馬出しの櫓からの攻撃は依然として強力だが盾でしっかりと防げば、着実に前進できる。

城壁からの攻撃は数こそ先ほどと変わらないが、矢が普通の矢であり、こちらは盾で容易に防ぐことができた。

 

 余談だが実はゼノビアが寄せ手を引き寄せたがる理由はこの矢にある。

先程遠征軍を動揺させた、盾ごと人を吹き飛ばす矢は数に限りがある。

 そもそも魔導矢と呼ばれるこの矢は、作る工程が普通の矢より少し複雑だ。

ドワーフが作る、敵に突き刺さる部分のやじり。ヴァラヴォルフ族が作る矢の棒部分にあたる矢柄やがら、及び矢の後方に取り付けられている矢羽やばね

これらを組み合わせて出来のいい物を選別してエカテリーナとベアトリスが魔導を付与する。

 選別の基準は各部品の相性だ。

相性が良ければ矢は真っ直ぐに飛び、先程の遠征軍を驚かせたような効果を生む。

相性が悪いと矢はあらぬ方向に飛んでいくか、飛距離が極端に落ちる。


 そもそもこの相性を見つける事が至難の技だ。

各部品が自然に出す物の波動を正確にとらえ、相性がいい物どうしが組み合わさって作られた矢を選別して魔導を付与する。

 しかし、これを矢一本一本ごとに行っていたのでは選別するだけで日が暮れてしまう。そうかといってまとめて選別しては、各部品の出す波動に正確に同調することができない。

結局のところ出来のいい矢を選んでは、それらにまとめて魔導を付与するので、半分は運任せなのだ。


 これらの理由から全体でみればそれほど多くない魔導矢を、常時防戦に使用することは難しい。

通常は通常の矢の中に魔導矢を紛れさせて、敵にもしかしたら通常の盾では防げないかもしれないと思わせる、威嚇戦に使用する場合が多い。

 敵も魔導矢がくることは承知しているので、すべての盾を通常の盾にするのではないく、魔導を付与した盾を予め用意する必要がある。

 ゼノビアは初戦で敵の出鼻をくじく為に魔導矢を大量に放ったが、今回は効果があり過ぎたといっていいだろう。


 さらに余談になるが砂漠で出会ったナタリアが母国、ラファルノヴァ帝国はかつてこの選別方法を知っていた。

帝国年代記によるとこの方法を知っていた黒教こっきょう学院はこの技術を独占し、旧世界崩壊から勃興する帝国に大いに貢献したとある。

 しかし、技術が継承が一子相伝であったことや、帝国の短い安定期に内部分裂を起こした事が原因でその技術は失われてしまった。

 今はその数をかつての数百分の一に減らしてしまった、帝都を舞う空中戦艦もこの技術発見が元で建造された物だがそれを知る者は今はもういない。


 余談が過ぎた。


 馬出しからの攻撃が弱まったことで、ついに寄せ手は城壁間近まで近寄ることに成功した。

もっとも、近寄ることができたのは遠征軍からみて中央と左翼だけだった。

 右翼は依然として弓合戦が続いている。

これは右翼にヴォルクルス・ウルフシュタットの部隊が混じっているせいだ。

ウルフシュタットは予備の部隊として後方待機していたが、ローゼンの提案した前線部隊と予備部隊交代のために前線へと出張ってきたのだ。


 先の密約の為に城方はウルフシュタットとの直接戦闘を避けるべく、被害の少ない弓合戦に終始している。そのため遠征軍右翼を進む部隊はウルフシュタットの部隊も含めて、遠征軍本陣から前進の命令を受けているが一向に前進できない。

先の魔導矢の威嚇が効いているため迂闊に前進できないでいるのだ。

右翼部隊からすれば馬出しからの攻撃は、普通の矢が飛んできているとは言え、一向に弱まっていないので当然である。


 城方は意図していなかったがこれは良い目くらましになった。

遠征軍本陣からは、馬出しが遠征軍右翼を迎撃するために兵力を移動したために、左翼を迎撃する城方の兵が減った様に錯覚したのだ。

まさか、わざと城に接近するために城方が射撃を抑えているとは夢にも思っていない。


 城壁間近まで進んだ遠征軍左翼と中央はここで大きく進撃速度を落とした。

城壁下は2メートル程の盛土もりどがあり、盛土を超えると堀があり、最後に城壁へと到達できる。

 寄せ手は盛土に到達した。盛土自体は人の背より高いが盛土の構造上、崩壊を防ぐために垂直に土を盛ることはできない。急とはいえ斜めに傾斜しておりそれを超えればいいだけだ。


 問題は斜面に逆茂木さかもぎと呼ばれる大木がいくつもあることだ。

逆茂木とは大木の葉ををすべて落とし枝を寄せ手側へ、根を城の方に向けて倒す一種の攻城妨害装置だ。

幹と枝の要所々々に杭を打って縄で地面に大木を固定する。寄せ手は幾本もの枝が邪魔で前進速度が大きく落ちる。

 枝を落とそうにも持っている槍では効率が悪い。剣でならば落とせるが盾を持ったままでは極めて狭い範囲しか落とせない。盾を構えず落とせば城壁からくる矢でたちまち絶命してしまうだろう。

おまけに枝の先端を削って尖らせているので、枝を落とすのも一苦労で実に始末が悪い。


 結局は先頭の兵士が強引に枝の中に入り停止して、その背に隠れながら二番手の兵士がかまや剣で枝を落として道を作るしかない。ある程度進んだら固定してある縄を切って大木を撤去するのだ。

敵の眼前で手柄にもならない土木作業を死ぬ目に合いながら行う、全く割に合わない事をしなければならない。そのためこの手のそんな役回りは大抵の場合下っ端の雑兵がやらされる。


 救いがあるとすればこの撤去作業は城壁直下に兵が殺到し、撤去作業を行う雑兵には城方が構う余裕がなくなった時に行われるということだろう。 


 しかし大木と大木の間には時たま人一人がやっと通れる隙間が空いている。寄せ手はここに殺到して堀へと急ぐ。

 逆茂木の役割は全ての兵士を止めることではなく妨害なので、敵の動きを制限できれば十分なのだ。

寄せ手は逆茂木の間で一列縦隊を強いられる。城方すれば敵が団子になっているので狙いを絞りやすいのだ。


 盛土を超えた堀にもご丁寧に城壁へと続く道がある。

人一人が辛うじて渡れる程の道が堀の中に用意してあるのだ。

城壁へ一直線に続くのではなく、どこかで必ず左右に曲がった後に城壁に到達するのがこの仕掛のミソだ。盛土を超えた先で目の前の堀に、細いT字路があるのを想像するとわかりやすいだろう。

 城壁に向かうためにこのT字路を曲がると、城壁に体の側面を晒してしまうので矢を受け放題になってしまう。そうかと言って盾を側面に持ってくれば正面がガラ空きになってしまい、こちらに矢が当たってしまう。


 結局ここでも何人かで固まってお互いの死角をカバーしながら進むしかない。

おまけに道が細いのでまたしても一列縦隊を強いられるのだ。当然城方から見れば格好の的となる。


 この道を渡した堀を上から見ると障子に似ていることから、障子堀しょうじぼりと呼ばれる。

障子を貼った白い部分が堀で、木枠部分が細道というわけだ。厳密には障子のように十字路ではなくT字路なので歪な形となるが、ツッコむのは野暮というものだ。

 盛土は直前までこの細道の構造がどうなっているか隠す為の目隠しの役目も担っている。


 逆茂木にしても障子堀にしても、あえて敵を城壁に到達出来るようにしている。

敵にあえて道を作ってやることで敵の侵入経路を限定し、城方の火力を集中して運用できるようにしているのだ。殺し間キルゾーンを人工的に作っていると言っていいだろう。


 もし堀に細道を設置しなければ、寄せ手が一斉に城壁に近づいた場合は城方は均一に兵を配置しなければならず、漠然とした低下力で迎撃しなければならなくなる。

 その内にどこかで寄せ手が突破に成功すれば、そこから突破口が作られてしまう。城方が増援を送ろうにも兵力を均一に配置しているので、増援を作ることができない。無理に増援すればどこかの兵力が少なくなるので、今度はそこが突破されてしまうだろう。


 逆茂木も堀障子もいかに少ない兵力で多数の敵を効率よく迎撃するかを考えた末に編み出されたものなのだ。

 城を作る際にはこうした小さな仕掛けをいくつも設置しなければならない。それ故にこれらの仕掛けを含めて城を設計する縄張なわばりは大変に尊敬される役職なのだ。


 しかし、何はともあれ遠征軍寄せ手の左翼と中央は、周りで戦友が倒れる中これらの障害を突破し遂に城壁へと辿り着くことできた。

 例えそれが敵の罠であったとしても。

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