111話 轟音
「いったい何を考えておるのだ、あの櫓は?」
ラインハルト城の大手門付近の櫓から言う。
「手柄が欲しいのだろう。敵を堀に落としたぞ。寄せ手の出鼻を完全に挫いたな」
隣に立つ義清が答えた。
本城は丘上にあるので、馬出しの両翼の状況は櫓からよく見える。
2人が話題にしているのは例の抜け駆けした櫓組頭2人の櫓だ。
「抜け駆けしよって。守り手の抜け駆けは敵に付け入られる元ですぞ」
「程々のところでやめればよいが。他の櫓に波及したら寄せ手が攻城をやめてしまう」
2人が気を揉んでいると、やがて件の櫓は寄せ手を追い返した後に攻撃の手を緩め始めた。
「バカめっ、今更そんなことをしても遅いわ。おのれらの寄せ手は完全に肝っ玉潰して縮み上がっておるぞ」
「まあ他の櫓に波及しなかっただけ良しとしよう。あの二つの櫓はダメそうだが、他の城壁には敵が仕寄ってきた」
義清の言う通り、遠征軍寄せ手は障害物を超えて城壁に取り付きつつある。
このまま一気に兵を城壁内に乱入させて馬出しを陥落させるつもりのようだ。
「完璧とはいきませなんだが、まずまずの結果ですな。それでは
ラインハルトは義清に向き直ると、この場を去る挨拶をした。
「頼むぞ、合図と共に出撃だ。はやるなよ。儂の手勢も場合によっては続くかもしれん」
「御無理されぬよう。大殿にもしもの事あらば取り返しがつかぬので」
「心得ておる」
ラインハルトは一礼すると櫓を降りた。
寄せ手の兵士達は至るところで堀を渡り始めた。
後続の兵士達が盾を構え、その後ろから弓手達が城壁の矢狭間に牽制も兼ねた援護射撃を加える。
馬出しの櫓から時々思い出したかのように強力な矢の斉射を受けるが、盾である程度は防ぐことができた。首尾よく城壁に取り付いた兵士達は城内を目指して城壁を登っていく。
はやい部隊になると城壁を超えるために、雑兵に梯子を持ってこさせている。
兵士の1人が矢狭間間近まで登ることができた。あともうひと踏ん張りで城壁を超えることができる。
すると兵士の間近に矢が突き刺さった。驚いて兵士が止まる。寄せ手が放った援護射撃の流れ弾だ。味方の矢だと気づいた兵士は怒りを覚えた。しかし、兵士は後に自分がこの流れ弾を受けたことを幸運だったと気づく。
兵士の足が不自然に動いた。
思わず兵士は足場が崩れるのかと思い下を見た。
馬出しの城壁は三層で構成されている。一番下の高さを盛るための盛り土。二番目の城壁を支えるための僅かな石造りの土台。最上部に位置する城壁。
兵士は一番目と二番目の中間にいる。足を駆けているのは石造りの土台だ。
兵士が驚いたのは動くはずがないと思っていた、頑丈な土台が動いたせいだ。
すると城壁内から声が聞こえた。
「‥‥
「そんなはずない。力いっぱい引け!!遅れるとまずいぞ」
叫び声や怒号がそこらじゅうで聞こえ、矢の飛ぶ音やそれが盾に突き刺さる音など
兵士は足場を別の石へと移した。直後に先程足場にしていた岩が城内へと姿を消してポッカリと穴があいた。
「動イた」
「ほれ見ろ。急いで入れろ。三斉射目からは狭間から撃つぞ。間違えるな」
またも城壁内から声がする。
兵士は悪い予感がして直感を信じることにした。後ろを見ると味方がかなりの数が堀を渡って城壁に取り付いている。一部の部隊は梯子を展開し始めたり、逆茂木の撤去のために雑兵を前に押し出しているようだ。出鼻をくじかれたが攻城自体はうまくいっているようだ。
直後、いくつもの轟音と共に寄せ手の兵士達が倒れた。
轟音は馬出しの狭間と兵士の足元、櫓から聞こえる。二度目の轟音がなるとまた寄せ手が倒れる。ここで兵士は何かが城から放なたれていることがわかった。
兵士が周りを見ると先ほどとは状況が一変していた。
轟音がなる度に兵士が倒れる。死ぬならまだいいが、中には四肢が弾け飛ぶも死にきれない者もいる。
寄せ手の小隊指揮官が馬上から大声で指示を飛ばして混乱を収めようとしている。
直後に櫓から轟音が鳴った。馬上の指揮官の周りで砂煙が舞う。兵士は砂煙の合間から片腕がなくなった指揮官がグラリと馬から落ちるのを見た。
兵士はためらいなく城壁を降り始めた。
(負ける)
兵士の頭の中を暗い思いがよぎった。
先程まで少なかった馬出しからの矢は、今や前とは比べ物にならないほど勢いを増している。
矢の斉射で攻城どころではなくなった。そして矢の斉射の合間にあの轟音が鳴る。轟音の度に人が吹っ飛び血が宙を舞った。
兵士が城壁を降りて堀に足を降ろすとズルリと足が滑った。
危うく堀に落ちそうになった兵士はなんとか体制を立て直す。足元を見ると堀が泥にまみれている。周りをみると自分と同じ様に退却しようとする兵士達が足を滑らせ堀へと転落していた。
慎重に渡ろうとする者もいるが、城方は容赦なくそれに矢を浴びせる。城方からの一斉射でミノムシのように矢を全身に浴びて堀へと転落していく。
今や寄せ手は攻城どころではなく逃げるのに必死だ。
何が起こっているのかはわからなかったが、自分達がまずい状況にあることは誰でもわかった。
そこかしこの部隊が兵士を収容しようと必死になっている。堀を渡った自兵をなんとか退却させて盛り土まで下がり、逆茂木と盾で馬出しからの攻撃を防ぎたいのだ。
しかし、轟音が鳴る度に兵士達が次々と倒れる。兵士達は武器を放り出して必死に走るが泥で転倒して堀に落ちるか、馬出しからの矢で倒れるばかりだ。
動揺を抑えようと寄せ手の小隊指揮官が奮闘するが、轟音と共に指揮官は崩れ落ちる。指揮者不在が混乱に余計拍車をかけた。何人かの指揮官は惨状に気づいて馬を降りて目立たない様に努めたが、馬を降りて視点を下げたことで戦況把握がしずらくなり混乱は増すばかりだ。
件の城壁を降りた兵士も進退極まった。城壁直下にいるので城壁からはなんとか攻撃されていないが、櫓からは丸見えで気づかれるのは時間の問題だ。そうかと言って堀を渡れば後ろから攻撃されるだろう。確実な死が兵士に迫っていた。
兵士が絶望していると妙に甘い匂いがしてきた。その匂いと共に煙が辺りに漂い始める。兵士が城壁を見上げると紫色の煙が狭間や櫓から漏れている。煙も匂いも轟音が鳴る度に濃さをましていく。
煙が濃くなると兵士は意を決して堀へと走り出した。煙は天の助けとしか思えない。煙に紛れてイチかバチか堀を渡りきるしかない。城方が周りの兵士達に狙いを絞るか、煙が自分を隠してくれるか、賭けでしかないが堀を渡りきるとすれば今しかない。
兵士は全力で堀をかけると味方の兵士達が盾を構える中へと飛び込んだ。堀を渡りきり助かったのだ。直後に横にいた盾を構えた兵士が盾ごと矢で貫かれて絶命する。城方が今まで温存していた魔導矢を放ったのだ。兵士は紙一重で助かった自分の幸運に感謝した。
しかし、兵士はすぐに絶望する。
空をつんざく様な高音が馬出し上空でしたかと思うと
城方の逆襲が始まったのだ。
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