102話 行軍

 収穫期も終わり秋真っ盛りの時期になると、おびただしい数の兵士が大森林に姿を表した。

 第二次東邦大遠征に赴くラビンス王国の軍勢である。

 彼らは第一次東方大遠征で使った軍道を進み、大森林奥地へと向かう。その速度は当初の予定よりずっと遅いものだった。

 遠征軍は進路上の入植村を宿営地として使う計画で進軍していた。しかし遠征軍先遣隊が目にしたのは勢いよく燃え盛る入植村だった。

 大禍国おおまがこくが守りきれない村に火を放ったのだ。ご丁寧に村の家々は屋根が落とされて放火されている。これでは火を消しても寝泊まり出来ない。井戸にはくそが投げ込まれ使用不能だった。運びきれないと判断したのか、収穫期なのに麦畑にまで火を放っている。進撃路には家を解体したときの柱や廃材、切り倒された大木がバリケードとして設置されていた。

 先遣隊はこのバリケードに遭遇するたびに、いちいちこれらを撤去しなければならない。当然進撃は停止し、少数の先遣隊は後続の部隊が到着し、人手が増えないことにはバリケードを撤去でいない。

 そしてバリケード撤去中に不意に奇襲される。

 ヴェアヴォルフ族副長、双蒼のアルター率いる奇襲隊がその正体だ。

彼らは王国の先遣隊を付かず離れずの距離で監視し、先遣隊がバリケードに遭遇したり休憩していると容赦なく攻撃した。

 彼らは決まって森の中から矢の一斉射を行う。先遣隊から悲鳴が上がり、急いで森に入ってみるがそこには人っ子一人いない。奇襲隊は矢を放つと同時に身を翻すと、一目散に森の奥へと進み隠れてしまう。敵の被害を見届ける見届け役は別の場所から様子を伺っているため、戦果の確認はできた。

 もっとも奇襲隊の役目は戦果を上げることではない。大禍国の攻撃はいつ何時行われるかわからない、そう思わせることが彼らの目的だ。先遣隊にとってみればいやらしいことに、奇襲隊はバリケードにぶつかる度に攻撃してくる、というわけではなかった。攻撃されるタイミングは一定ではなくバリケード突破直後、燃え盛る村の中、行軍または休憩中と完全にランダムであった。

 おかげで機動力が最大の取り柄である先遣隊は少人数で行動することを拒否した。数を増すために複数の極小または小領主が集まって行動しており、その動きは緩慢かんまんだ。

 先遣隊の動きが遅いとその後ろの前衛、その後ろの本隊、そして後に続く後衛の動きも芋づる式に遅くなる。それでも大森林侵入直後は動きがあるだけマシだった。

 各領主は宿営地とするはずだった村が寝泊まりに使えず、特に飲水確保が出来ない事が行軍遅延に拍車をかけた。

行軍先で燃え盛る村を発見すると先遣部隊がまず真っ先に行うのが水の手確保だ。一日が終了した時に水なしでは煮炊きが出来ず部隊全体が干上がってしまう。彼らは井戸へと続く水源を見つけることに躍起になり、先遣隊の本来の任務である進路上の安全確保など二の次で、一村ごとに部隊が停止してしまう有様だ。

 当然後続の前衛部隊がこれに文句を言うが先遣隊にしてみれば、ならば前衛部隊が水を確保してくれるのか、一日が終わると先遣隊は安全を確保した軍道を放棄して前衛部隊と合流していいのかという話になる。そんな訳はない。そんなことをすれば翌日は前衛部隊は同じ場所をもう一度安全確認しなければならなくなり、それをやっている最中に奇襲攻撃を受ければ二度手間どころの騒ぎではない。

 おまけに被害が先遣隊に集中したのが悪かった。奇襲隊は攻撃目標のほとんどを先遣隊に定め、続く前衛部隊にはさほど攻撃しなかった。

 ここに遠征軍内で軋轢あつれきが生じることとなる。

先遣隊は被害ばかり出て褒美もなく、水さえ事欠く有様。前衛部隊は安全が確保された地点を通っているはずが時折攻撃される。彼らにしてみれば先遣隊は水探しばかりやっており、その任を果たしているとは言い難かった。先遣隊と前衛部隊は互いに反目し合い、行軍は遅々として進まない。

 遠征軍は大森林に入って少しすると停止することが増えてきた。

一日のはじめに先遣隊が動き出し少し進むと水探し宿営地探しに停止する。前衛部隊がその後を追って前進し先遣隊と衝突する。本隊がその後に続き、後ろから早く進めとせっつく。最後に後衛部隊が少し進むと日が暮れた。ひどいときには後衛部隊が全く動かずに一日が終わる日がある。それだけ先遣隊が前進できていないのだ。

 本来これらの領主間、部隊間の調整は遠征軍本陣が行うが彼らは全くその役目を果たせなかった。

第一次東方大遠征では戦い慣れた、戦場とそこに至るまでの過程を熟知したヴォルクス家がこの任を果たした。しかし第二次東方大遠征の本陣は王宮が派遣した役人集団であった。それもお飾りで実態はファナシム聖光国から来た領主が実験を握っている。

 当然であるが先遣隊と前衛部隊は遠征軍本陣へ現状を報告し、進軍計画の変更とそれに伴う新たな指示を求めた。しかし本陣からは要領の得ない返答が続き、伝令が部隊と本陣の間を無駄に行き来するだけで時間だけが過ぎた。

 ついに先遣隊と前衛部隊はどちらからともなく本陣に愛想を尽かし、ヴォルクス家へと救援を求めた。

ウルフシュタットは先の王宮の件もあり、本隊に属する自分の兵に被害もないため放っておこうとした。しかしローゼンは味方の頼みも無下には出来まいということで、部隊を派遣することにした。ヴォルクス家当主のローゼンが動いたからにはウルフシュタットも動かずを得なかった。

 両家から派遣された部隊は先遣隊に効率的な水の手確保の方法を伝授し、バリケードを今までより短時間で撤去する土木技術を示した。前衛部隊には警戒しつつも行軍するすべを説いた。また両部隊が効率的に動けるように前衛部隊が水源の発見までを行い、その後の井戸構築は前衛部隊が行うように間を取り持った。

 先遣隊と前衛部隊は複数の領主が集まって構成されている。当然それぞれの領主間で好き嫌いがあり領地の大小、位の上下で軋轢も生まれる。本来は本陣を頭に置き指揮系統が存在するが今回はそれがない。そこに大領主であるヴォルクス家が座ることで自然と秩序が回復した。彼らはヴォルクス家を両手を上げて歓迎し指示を仰いだ。

 ここに遠征軍内で二重の指揮権が存在してしまう。

 本陣が指示を飛ばしても先遣隊と前衛部隊は、現場に同行するヴォルクス家の部隊に伺いを立てる。ひどいときには現場のヴォルクス家の部隊から、ローゼンかウルフシュタットへ指示を乞う伝令が現れる。明らかなタイムロスが生じた。時には本陣からの指示が正しいこともあるが、すっかり本陣を信用しなくなった先遣隊と前衛部隊の領主達はいちいちヴォルクス家に指示の確認を行う。

 本陣もヴォルクス家が裏で動いていることに感づいているので、度々先遣隊と前衛部隊との連絡をやめるよう催促する。

 最初の頃はローゼンも王宮への手前真面目に部隊を引き上げさせていたが、その度に先遣隊に被害が出て、前衛部隊の進撃速度が遅れ、芋づる式に後続部隊の進撃速度が鈍る。ローゼンはその度に本陣へ指示を改めるか、自分を本陣の司令部の頭脳である帷幕いばくへ加えるように進言するが聞き入れられなかった。

 結局数日とたたない内にヴォルクス家はまた部隊を派遣することになるので、ローゼンも行軍が進むにつれて本陣からの指示を無視するようになった。

 ウルフシュタットなどは最初から指示を聞く気がなく、部隊を先遣隊と前衛部隊に留まらせ続ける始末だ。

 こうして紆余曲折ありながらも、遠征軍はなんとか大禍国へとたどり着いた。

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