101話

 そう言うと額に傷のある男はウルフシュタットからの言伝である、王国の現状を語った。

 ウルフシュタットは第二次東方大遠征へ備えて自分の領地へ帰るついでに、王都へも足を伸ばし現状を確認しすることにした。 

 ファナシム聖光国がラビンス王国に及ぼす影響力は、ウルフシュタットが思うよりずっと強いものだった。

王国の政治の中枢である王宮では聖光国の者が平然と歩き回っている。

みんな表向きは聖光国から派遣された大使館付きの職員となっているが、その実態は聖光国の公爵子爵など名のある領主だ。これらがラビンス王国国王、カード・ペヨンド・デゴルイス5世の周りを影の様につきまとっている。

 内政干渉も甚だしい行為ではあるが、先の西方諸国との戦いを調停したのは聖光国であるため誰も表立って諫言かんげんできず、また諫言しようとする主だった重臣はデゴルイス5世に愛想を尽かし王宮を去っていた。

 しかし王宮内にはそれでもまだ現状をうれう者はおり、領地が小さかかったり政治に口が出しづらい騎士身分の者達は喜んでウルフシュタットを歓迎した。

彼らの口から王宮内の現状を聞いたウルフシュタットは聖光国の使に公然と挑んだ。


「聞けば次の遠征に聖光国も同行されるとか。これはいかがなものかと思います。遠征の目的は王国の領土拡大、聖光国のご助力は無用に思えますが」


「これはおかしなことを言われる。今回の大遠征は聖光国からも資金を提供しております。遠征に同行するのは当然ではありませんか?」


「同行と言われるが、その実作戦の策定にも干渉しているとか。これはあくまで王国の戦い。資金についてはありがたく思いますが、過剰に干渉されては困ります。内政干渉も大概たいがいにしていただきたい」


「干渉などと大げさな、私達は王様に請われて作戦の指導に当たっているだけですよ。そういえばこの王宮には重臣の方々が見えませんね。彼らがいないのであれば仕方がありません。隣国の好で私達が王様を支えるとしましょう」


聖光国の人間はこの様にウルフシュタットの言葉をのらりくらりと交わす。その内に王と聖光国の人間が談笑しながら通りかかり、王の仲裁で口論はうやむやで終わってしまった。

 ここまで話すと額傷の男は差し出された水を一気に飲み干した。

義清がそれでどうなったのか、と尋ねた。


「ウルフシュタット様は聖光国の連中に大層ご立腹でして、それならばさぞ大層な作戦が出来るのでしょうと言って王宮を後にされました。ただ、その後が問題でして‥‥」


 ウルフシュタットは怒り心頭で王宮を後にしたが王都滞在中に、自分が東方の地に残り入植地の監督に当たっていたのが、王宮の差し金人事であった事が発覚した。

 当然その人事には王宮での権力掌握を企むファナシム聖光国の手が伸びていたことは想像に難くない。聖光国にとって邪魔な人間を王宮から遠ざけるべくローゼンを自領に、ウルフシュタットは大森林に置かれたのだ。

このことでウルフシュタットの怒りは頂点に達した。

 彼は王宮に一通の書簡を提出すると、返事も待たずに自領へと引き上げてしまった。

 書簡には第二次東方大遠征に当たってヴォルクス家は、自領を通る遠征軍の補給を保証しかねる旨が通達されていた。

 これは遠征の作戦を根底から覆すものだ。

前回の第一次東方大遠征では大森林に一番近い、大きな領地を持つヴォルクス家が補給の一大中継地となっていた。ヴォルクス家から東にいけば後は小さな領地を持つ領主がいくつかいるだけだ。

 第一次東方大遠征では王国中から集まる軍勢がヴォルクス領を通り、そこで補給物資を受け取り大森林へと赴いた。無論大森林へと至る小さな領地にも補給基地はあるが、規模はヴォルクス家に比べてずっと小さい。

最終的に万を超える遠征軍が満足に補給を受けられるのは、ラビンス王国内ではヴォルクス領が最後だった。

 遠征軍が次に補給を受けられるのは、大森林に建設された補給兼遠征軍本陣まで進まなければならない。この本陣もヴォルクス家が建設したものだ。

 つまりヴォルクス家は第一次東方大遠征に赴く、万を超える軍勢に滞りなく補給が行き渡らせることができる、補給術のノウハウを備えているのだ。

 例えば二千を超える軍勢ならばどれくらいの行軍速度が出せるか。それによって大森林までどれくらいかかるか。それに基づいてどれくらいの補給物資を渡せばよいか。少なければ軍勢から餓死者が出て後で他家から糾弾される。多ければ余剰分が市場に出回り、農産物を始めとする市場価格は一気に下落する。その下落の影響で領内が不景気になってはヴォルクス家としては溜まったものではない。

 こういったことを考えて遠征軍が滞りなく大森林にたどり着けるように、遠征後に市場をはじめとする、戦場外に悪影響が出ないことが出来るかはひとへにその家が有する補給術にかかっている。

 王宮としては当然今回の遠征でもヴォルクス家がこの任に当たってくれるものとして作戦を立てていたが、遠征が始まる前から梯子を外されるこっととなった。

 王宮ではヴォルクス家当主であるローゼンに対して使者を送って考えを改めさせようとした。しかしローゼンからの返事は冷たかった。


「補給に関しては孫のウルフシュタットに一任している事ゆえ、そちらに伺っていただきたい」


 使者がウルフシュタットの元を訪れてもウルフシュタットは、前回の遠征で領内の道路が荒れているので行軍に耐えられないと、領内通過さえも断る始末だ。尚も使者が粘ると、王宮ほどのましてファナシム聖光国の様な高位な方々を、領内を安全に通過させられるか不安であるとして譲らない。今度はウルフシュタットがのらりくらりとかわす番というわけだ。

 結局王宮は一から遠征計画を練り直し、補給地の策定から道路の建設とやることは山積みの状態だ。補給地や道路は現地の領主負担としては、領主はたちまち破産してしまうので王宮と領主で折半する他ない。その費用も王国だけで工面できず聖光国が追加で資金を出さなければならなかった。


「なるほど、それでこれほどまでに遠征が遅れているのか」


義清は使者を労らうと小屋を出た。

そして言伝の外にあるウルフシュタットの、聖光国に一泡吹かせてやりましたよと、言いたげた顔を思い浮かべて頬が緩んだ。

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