36話 気になる様子


「いいか、商人。まずは馬車にホロをかけて荷台の中が見えないようにしよう。それから‥…」


「はい。わかりました」




ゼノビアは先程から商人とラインハルトのやり取りを見ている。

そして商人の運の無さに呆れ返るばかりだった。



商人の顔からは生気が消えて目が濁っている。

そしてラインハルトから何を言われても




「はい。わかりました」




これしか言わない。

何の理由があったか知らないが、

この男もこんな辺境の地に来なければこんな目に合うこともなかっただろう。

もしくは義清と対峙した時に、もう少し利口に振る舞えば

少なくとも体に蟲を飼う羽目にはならなかったのだ。


ゼノビアは商人の暗い顔を見ながら

改めてつくづく運のない男だと改めて思った。



もはや商人は絶望の極地にいるのだろう。

今まで人をアゴでしか使ってきたことがない男が、使われる側の人間になったのだ。

そうなって初めてわかる、傍若無人な命令がいかに人を苦しめるか。

その苦しみを一心に自らの心に刻みながら商人は、

虚ろな目でラインハルトの指示を聞いている。




ゼノビアはチラリと横に視線を向ける。



ラインハルトと商人の横には、商人の護衛がいる。

どうもこの護衛の様子が先程からおかしい。


ラインハルトの説明を商人以上に真剣に聞いている。

そして時々、短刀を持った男に全員が視線を向けている。

まるで何事か指示や命令を待っているようだ。


護衛は6人おり全て男、鎧を着て兜無しが3人、あとの3人は軽装な装備だ。

軽装の内2人は弓持ちだ。

狩人の様な格好に、脛当てと肘当てだけをつけて最低限の防御だけしているのは、

音をたてる事に気を使っているのだろう。


そして最後の軽装な装備の男は短刀のみを携えている。

察するにこの男がボスらしい


ラインハルトも護衛の様子がおかしいことに気づいたようだ。




「荷台には箱を置くがこいつは空箱にして‥‥‥

 おい、言っとくが護衛のお前達は付いて来なくていいぞ。

 別にこの商人を殺すつもりはない。危険には変わりないがな。」




それを聞いて商人は目を輝かせて救われたようにラインハルトを見た。


このボアは私を大切に思ってくれている。

商人はそう感じた


度重なる不幸やあまりにも理不尽な事をされ続けてた人間が陥る思考だ。

別になんでもない物言いや少し失礼な事でも、

日頃の扱いが酷いだけに、まるで最上の扱いを受けたように感じてしまう。


つまるところ、精神が弱ってきているのだ。



しかし商人のそうした思いは、ラインハルトから発せられた次の言葉で消し飛んだ。




「この商人は俺達の大事な駒だ。

 腹の中に蟲を飼わされた状態で、

 こちらの言うことにハイとしか言わない人間など、そういるものでもない。

 これほど便利な人間をそうそう殺すわけにはいかん」




商人の目から輝きが消えて、再び目が濁り生気が抜けていった。



護衛の中の短刀持ちの男が焦り気味にラインハルトに言う。




「そ、そう邪険にしなくていいじゃないですか。

 俺達は何かと役に立ちますぜ。

 鎧を着ているのは力自慢の3人だし、こっちの軽装2人は隠密行動に持って来いだ」


「悪いがどちらも間に合っているぞ。

 力はボア族、隠密ならヴェアヴォルフ族の方がお前達よりずっといい。

 別にここで待っているだけだ。そう悪い話じゃないだろう。暇なだけだ」


「で、でも何かの役には立つって。

 なあ旦那、自分の身は自分で守れるから‥‥

 なあ、頼むよ旦那、報酬もいらないし役にも立つからさあ」




ラインハルトは男の言うことを無視して商人への説明を再開した。




「空き箱は1,2列あればいいが荷台の天井まで届くようにしよう。それから‥‥」


「なあ、旦那、頼むよ迷惑はかけないからさあ」




ラインハルトがため息をついてゼノビアの方を見た。

ゼノビアがうなずく。

それを見たラインハルトは商人への説明を再開した。

男はなおもラインハルトに食い下がろうとしたが、ゼノビアがそれを止める為に話しかけた。

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