33話 自らの愚かさ



ヴァジムが短刀での歯磨きが終えるのを待って義清は質問を続けた。




「それで、なぜお前達クロディスの民は助けを乞うているのだ?」




ヴァジムは短刀を腰に戻す話しはじめた。



少し前に大森林から数人の人間がやって来て北の帝国への案内を

クロディスの民に願い出たのだという。

ヴァジムも案内をした何人かのクロディスの民の中にいた。


案内した時に何個かのオアシスを経由して、人間達を帝国へと送り届けた。



そのオアシスの1つは神聖なもので北の砂漠に初めてできたオアシスだという。



神聖といっても立ち入りを禁じているわけではなく、

貴重な水源として利用している。

クロディスの民は一年の大半を砂漠に幾つかある、

それぞれのオアシス周辺で暮らす。

しかしこのオアシスの周りだけは定住せずに各オアシスから交代で

管理人を送るだけだ。


そして一年に一度その神聖なオアシスにみんなで集まって、

この一年の無事に感謝するとともに、来年の無事を祝って1週間の宴が開かれる。



宴が三日目になった夜に突然ラビンス王国の軍隊が来たのだという。



普段ならば自分たちのホームグラウンドである砂漠で人間の軍隊相手に

クロディスの民が互角以上に戦えただろう。


しかし、この時は事情が違った。

神聖な宴に武器を持ち込むことは厳禁とされていた。

それ故にラビンス王国の軍隊は難なくクロディスの民を制圧した。

逃げ延びたのはヴァジムただ1人だった。




「なぜお前だけ逃げられたのだ?」




ここまで聞いて義清が聞くとヴァジムは恥ずかしそうに後頭部ゴリゴリと

書きながら酒のおかげだ言った。




クロディスの民は酒を一定量以上飲むと体が内側から熱くなる。

量は個人差がありそこまで熱くはならないがこの時のヴァジム違った。

宴ということもあって普段以上に体が熱くなった。

ヴァジムはオアシスの端まで行って、砂漠の冷たい夜風で体を冷まそうとした。

しかしいつまで待っても体は冷えない。

そこでヴァジムは砂の河に体を埋めることを思いついて砂漠を1人で歩き出した。


オアシスで宴を開いて体が熱くなったなら、水の中に入れば済む話なのだが

酔っていたヴァジムはそんなことは思いつかなかった。


仲間たちで同じ症状が出たものは残らずオアシスの冷たい水で体を冷やす中、

ヴァジムは一人砂の河を目指して砂漠を歩いた。



そして砂の河で体を冷やしている時に流された。



砂の河で流されるなどクロディスの民の子供、それも相当幼い子供しか経験しない。

それほどクロディスの民は砂の河でも泳ぎに長けているのだ。


とんだ恥をかいたヴァジムは長い間、宴にいなかった理由を仲間に何と説明しようかと、

頭を悩ませながら砂漠を歩いて宴が開かれているオアシスへと戻った。



結果からみればヴァジム幸運だった。



ヴァジムがオアシスに戻った時は夜が明けており、オアシスにいるクロディスの民が

ラビンス王国の兵士たちに制圧されているのがひと目でわかった。


ヴァジムは夜を待って仲間を助け出せないかと努力したが

結局、武器がなくては自分も仲間もどうにならないと諦めるしかなかった。


そこで助けを求めるために南の大森林に行くために自分のシュレンゲを

逃がそうとしている時に見覚えのある人間を見つけた。



それは少し前に大森林から来て、北の帝国への案内を乞うた数人の人間の中で見た顔だ。



あの案内は帝国に行くためではなく、オアシスの位置を正確に地図にするために違いなかった。


ヴァジムは帝国への案内の途中で、もうすぐ宴があると楽しげに人間に語った自分を呪った。

あの時に自分が宴の詳細を人間に語らなければ少なくとも奇襲を受けることはなかった。

砂漠での戦いの仕方を人間に味あわせてやることくらいはできたのだ。



その驚きと憎しみ、そして自分がしたことの後悔のせいか、

ヴァジムは自分のシュレンゲを逃がすときに音をたててしまった。


それが原因でラビンス王国の兵士に気づかれ命からがらオアシスを離れた。

シュレンゲとも離れ離れになってしまった。



ヴァジムは自分の愚かさを心底呪ったが必ず復讐してあると心に誓った。



そして南の大森林へと向かった。

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