18話 たスかった。アりがトう


ラインハルトはラハブの上からあたりを注意深く観察する。



 丘の上と比べてあたりはかなりくらい。

木から伸びる枝、それから伸びる葉の密度がこのあたりはかなり濃いようだ。

城から出て、丘にいたるまでここまで太陽の光を遮る森はなかった。

このあたりは森の中でもとりわけ鬱蒼とした濃い密林らしい。

木々の狭間から入ってくる光を別の木々が遮り

森の中を見渡すには意識と視線を集中する必要がある。


既に義清のいる本隊からはかなり距離が離れている。


しかし、ラインハルトは自分が率いるボア族に対して

決して歩調を強めるようには言わない。


 こんなくらい森で突然の奇襲を受ければ被害は甚大である。

だからこそ隊列をいくつかの集団に分けて

前を行く集団の背中が見える程度には隊と隊の距離を置いている。


時々現れるヴェアヴォルフ族の斥候がガイコツ軍までの距離を教えては、

また暗い森の中に消えていく。


ラインハルトはラハブの上で鞍から腰をあげてあたりを見張る。

ここでは騎乗したラインハルトが誰よりも目線が高い。

敵を真っ先に発見するとしたら自分だ。




(もうすぐのはずだ。ここで焦っては何もならん)




 もう少しで今と状況が変わる、ここでいえば森をぬけることだが、

そういう状況の変わり目に敵に襲われるのが一番まずい。

何か待っている、物事が動き出す、誰もがそういったときは浮ついた気持ちになり、

つい周りへの見張りがおろそかになる。




(人間は間違いなく俺たちを敵と認識した。

 あの混乱から部隊を再編しながら俺たちを奇襲するとは思えんが

 別の部隊や伏兵がいないともかぎらん)




そう思いながらラインハルトは腰を鞍につけた。




(第一、ガイコツ連中が味方とは限らん)




 ラインハルトに限らず、ここにいる誰もが

スケルトンやガシャ髑髏と深く関わった事があるわけではない。


前の世界では、たいていの場合はスケルトンやガシャ髑髏を見かければ

避けるか、避けられない場合はこちらから攻撃した。


彼らは誰であろうと、それが自分のかないそうにない敵でも戦闘を仕掛ける。


相手をするものにもよるが、強ければスケルトンはボロボロになるまで戦い、

ガシャ髑髏は運が良ければ撤退する。


彼らが何が目的で目があった者すべてと敵対しているのかは謎だが

おおよそ話の通じる連中ではない。




(だが、少なくともあのガイコツ軍を指揮していた総指揮官は違うはずだ)




ラインハルトそう思いながら、先程丘の上から見た戦闘を思い出した。




(兵の指揮の仕方、練度、ガシャ髑髏の数の多さ、そして何よりあの総指揮官も含めて

 あいつらは俺たちを見て嬉しそうにしていた。そんなに感情を見せるガイコツなど聞いたことがない)




 自分の知っているガイコツ集団とは明らかに違う。

同じ戦士として、族長としてもガイコツ軍の総指揮官には興味があった。

だからといって、穏便に事が運ぶとは思っていないし油断をするわけでもない。


部族を率いる自分にとって部族の安全が何よりも優先することだということを

ラインハルトは肝に命じていた。




(最悪、これがこの世界にきてから初めての戦闘になることを覚悟すべきだろうな)




ラインハルトの気持ちが空気で伝わっているのだろう。

ボア族の戦士たちも緊張が顔に現れている。



 やがて先頭をいくボア族の集団が停止しラインハルトらボア族の本隊と合流した。

ヴェアヴォルフ族の斥候が寄ってきて

あと30歩も歩けば森をぬける、と告げた。



ラインハルトは先頭集団に合流すると、ボア族の戦士たちと進んだ。



 少し進むと森が途切れてだだっ広い広場に出た。

先程の暗く鬱蒼とした森が嘘のように、空はどこまでも青いことがそこにたてばわかった。

ラインハルトらボア族は暗い森からいきなり明るい広場に出たので

目が光になれるまで少し間があった。




綺麗な青い空に対して血で汚れた下草が覆う広場がそこにはあった。



あたりにはいたるところに死体が転がっている。

スケルトン、ガシャ髑髏、人間、種族を問わず転がっているのが

血を流しているのは当然人間だけだ。



 広場の右手が開いているのは人間軍が撤退したためだろう。

そちらに近づくほど人間の死体が多く、そこに時々ガシャ髑髏やスケルトンが混じっていた。

ボロボロになって踏み荒らされた旗や馬の死体や矢などの少数の物資が転がっている。



広場の左手に目をやるとスケルトン軍がいた。

三人の指揮官が指示を飛ばしている。

目から炎をだしているいる以外は、ガランとして何もない骨だけの馬に鞍をつけて

その上に乗ったガシャ髑髏の指揮官が部隊状況の確認と再編成の為かガシャ髑髏に何事か言っている。



そのうちこちらに気づいたであろう一騎がやってきた。

近づくにつれて、あの総指揮官だとわかった。


 馬は色違いの赤い炎を目にやどしている以外は他の二人の指揮官とかわらない。

馬を止まると時々ちらつくだけの目に宿る赤い炎が

走ってくると馬の後ろへとチラつきながらこぼれて、やがては消えていき綺麗だった。


しかし、乗っている本人はそれとは対象的に汚れているのが近づくに連れてわかった。



 兜は頭のみを覆っており顔はむき出しだった。

こちらの目からも赤い炎が見えるが馬ほどは大きくなく、眼孔からこぼれることもなく

ただ、揺れているだけだった。

銀色の兜はトサカのように前方から後方まで親指ほどの太さの一筋の鉄がある以外

飾りはまったくなかった。


体全体を覆う銀色のフルプレートのアーマもへこみや傷が目立ち

左腕のプレートは篭手がなかった。

全体の印象から先程の戦闘以前から

あまり防具に気を使っていないのがわかった。


持ちてとさやしか見えない剣もおそらく刃はボロボロであろうことが容易に想像できる。


 しかし、スケルトンやガシャ髑髏はほとんどの場合こういう状態が普通だ。

たまにスケルトンが比較的にまともな剣を持っていることがあるが

ガシャ髑髏がまともな装備を持っていることは、戦闘相手から奪う以外はない。


このことから死んで間もない者がスケルトンになり

時間が経過するにつれてガシャ髑髏になり、その過程で装備が劣化するのだという者もいるが

真相は定かではない。



ガイコツ軍の総指揮官はラインハルトの前まで馬でやってくると

兜を取って話しはじめた。

後ろからガシャ髑髏が数名随伴してくる。




「やあ、貴殿らのオかげでたスかったヨ」




初めて聞くガシャ髑髏の声に、多少驚ろきながらラインハルトは答える。




「お、おう。しかし俺たちは最後のひと押しをしただけだ」


「そノ、ひト押しがなければ我々ハ全滅していた。あラためて礼をイう。ありがトう」


「そうか、ま、まあ、助けになれたようでよかった、よかった。

 ところで何でここで人間たちと争っていたんだ?」


「不意の遭遇ダった。森を抜ケてこの広場まデ着たとき、ちょウど向こうも広場に入ったところだった」


「お互い意図した戦闘ではなかった言うわけか」


「そうダ。人間たチが盾を並べて矢を撃ちかけヨうとしたので、

 こラらも矢で応戦スるふりをして 相手の準備ガ整う前に中央かラ打って出た。

 矢での打チ合いになレば矢も兵士の数も少ないこチらが不利だからな」


「不意の遭遇でそれだけの判断ができるとはすばらしいな。

 それで中央の集団が最初から乱戦気味だったわけだな」


「そうダ、敵を中央突破しテ相手の総指揮官を殺るか、

 こちラの左右の兵士たチと連携して敵を包囲するツもりだった」


「敵の予備の兵力があったせいで失敗したが見事な指揮だった。あの兵力差でよくぞ持ち堪えたものだ」


「持チ堪えたかいがあった。こレで我らは先へ進めル」


「そうだ、そこを聞きたかった。なぜこんな森の中でこんなにも集団で、何をしていたんだ?」


「我ラは人間の村に行くトころだった。大主教を迎えニ行ク」


(まずい、こいつら村にいくのか。人間と敵対している俺達と同じ目的地を目指すのはまずいぞ)




 ラインハルトたちには、人間の村と友好的に村と接触したいという目的がある。

さっきまで人間たちと争っていたスケルトン軍団が、村についた途端に人間と仲良くなるはずがない。

スケルトン軍団の前に、ラインハルト達が村に行って友好的に接触できたとしても、

その後に村がスケルトン軍団に襲われて滅ぼされたら意味がない。


そうかといってスケルトン軍団のあとに行っては灰になった村があるだけだ。


では、スケルトン軍団をここで阻止するのが最善となるが、

たったいま助けた者たち相手に剣を抜くのは、なんとも嫌な感じだ。


あれこれと悩んでいたラインハルトにガイコツ軍の総指揮官が更に詳しく状況を説明したところで

義清がゼノビア率いるヴェアヴォルフ族と一緒に広場に到着した。

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