17話 不意の遭遇


大手門からときの声があがった。


 義清が建設途中の二の丸から声のした方をみると

ゼノビア率いるヴェアヴォルフ族の先遣隊が大手門から出陣をはじめていた。


ゼノビアは隊の中程で騎乗して指揮をとっている。


ヴェアヴォルフ族の戦士たちは板金をつけた比較的軽装で槍を持って隊列を組み

大手門をくぐっていく。


先遣隊には一定の間隔で列から離れて伝令か何人もいる。


 伝令は自分の倍以上の大きさの山犬に乗っている。

白く豊かな毛皮で覆われた狼と呼ぶには大きすぎる巨体。

馬よりも遥かに大きいそれに鞍と手綱がついている。


この山犬はアセナと呼ばれ元は野生だったとされる。


 しかし、ヴェアヴォルフ族が言葉を習得したときから一緒にいるという昔話があるほど

ヴェアヴォルフ族のそばには常にアセナがいた。


 伝令の他にアセナにのるのは小隊の指揮官クラスの者たちだ。

隊列の所々にアセナにのった彼らが油断なく周囲に目を配っている。


 ゼノビアはの乗るアセナは他のアセナより一回り大きい。

アセナの背に乗るゼノビアが肩まである赤毛と筋模様の角をはやしてビキニアーマーなこともあり、

ひときわ異彩を放っていた。



ゼノビアが義清に気づくと手を振った。

義清が振り返すとニッコリとゼノビアは笑った。

やがてゼノビアは隊列の中央に陣取るかたちで城をでていった。




「さて、我らも出ますかな」




義清の後ろからラインハルトが声をかけてきた。


 ラインハルトらボア族は鎌倉時代の武士がつけるような大鎧をつけている。

本来であれば馬上戦闘に重きを置き、人間がつけて徒歩立ちの状態では肩に鎧の重量がかかってバランスが悪い。

しかし、がっしりした体格で横に太いボア族にとってはむしろこちらの方がよかった。

ドワーフの鍛冶技術もあわさって見た目に反して機能的で馬上、徒歩どちらでも戦闘が可能だった。


ボア族の戦士はヴェアヴォルフ族と同じく槍を持っている。

ヴェアヴォルフ族の5倍ほど太い柄の先にガッチリとした穂先がついている。

ヴェアヴォルフ族は腰にサブウェポンを、大抵は刀かファルシオンなどの軽量もの、さしているが

ボア族は背に背負っている。

野太刀にバトルアックス、薙刀とこちらも好みにあわせて乱戦用にもっている。




「ラインハルト様、ラハブです」




ボア族の一人がラインハルトに手綱をもって声をかけた。


 ラハブと呼ばれたその生き物はヴェアヴォルフ族の乗るアセナよりは小さいが

馬と同じくらい大きかった。

コモドドラゴンをそのまま大きくしたような巨体にサイのような角が頭についている。

角は3本生えており鼻先に近いほど大きく、人など一刺しで絶命できるだろう。

反面、首に近い方の角は拳ほどの大きさしか無く、真ん中の角はその中間くらいの大きさだった。

見た目に反してクマなどよりも足は早く爪も牙も鋭い。

持久力ではアセナに劣るが瞬発力はラハブの方が上だ。


 ボア族は二本足で歩き出したときからラハブと共にあったと言われる。

これはヴェアヴォルフ族のアセナに関する昔話に対抗して作っただけの創作であるとする話もある。



ラインハルトは手綱を受け取ると騎乗して槍を手にすると吠えた。




「我らボア族、主である義清様を守る栄誉をさずかった。父祖の名に恥じぬ働きで皆の真価を見せよ!!」




こちらもヴェアヴォルフ族と同様にときの声をあげると出陣した。




「義清様も御騎乗を」




エカテリーナが声をかけて義清にもラハブへ乗るよう促した。




「うむ、エカテリーナもベアトリスもな」




エカテリーナとベアトリスは二人で一匹のラハブに乗りエカテリーナが手綱を持った。

高身長のエカテリーナが低身長のベアトリスの後ろに座って、包み込むようにしているせいで

ベアトリスが子供のように見えた。



二人はラハブの扱いに慣れていないためボア族の戦士が前に立ち

二人のラハブを制御した。



ラインハルトと義清、エカテリーナとベアトリスがボア族の隊列の中央にいるかたちで城をでた。




空は晴れ雲ひとつなく穏やかな風が吹いている。


しかし、天気に反して城を出ていく者たちの顔は緊張で引き締まっていた。








「うん?」




最初に異変に気づいたのはラインハルトだった。



人間の村へと続く一番高い丘の頂上まで来た時に右手に何か感じた。



 あたりは鬱蒼とした森だが丘の右手の斜面だけは、斜面をかける風のせいか

下草と低木がいくつか生えてあるだけで見通しがよかった。


 丘から見下ろす森もどこまでも続く木々で溢れていたが

森の所々に木の生えていない下草だけの場所がある。

古くは点々としていたであろう森が徐々にその密度をあげて広がっていき

やがては点在する森と森とが繋がっていって今日にいたるのであろう。


森の中にポツポツと見える下草だけの広場はかつて森と森との中間に位置していたのだろう。

やがてその広場も時と共に森の一部となるが

今はまだその時ではなく静かに下草を風になびかせている。



 一際おおきなその広場の1つで何かチカチカと光っている気がするのにラインハルトは気づいた。


ラハブの鞍から単眼望遠鏡を取り出そうとした時に、

前方からヴェアヴォルフ族の伝令がアセナに乗ってやってきた。




「右手の森で何事か動きがあります。只今、斥候を放っておりますが、

 大人数の足音と鎧の擦れる音が聞こえます」




ヴェアヴォルフ族の伝令の報告にラインハルトが答える。




「ご苦労、おそらくあそこだろう。たしかに何かある」




ラインハルトが先程よりキラメキが多くなった場所を指した。

伝令が斥候が向かった場所とも合致すると答えた。



ラインハルトが単眼鏡で見ようとすると

義清がエカテリーナに主だった者に望遠の魔法をかけるよう指示した。

エカテリーナが詠唱する。




「地中のもの 空に願ってまなこ を たまわり、いやしく温情にすがらん

 卑途ひづの二十と三  瓶目双蒼がめそうらん



魔法をかけられた者の目が蒼くなり遠くまで見通せるようになった。

ラインハルトが言った。




「なるほど、チカチカしていたのは鋼の火花だったか」




広場では戦闘が行われていた。


 広場いっぱいに2つの集団が向かい合い、横隊になって盛んに切り合っている。

チカチカしていたのは両軍の剣先や槍の穂先同士が

討ち合った際に生じた火花が時々でていただめだった。


こちらの丘からは両軍の戦闘を横から見ることができる。


義清がヴェアヴォルフ族の伝令に言った




「ゼノビアに先遣隊を停止して防御を整え、付近に更に斥候を放つように伝えよ」




伝令は御意と言うと先遣隊につき次第、本隊への代わりの伝令を送ることを伝えて駆け出した。

ラインハルトがボア族に油断なく周りを見張るように指示した。

ボア族の何人かの戦士たちが左手の森に入って行き襲撃に備えようとしている。




「スケルトンが多いのはわかる、ガシャ髑髏どくろがあんなにいるのは珍しいな」




ラインハルトが再び広場の方に目をやって言った。



 スケルトンとガシャ髑髏には明確な違いがある。

二種類とも同じ骨だけで歩いていることは共通している。

しかし、スケルトンは素手でいることもあるがガシャ髑髏は必ず鎧と武器を手にしている。


 ガシャ髑髏はスケルトンよりも機転が利き、戦士を思わせるような動きをする者もいる。

恨みだけを持って死んだものがスケルトンになり、

恨みと武芸を持った者がガシャ髑髏になると酒場での冗談に使われることがある。

そのあとには、おまえはスケルトンになるなと続き、笑いが起こるが

そう言われているだけで本当のところははっきりしない。


 そもそも元いた世界とこの世界が同じ常識で考えていいのかはわからないのだ。


ふつうはスケルトンの集団に1,2体のガシャ髑髏が混じることはあるが

広場の集団では違った。


 500程の集団を横隊にして3つに分けて、中央にガシャ髑髏を主力にした部隊、

左右はスケルトンを主力にしている。


広場は周りを森で囲まれているのでそれ以上に隊を分けて広がることができないのだろう。




「連携も取れているし普通のガイコツ集団ではないな。相手の方が有利ではあるが」


「どうして わかるんですか?」




ラインハルトの分析にベアトリスが訪ねた。

義清がそれに続いた。




「いい機会だ、ベアトリス。戦についてラインハルトに学んでみるといい」


「ええ!? こんな時にですか?」


「距離もあるし斥候が戻るまで、幾分か時間もある。実戦をみて学べるいい機会だ」




ラインハルトが咳払いをしてベアトリスに言った。





「ベアトリス、まずは両方の軍を見てみよう。広場の左にいるドクロ集団、右手にいる人間集団。

 まずは、人間集団について気づいたことを言ってみろ」


「えっと、いっぱいいて、みんな同じ鎧を着て、旗があって、なんか、こう、静か?」




ベアトリスが言ったことは、まとまっていないがあっている。


 人間の集団は全員が同じ鎧を着ている。胴のところは金属のプレートでできているが

背中はレザーで覆っている。腕も脚も外側は金属プレートだが内側はレザーだ。


槍を持って盛んにガイコツ集団に攻撃している。



旗は長方形や三角形色は様々だが、大きな旗が2つ目立っていた。


 1つの旗は赤い旗に金の獅子が描かれており口から火を吹いている。

もう一つの旗は白の旗に縁を黒く染めて、大きな黒い鷲が剣を脚に携えて

見ている側に飛んでくるようになっている。



ラインハルトが言う。




「悪くない観察眼だ。兵の数は明らかに人間の軍の方が多い。ガイコツ軍の2倍近いな。

 そろいの鎧を着ているということは1つの統一された集団だ。

 貴族連盟のような寄り合い所帯ではない。」




褒められたベアトリスが、ヘヘヘ照れて後頭部をかいた。

ラインハルトが続ける。




「旗についても良い点に気づいた。色がついただけの旗は無視していい。

 問題は獅子と鷲が描かれた旗だ。

 こういう場合はどちらかがあの広場で戦っている家の旗で、もう一方がその家が仕える主の旗だろう」




またもや褒められてベアトリスは、デヘヘとてれた。




「では、問題だ。どっちが主の旗でどっちが戦闘している集団の旗かな?」


「えーと、うーんと、獅子が主で鷲が戦闘集団!!」


「正解はー?」




焦らすラインハルトにむむむとベアトリスが答えを期待する。




「俺にもわからん」


「なんですかそれっ!?」


「ワハハハハハ」




思わずラハブから転げ落ちそうになりながらベアトリスがラインハルトに文句を言った。





「ハハハ、怒るな怒るな。ふつうは主の旗より前に部下の旗がくる。

 だが、これはあくまで形式的なものだ。旗なんぞどこにあろうといいのだ。

 それに、士気高揚の為だろう。旗が前に出て人間軍がときの声をあげとる」




 人間軍の旗が2旗とも前に出て戦闘集団のすぐ後ろまで前進している。

前進が止まると鷲の旗が前に、その後ろに獅子の旗がきた。

ベアトリスの予想は見事あたった。




「やりましたぁ!! 私の予想の当たりですね!」


「うん。見事だ。次からは旗の模様も見るといい。ふつうは獅子は鷲には仕えない。

 まあ、これも例外はあるし必ずしも当たるとも限らん、土地によっても異なるからな」




ベアトリスはラハブから落ちるほどピョンピョンと鞍の上で跳ねて喜んでいる。




「では、ベアトリス。どっちの軍の方が有利かな?」


「えっと、ガイコツ軍です。」


「理由は?」


「ガイコツ軍は押せ押せに突っ込んでいってます!!」


「悪くない着眼点だ」




 ガイコツ軍は中央のガシャ髑髏を中心に猛攻している。

中央は乱戦状態になっており集団ではなく個の強さに物を言わせて

次々と人間軍に突撃しては怒号をあげて敵と切り結んでいる。


中には他のガシャ髑髏より大柄な者もいて、戦斧を振り回しては叫び周り

人間軍を次々と血祭りにあげている。


人間軍は及び腰になりジリジリと後退している。

先程の旗の前進はこの中央集団の士気高揚が目的だろう。




「悪くないが不正解だ。」


「ベアトリスに10点減点!!」


義清がなぜか突然、義務感にかられて言った。


「えー! 何でですか!? ていうか減点だげ宣言されるのおかしいです!!」




義清はどこかの魔法がでてくる映画で見たような光景な気がしたが、思い出せなかった。

思いの外ベアトリスの反応が良かったのでエカテリーナと義清は面白がった。

ラインハルトも笑いながら言う。



「ハハハハハ、よく見てみろ。たしかに中央の戦闘はガイコツ軍に有利だと言っていい。

 だが、左右は違う。」




ラインハルトに言われてベアトリスはもう一度戦場をみた。


 中央の戦闘はガイコツ軍が血飛沫を飛ばして、人間軍の戦列を切り崩して遮二無二前進している。

人間軍はなんとかそれに耐えているが戦線が崩壊しそうだった。


だが、左右は旗色が違った。


 中央とは違い左右のガイコツ軍にはガシャ髑髏の数が少ない。

ほとんどがスケルトンで構成されていた。

動きもぎこちなく連携も取れておらず槍での集団戦ができていない。


目から青い炎をだして時々足踏みしている骨だけの馬に乗った左右のガイコツ指揮官が

盛んに指示を飛ばしているが、中央とは違いこちらはガイコツ軍がジリジリ後退している。




「このままではガイコツ軍の左右の集団が崩壊し、中央の集団が両側から人間軍に包囲されてしまう。

 おそらく、ガイコツ軍の指揮官は、そうなる前に人間軍を中央突破して反転し、

 左右のガイコツ軍とで人間軍を包囲してしまおうという考えだ。」


「中央突破できそうじゃないですか!!やっぱりガイコツ軍が有利です!! 

 いけーガイコツ軍!!」


「甘いな、戦いは結局の所、数が物を言う場面の方が多い」




ラインハルトが言い終わらない内に中央で動きがあった。


 ガイコツ軍の猛攻がついに実を結び中央の人間軍が崩れはじめた。

逃げる人間軍など目もくれずにガイコツ軍はひたすらに前進していく。

崩れる人間軍の人垣を押しのけてガイコツ軍が見たのもは、

戦列を整えた新たな人間軍の戦列だった。


再びその戦列に突っ込み突き崩さんとするガイコツ軍。


しかし乱戦から抜け出した直後のガイコツ軍は、

バラバラに人間軍の戦列に突っ込むしかなく人間軍の脅威になり得なかった。



人間軍の並べられた槍の前にすべもなくガイコツ軍の兵士が倒れていく。

隊列を整える時間と場所を確保しようと、ガイコツ軍は中央の兵士を後退させようとした。

しかし、そうはさせないと人間軍が前進してくる。


今度は中央でガイコツ軍の後退がジリジリと始まった。


ラインハルトが言う。




「惜しいな。兵の数が互角とは言わずとも、

 あと3、いや200でもいれば、もう少しちがったやりようがあるのだがな。

 兵の質は中央だけ見ればガイコツ軍のガシャ髑髏の方が人間軍より上だし、

 指揮官もガイコツ軍の方が上だ」



「どうしてガイコツ軍の指揮官の方が上だとわかるんですか?」



ベアトリスが不思議そうにラインハルトに聞いた。




「後方にいる人間軍の総指揮官とガイコツ軍の総指揮官を見比べてみろ」


「あれ!? ガイコツ軍の総指揮官がいませんよ!!」


「よく中央を見てみろ。あれが総指揮官だ」


「ベアトリスに20点減点!!」


「わーわー!! なんでですか義清様!! おかしいと思います!!」




今度はみんなに笑いが起こった。



 ガイコツ軍の総指揮官は全体の指揮もとりつつ中央の集団の指揮もとっていた。

左右の指揮官から盛んに送られてくる伝令に的確に対処しているのがうかがえる。


左右から放たれた伝令が中央で指示をもらってそれぞれの集団に帰ると

左右の兵士が怒号をあげて前進した。

よく見ると左右の中央寄りの兵士が怒号をあげて無理に前進して、

敵を威圧しながら切り崩そうと試みている。


左右にわずかにいるガシャ髑髏を無理に前進させて、

少しでも左右のガイコツ軍の集団の後退を食い止めようとしているのだろう。


 中央の総指揮官から貰ったであろうこの作戦は

効果はあったが、わずかにいる左右のガシャ髑髏が倒れていくにつれて

その効果を失い短時間しかもたなかった。



 一方人間軍の指揮官は中央と左右では時々伝令をだして連絡しあっていたが

総指揮官へは中央の人間軍が崩壊したときしか伝令はきていなかった。


その伝令も中央の崩壊を食い止める為に予備の部隊を動かしたあとになって来た伝令だった。


歴戦の勇士が部隊を指揮して、総指揮官へは事後承諾と確実によろしいといわれる報告しかしない。

現場で臨機応変に対応して総指揮官の手はわずらわせない。



そうした風に見えなくもないが、ベアトリスがラインハルトに違うのですかと聞くと違うと答えた。



 人間軍の兵の練度が低いことから見ても、

明らかに数に任せてガイコツ軍を押し込んでしまおうというのが見て取る事ができた。

人間軍の中央と左右の伝令はお互いに行き来しているのに総指揮官はへの伝令はほとんど無い。

異常といってもいい少なさだった。


ラインハルトがアゴで人間軍の総指揮官を指して言った。




「あれは頼りにされていない証拠だ。人間軍の中央と左右の指揮官は、

 総指揮官に報告して下手に混乱させるより自分たちでやってしまおうとしているのだ。

 おそらく戦下手か日頃からまったく頼りにならないのだろう。ほとんどの場合は後者だがな」


「義清様とはえらい違いですね。」


「ぶち殺してやった貴族連盟を見て思ったが、人間の中では義清様のような方は珍しいのかもしれんな」


「よかったぁ。私達の主が義清様で!!」


「ベアトリスに10点!!」


「やったあー!!」


「点数の付け方が雑すぎですぞ」


「ラインハルトは10点減点!!」


「やりました!ラインハルトさん減点です!!」


「人の減点を喜ぶな!」



ラインハルトがプンスカしながらベアトリスを怒った。

義清が二人をなだめながら言った。




「さてさて、敗けているガイコツ軍には悪いが

 今はどちらに味方していいかわからない以上、 放って置くしかない」


「同感ですな。この世界でもモンスターがしいたげられているとは限りません。

 もしかしたら、単なる勢力争いなだけかもしれません」


「うむ。お前のベアトリスに対する教えも見事でだった。ラインハルトに5点。」


「ううう、ラインハルトさんに負けちゃいました」


「勝った俺ですら合計はマイナス点だがな」


「くじけるな、ベアトリス。学ぶのはいつからでも遅くないぞ。お前のこれからを思って拍手だ」




 義清の拍手にエカテリーナがつられて拍手しラインハルトもつられて拍手した。

自然と横に控えるボア族の戦士も拍手し、付近で警戒にあたっていた、

離れたところにいるボア族も何事かと思ったがあわせて拍手した。



この時、ベアトリスが悔しがらなければ、それを慰めるために義清が拍手しなければ、

ガイコツ軍と人間軍の運命はかわらなかっただろう。




「あいつめ、指揮官としてはすこぶる優秀らしい」




ラインハルトがにやりと笑いながら言った。

ベアトリスが不思議そうに聞いた。




「どうしたんですか、ラインハルトさん?」


「ガイコツ軍の総指揮官を見てみろ」




 ベアトリスがガイコツ軍の中央集団にいる総指揮官に目をやると

こちらに手を振っている。

付近の兵に総指揮管が何事か言うと中央集団で歓声が上がり

全員がこちらを見て、中には手をふる者もいる。


 人間軍の中央集団も何事かとこちらを見ている。


やがてそれが両軍の左右に伝わっていった。



義清がため息まじりに言った。




「決まりだな。ラインハルト、兵を率いて人間軍の側面を突け。ゼノビアへの伝令も忘れるな。」


「承知しました。実を言うと死なせるには惜しい人物かなと思っておったところです」




ラインハルトは付近に出した警戒のための兵に集まるように指示した。

兵が集まるまでの間に付近の大勢の兵士に二度、三度とときの声をあげさせた。



 義清達を守る一部の兵だけをのこして

ラインハルトはボア族の戦士を率いて丘を下って森に入り戦場を目指した。



状況が飲み込めないゼノビアは義清に訪ねた。




「なんでラインハルトさんは行っちゃたんですか? さっきガイコツ軍は見捨てるって言いませんでした?」


「ガイコツ軍の指揮官がこちらを発見して手を振った時点で助けざるを得なくなったのだ。

 人間軍を見てみるといい」



 人間軍は混乱しており中央と左右で指揮官が必死に兵を落ち着かせようと怒鳴っている。

逆にガイコツ軍は全ての集団が勢いづき前進していた。


義清がまたため息をつきながら言った。




「ガイコツ軍の指揮官は、我らを味方と思って手を振り、

 士気をあげさせガイコツ軍全体を勢いづかせた。 逆に人間軍は我らを敵と思い動揺したのだ。

 人間軍からすれば遠いとは言え、側面を敵に晒している状態になったわけだからな」


「でも、さっきどっちに味方していいかわからないって言ってましたよね?」


「味方していいかわからない状態で、

 強制的にガイコツ軍の総指揮に、ガイコツ軍に味方するようにさせられたのだ。人間軍を見てみろ。」



 人間軍では混乱が極みに達しつつあり、兵の練度不足が露呈していた。

指揮官クラスのものは単眼望遠鏡でこちらを見て慌てている。

やがて人間軍総指揮官にも伝令で状況が伝わり、単眼望遠鏡でこちらを見るようになった。


義清がベアトリスに状況を説明する。


「あれは、我らを完全に敵と認識しているな。

 理由は知らんが、この世界でもモンスターと人間が争っているらしい。

 だから、ガイコツ軍の総指揮官が手をふるとガイコツ軍は援軍が来たと思い。

 人間軍は敵の新手が現れて側面を突かれると思ったのだ。

 まあ、人間軍の兵の練度がもう少し高ければ、ここから戦場までは距離があるから

 素早くガイコツ軍を叩いたあとに、我らを迎え撃とうとしたかもしれんがな。」


「すごいですね!! ガイコツ軍の総指揮官さんは!!」


「すごいと言うか、はた迷惑なやつと言うか‥‥

 大方、こちらの持つ槍の穂先が反射して向こうが気づくか何かしたんだろう。

 ラインハルトが戦場につく頃には人間軍はボロボロになりながら退却しているだろうな。

 退却しているからこそガイコツ軍をこちらが攻撃して、

 我らが人間の敵ではないと証明することもできんが‥‥

 いずれにしてもあの人間達は今日あったことを報告するだろう」


「また、貴族をぶっ飛ばすかもしれないわけですね。次は私のお腹の子種を芽吹かせてみせます!!」




 ビアトリスの後ろに座るエカテリーナが額に青筋を立てる。

エカテリーナはラハブを操るために手綱を、ベアトリスの脇腹の横から手を通すかたちで

ベアトリスの前に置いている。


エカテリーナは思わずその手を使ってベアトリスの脇場を少し締めた。

途端にビアトリスが悲鳴を上げる。




「何するんですか!!エカテリーナさん!! お腹の子種に何かあったらどうするんですか!!」




エカテリーナはその言葉に、さらに腕を使って脇腹を締めた。

ビアトリスがまた悲鳴を上げる。



その悲鳴を聞きながら義清がふと思い出したように言った。




「最後になったが、ガイコツ軍がこちらの槍の穂先の反射で我らに気づいたのなら、

 ゼノビアに対する拍手で周りの兵が槍を一斉に揺らしたのが原因かもしれん。

 今日はベアトリスのおかげで新しい友を得たのかもしれんな。

 ビアトリスに100点!!」


「ヤッター!!、その点数でお腹の子種、芽吹かせることできますか?」




ビアトリスの悲鳴が遠い戦場に向かうラインハルトに届くほど青空に響いた。


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