16話 探索結果


 天守の中に大広間と呼ばれる一室がある。


 名前の通り板敷きの大きな広間で上座にだけ畳が置かれている。

義清が城を作る際に前世の記憶を頼りに見様見真似で指示してつくらせた部屋だ。


 和式の部屋の作りに反して、窓はひし形をしており、大きなひし形の中に小さなひし形がいくつもあるステンドガラスになっていた。


有事の際は簡単に取り外しができ、城内から矢を射る狭間の役目も果たせる作りになっている。


 この広間だけに限った話ではないが、城には至るところで東洋西洋のつくりが混じっている。

工事途中のこの城は義清の想像力の塊でできたようなもので、

いたるところで想像力の限界と継ぎ接ぎだらけの知識が見て取れる。


大広間は大人数で集まって議論するための部屋ではあるが

部屋のの広さに対して集まっている人数は多くない。


 大広間の下座には巨大な紙が空中に浮いている。

巨紙を正面に見て左手ににラインハルト・ゼノビア・ガルムが座っている。

右手にはエカテリーナとゼノビアが座っている。

巨紙を正面から見るかたちで、上座に義清が殿様スタイルで脇息に右手預けて座っている。



 義清から一段下がって座る面々はそれぞれ好きなスタイルで座っている。

左手の面々はアグラをかいているし、右手の面々は足を曲げて座っている。

こうした場では正座をするのを想像しがちだが、義清の記憶では違ったようだ。




(たしか、こうした場が主流の時代でも板敷にはアグラだったはずだ。

 正座をしろなどと言うと相手が無礼千万、力が弱いから仕方無しに今はお前に従っているだけだ。

 いつかその寝首を切り落としてやると、いらぬ反感を主は買った気がする)




 どこまで合っているのかわからない記憶を頼りつくった礼儀作法である。

義清自身も自分の前にいる者たちがどんな格好で座っていようとさほど気にならなかった。

ただ、こうした場に客を迎えた時に、それなりの対応をする日も来るだろうと

つくっただけの法である。



 大広間に浮いた巨紙には真ん中に城が書かれているがそれ以外は空白だった。

巨紙は縁が所々破れており茶色がかっている。

まるで古い中世の海図を思わせるような作りになっていた。

ラインハルトが木でできた、魔法使いが使う短く細い杖を巨紙に向けながら喋りだした。

杖には一定の力が発揮できる魔力が付与されている。

これにより簡単な魔法なら使用者の魔力に依存せず使うことができた。




「付近の水場は確保したし、鉱山までの巡回も問題なくできている。

 鉱山までの道はあるが獣道同然、いずれは本格的な整備が必要かと思う」




 ラインハルトが喋りだすキラキラと光る、黄色い砂のような粒が杖から大量に出てきた。

それは線になって杖と巨紙を結んでいく。

やがてラインハルトの説明が巨紙に記入されはじめた。

最初に説明した水場の何箇所かが巨紙に記入されると、そこを探索するボア族が映し出された。

映し出された色はカラーではなく、本などの挿絵としてある茶色がかった色になっている。

動きもどこかぎこちなく、パラパラ漫画をめくるような少しカクついた動きになっている。


 次に鉱山までの道のりと、そこを歩くボア族がやはり茶色がかったぎこちない動きで映し出された。



ドワーフのガルムが続いて説明した。

やはり杖をかざしている。




「鉱山は現在、採掘量よりも安全対策と施設拡張に力を入れている」




 巨紙から城と周辺の場所が消えて鉱山だけが映し出された。

そこには鉱山周辺で柵を設けたり坑道を拡張したりするドワーフ達の姿が映し出されていた。




「もし敵が来たとしても、小規模なら迎え撃てるし大規模なら迷路のような坑道へ逃げ込める。

 食料もあるし空気穴もいたるところにある。城からの援軍が来るまでは持ち堪えられるだろう」




巨紙には想像上のなにかと戦うドワーフと坑道へ避難して、外をうかがうドワーフの絵が映し出された。




「鉱石についてだが、まず黒壇の石の埋蔵量は不明だ。

 いたるところから出てくるので 多すぎて見当がつかん。

 次に銀については残念ながら人手が避けず、手が回っとらん。

 二つとも鉱山技師が悔しがっとったよ」




 巨紙には坑道の壁をかじりつくようにして見ている単眼鏡をかけたドワーフの姿が映った。

話に出てきた鉱山技師のドワーフだろう。

やがてそのドワーフは単眼鏡を回すとと、折りたたみの単目望遠鏡をいじるようにして、

単眼鏡から小さな単眼鏡を出し更に小さいのを、といたった具合に出していき

鉱石の表面を拡大して観察している。


それからまた壁に目をやると悔しがって地団駄を踏んだ。

ガルムが更に続けて義清が答えた。




「知り合いの鉱山技師が暇をみつけて銀をみたがコレといった変化は見られなかったそうだ。

 ただ、これはあくまで個人の意見なのでドワーフ族全体としてはもう少し答えを待って欲しい」


「鉱山のことはドワーフ族が一番よく知っている。焦らずゆっくりやってくれたほうがいい」


「そう言ってもらえるとありがてえ。先日、ベアトリスの嬢ちゃんに坑道をみてもらったが

 黒壇の石がでる坑道と銀の坑道とは異なる魔力の波動だとわかった。

 転移前にあった土地のかもしれねえ。そうなると土地自体が混じり合ってる可能性がある」


 巨紙には鉱山を調査するベアトリスが映し出された。

いたるところで頭をぶつけたりつまずいていて転んでいる。

その度に近くのドワーフが寄ってきて介抱したり起こしてあげている。


巨紙に映し出されたベアトリスは恥ずかしそうにしているが

広間にいるベアトリスはそれ以上に恥ずかしそうに顔を赤くしている。



「同じ物を違う者が見ることで違った視点から意見を言えることもある。

 次はエカテリーナに調査してもらおう」




義清の発言にガルムも同意してエカテリーナの方を向いて言った。




「ここは1つ、エカテリーナ婆さん、よろしく頼むぜ!!」


「婆さんは余計よ!!婆さんは!!」




こめかみに青筋をたてながらプンスカと怒りながらエカテリーナが怒鳴った。

それを聞いてガルムはガハハハハと笑い冗談だと言った。




「最後はアタシが」




ゼノビアが咳払いをして言い、杖をかざした。




「城の付近の森が城に近すぎる箇所が何箇所かあります。鉱山への道同様こちらも整備が必要です。

 いざ戦となると敵が城壁に取り付きやすくさせてしまいます。」




巨紙に、森に隠れて接近する想像上の敵と、苦戦するヴァラヴォルフ族の射手が映し出された。

ゼノビアがペン回しのように杖を回しながら続けた。




「最後になったが各方が一番に気になっている情報を」




回していた杖をピタッと止めてゼノビアが言った。




「城内のいたるところで噂になっているが、人間の村を発見した。

 森の先の丘を超えて更に森を進むと開けた土地があり、そこに人間の村がある」




 巨紙に村を発見するヴァラヴォルフ族の探索方の数名が、村を発見したときの様子が映し出された。


森が薄くなりやがて森の中にポッカリと開けた土地ができて

その中に丸太を城壁代わりにした村が映し出された。


 門は1つしか無く門番が二人、門のすぐ奥に1つだけ櫓があり見張りがいた。

探索方がいる森からは反対側にある道は門まで終わっておりそれ以外に道はなかった。

村はロッジにあるような木でできた建物の屋根付近がいくつか見えたが

それ以外は丸太の城壁が高くてわからない。


見張りの者たちは木材でできた鎧を身に着け槍を持っている。

人間よりずっと目のいいヴァラヴォルフ族は相手の装備を細かく観察する。


 鎧は全身が縄と木材できている。

細いが丈夫な枝を2,3本を一組で縄で結び、その一組を別の一組と縄で結んでいる。

スダレやヨシズを木材で作ったようなそれを、2つ重ねて背中と胴に枝が水平になるように着けている。

足や腕にも同様の鎧を纏っていた。

兜も同じ作りになっているがな、丸くしてあるので所々どうしても隙間が開いている。

その隙間から木の皮が見えるということは

木の皮に先程の作りのモノを結んでいるようだ。


 槍はその辺の木に穂先を着けているわけではなく、

黒塗りに塗れた柄に、穂先近くの柄には補強が施されて刃もなめらかだった。




「探索方は数名を、村の監視に常時つけて連絡は密にしてある。

 つなぎの者も城と村との間に置いてるし何もなくても定時報告が城まで来るようになってるよ」




ゼノビアが言うと巨紙に村や森を油断なく行き交うヴァラヴォルフ族の探索方が映った。

それを見ながらラインハルトが杖をかざしながら言った。




「装備が気になるな。鎧と槍がちぐはぐだ」




ラインハルトの杖から出た大量金色の砂粒の線が巨紙に当たると

先程ヴァラヴォルフ族の探索方が村の者の装備を確認する絵が映し出され鎧の部分で止まった。

それを見ながらラインハルトが続ける。




「鎧は完全に木製だろう。つくるのに時間はかかるがかなり安価だ。その辺の森で作ったものだう。

 日々の農作業の工夫から作ったものではなく、臨時で作った感じがうかがえるな。

 木の鎧は安価で致命傷は防げるが長持ちしない。

 木の水分が飛んで枯れ木なるときが耐久の限界、 すなわち鎧としての限界だ」




ラインハルトが喋りだすと巨紙に映し出された鎧の各部分に丸印が補足の文章が浮き出た。



ラインハルトがしかしと言いながら更に杖から金色の砂粒を出した。

巨紙には鎧に続いて槍が映し出された。




「槍は柄もちゃんと塗装され、刃と柄の間は補強機具もついている。明らかな正規品だ。

 鎧をここまで安価にしているのに槍の品質が高すぎる。不自然な装備の組み合わせだ」




巨紙にラインハルトが指摘すると槍の各部分に丸印と補足文書が浮き出た。

ゼノビアもうなずきながら賛同する。




「探索方もそのことは念をいれて不自然だと報告してきたよ。それと‥‥」




ゼノビアが杖をかざして金色の砂粒をだして話しはじめた。




「村の城壁代わりの丸太の組み方も気になるね。

 ふつうこういう時は丸太を横にして組んで

 一定間隔で柱の役割の丸太を縦に埋めて組んでいく。その方が早く終わるからね」




 杖から出た金色砂粒が巨紙に当たると探索方が村を観察するのが映し出された。

さらにゼノビアが続ける。




「でも、この村は違う。丸太を一本一本全て縦に埋めていってる。

 こっちのほうが防御に関しては正解だね。

 どこか一箇所を集中的に狙われたら崩れる横置きより

 縦置きの方が丸太一本一本を破壊しないと突破口が開けられないからね。」


「ふーむ。問題は人数と時間か」




そのとおりと言ってゼノビアは巨紙に杖をかざして丸太の根本をアップした。




「縦に丸太を埋めるなら当然、穴ほって一本づつ埋めていかなきゃならない。

 丸太のてっぺんは尖るように削ってあるし時間と人手がいる作業だね

 探索方の報告じゃ村から畑にでてる人数から推測しても、村人の人数と防御施設の質があわないね」




義清が口をひらいた。




「いずれか知らんが村以外の勢力の存在が有り得るかもしれんということか」




ゼノビアが答える。




「おっしゃるとおりです。探索方に村より更に奥の道を探らせることもできますが

 これ以上奥ですと本格的な長距離でチームを組む可能性も視野に入れなければなりません」




ラインハルトがふーむ唸りながら言った。




「場所も気になりますな。ここは周りに何もないので辺境かと思いましたが

 都市と都市の間に位置するのかもしれません。

 それなら装備のチグハグは置いといて、村の防備の工事にかける人数は集めやすいですからな。

 しかし、そうなると位置関係的にこちらの勢力の拡大が難しくなりますな」




義清が骨むき出しのアゴを撫でてゴリゴリ言わせながら言った。




「何にしてもその村と接触してみないと話がはじまらんか」




一同が頷いた。




「よろしい。では明朝、探索方に案内させ軍を率いて接触する」




エカテリーナが聞く




「指揮はいづれの者が取りましょうか」




義清がニヤリと笑うと言った。




「ワシが自ら指揮する」




 広間の義清を除いたみんなが驚いた。

すかさずエカテリーナが口をひらいた。




「危険ですわ。城主自ら見知らぬ土地を直接軍を動かすなど」


「普通わな。しかしここは異界の地だ。もしかしたら村人かそれ以外の勢力が、

 我らが太刀打ちできないほどに強大かもしれん。

 その場合、兵を小出しにしてはこちらがやられる。未開の地で異界だからこそ

 持てる最大限の力をぶつける」




義清の言葉にエカテリーナはなおも納得がいかないらしかったが仕方ないと諦めた。

義清が一同を見回し言った




「ラインハルトとゼノビアはそれぞれの種族に出陣の準備をさせろ。探索方とは連絡を密にし

 何かあればどんな些細なことでも知らせるようにしておけ」




御意と二人が答えた。




「エカテリーナは周辺で不自然な魔力の流れがないか引き続き監視せよ。

 ゼノビアも明日の出撃に備えて物資の準備しておけ。

 ガルム、留守の間の城代を任せるぞ」




エカテリーナが聞く。




「目的は友好的な接触でしょうか?」


「可能な限りそれだ。しかし、村が敵対的だった場合は別だ。

 それによってどこかの勢力と接触を試みるようなことがあれば、こちらが危うい。

 その場合は攻め落として皆殺しにせざるを得ん。時間稼ぎにはそうするしかないからな。

 しかし、これはあくまで最後の手段だ」




一同に緊張が走った。



 解散後、その緊張と熱は部下たちへと伝わり城内には、

異界の地への探索という浮ついた空気から、数日前の戦の時さながらの雰囲気が戻ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る