15話 事後


ラインハルトは上機嫌になりながら本を数冊抱えて書物庫を出た。


 城内は復旧中の騒がしさが過ぎ去り静かな日常が戻ってきた。

要所々々に見張りや巡回の兵士達がいる。


白塗りの日本の城を思わせるような城壁を通り過ぎて角を曲がった。

角を曲がると櫓がありその上に見張りの兵士が油断なく周囲を見ている。


評定から1日たって今日は一部のもの以外は休暇になっている。


 明日からは周囲の探索を行わなければならない。

鉱山と城の巡回を担当することになっているラインハルトも今日は自由に過ごしている。


 鼻歌交じりに本丸内の小規模な門をくぐるとあちこちに小屋やテントが立っている。

ロッジの様な丸太で組んだものではなく

何本かの柱となるべき丸太と平板を組み合わせた粗末な小屋だ。


 元々城内に居住区域はないので臨時でつくったものだ。

城の工事と同時に勧めていた城下町は転移できなかったようで、

大手門から先の場所は草原になっている。


草原の先は森になっており、周囲の山と比べてもけして低くはない本丸からも、

森の中に丘があることもあって、先がどうなっているのかはわからなかった。


 巡回の順番が終わればラインハルトにも探索の機会はある。

城の周囲の念入りな探索はボア族が、長距離の探索はヴァラヴォルフ族が行うことになっている。



 違う世界のまったく見たことがない土地をいくのは危険もあるが楽しくもある。

街で普段は行かない場所に入ったり、

初めての店に入るようなドキドキ以上のものが

そこには待っているだろう。


ラインハルトは臨時の居住区を通り過ぎると

城内に設けられた一室へと入って持っていた本を机においた。

部屋はラインハルト個人の部屋ではなく書類仕事などに使う仕事場だ。



そこに趣味で使う本を持って着たのにはラインハルトなりの考えがある。




(これで退屈な書類仕事の最中に部屋を抜け出さずに済むぞ)




ニヤニヤしながらラインハルト机には本をしまっていった。




(そもそも、部屋にいないからサボっているのがバレるのだ。

 書類に紛れて本を置いて、時々読む分には問題なかろう)




前に偶然に立ち寄った書物庫でラインハルトの中の本の虫はすっかり目を覚ましたらしく、

最近は書物庫に足を伸ばす機会も増えてきた。




 しかし、ラインハルトのこの考えは後日、普段ならすぐにサボる書類仕事を小言も言わずに

長い間部屋にいるラインハルトを怪しんだ副官によってあっさり暴かれてしまう。




 ラインハルトはどうせならここで少し読むか、とイスに腰を下ろそうとした。

イスを引いてハッとしたラインハルトは思わず後ろの窓を見た。


太陽は正午になる真上までとはいかないが、朝ほどに低くはない。

朝食を取ってからそれなりに時間が立っている。


 ラインハルトは急いで自分の個人小屋へと向かった。

ボア族の族長という地位にあるラインハルトには個人的に使える専用の小屋が与えられている。

荒々しく扉を開けると、扉のすぐ脇にあるものへと手を伸ばした。


そこには木でできたバケツとモップ、何枚かの使い古した布などの掃除道具一式があった。


ひったくる様にそれらをつかむとラインハルトは天守目指して駆け出した。




(本も楽しみだが、これは今しないと消えてしまう楽しみだからな)




ニヤリと笑うとラインハルトは天守に入った。


天守は外見は日本風だが中に入ると赤い絨毯が引いてあり、角には花瓶で花も飾って西洋の城内を思わせる。

かなり広くなっている一階を抜けて二階へと通じる階段を上がったラインハルトは焦った。




(間にあるか? こういう楽しみは人から聞くより、本人の顔を見るほうが断然おもしろい!!)




通路をいき角を急いで曲がったラインハルトは目当ての人物の背中を発見して小躍りした。

その人物は、壁に片手を預けて腰をひいてヒョコヒョコとかろうじて歩いている。




(いや、あせるな。ここは後ろからソロリと近づいてやろう)




口に手を当てクククと笑うと忍び足をしながら目的の人物の背中まで来ると、

大声で言いながら腰を叩いた。




「ぃよう大将!! 昨夜はどうだった? 最後まで意識は持ったか?」




叩かれたのはゼノビアだった。




「~~~くうわ~~~あた~~~きほぉ~~~」




ゼノビアは腰を叩かれると言葉にならない悲鳴をあげて倒れ込んだ。

膝をついてプリンプリンのお尻だけを上げて、大きな胸と頭だけを床につけている。

あきらかに体の自由がきいていない。




「グワハハハハッ。その様子では心ゆくまで、できたらしいな。アーハハハハハッ」




 天守中に響くのではないかと思うほど大笑いしながら

ラインハルトはゼノビアを抱きかかえるようにして起こした。

ゼノビアは壁に片手をつけて腰をひいて辛うじて立っている。


 息を若干乱しながらゼノビアが言う。




「あ、あんた知ってたんだね。アタシがこうなるってことを」


「当然だとも。だから評定のあとに言ったではないか。俺も心が軽くなる、と

 義清様とSEXしたメスはみんなそうなるのだ」


「い、いいや、ちがうね。 あんたはまだ何か、あ、アタシに隠してる。そのニヤけ面を見ればわかるよ」




 ゼノビアは自由な片手をプルプル震わせながらラインハルトを指差した。

その先でラインハルトはニヤニヤしながら答えた。




「バレたか。お前も見ただろう? 

 義清様がエカテリーナの召喚した巨大火球を飲み込むのを。

 ああして何かを飲み込むと、大きければ大きいほどなのだが、発情期とかわらない程に高ぶってくるのだそうだ」




ゼノビアは腰までプルプルと震わせながら聞いている。




「義清様があのときに、許容量を超えれば、吐き出さなければならないと言ったのを覚えているか?

 つまり、そういうことだ。」


「k、き、今日容量を超えた分を下半身から出してバランスを取る、つまりそういうことかい?」


「そうだ、そういうことだ。当然あれだけの巨大火球だ、いったん下半身からそれを放出し始めれば止まらなかっただろう?」


「あ、あんたの知ったことじゃないだろ!! 寝所の中でのことを知りもしないで」


「それが、ある程度知っておるのだ」





更にニヤニヤしながらラインハルトが昔話をしてやろう、と話しはじめた。



 まだ、義清が迷宮からでてそれほどの年月を重ねてないときの話である。

義清は他人行儀にラインハルト聞いたことがある。

最近下半身の勢いが激しいがワシは何かおかしいのだろうか、と。


ラインハルトは大声で笑いながら発情期も知らないのかと言った。


 ボア族のような人間以外のモンスターは年に何回か発情期を迎える。

状況によって対処は様々で一人で処理するもの子供をつくるものもいる。


 ラインハルトは町中で同族もいない状況なら一人でするか娼館が一番てっとり早い、と

義清に教えてやった。

すると義清は全財産のかなりの額を持って、それなりに格が高い、いい娼館へと行った。




「それで、ど、どうなったのさ?」




ゼノビアが全身をプルプルさせながらラインハルトに聞いた。

ニヤニヤしながらラインハルトが答えた。




「翌日には娼館から出入り禁止を言い渡されておったよ」


「な、なんでさ?」


「最初はよかったのだそうだ。ただメスをとっかえひっかえしていく内にオーナーが怪しみだしたそうだ」


「い、いったい何人とヤッたのさ」


「6人目までは覚えていたそうだ。その時にオーナーがきたからな。

 そこで更に金を渡すとそいつは上機嫌になって、店のメスはみんな準備ができてると言っちまったんだ」


「ま、まさか‥‥‥」


「そうさ!! 義清様はそれを本気にして本当に店のメス全てとヤッちまったのさ。

 店のメスは次々と気絶しちまって足腰立たなくなって、

 おかげで店は2日ほど営業できなくなっちまったってわけさ」


「あ、アタシはそれを全て一人で受け止めたわけか‥‥」


「そういう事が2度3度あって考えてみれば、その直前に腹に何かを吸収しているとわかって、

 原因がソレだとわかったのだ」


「ひ、一言教えてくれたっていいじゃないか!!」


「言えばおもしろくないではないか」




ゼノビアは拳をラインハルトに見舞おうとしたが

壁から手を話すとヘロヘロと崩れおちた。




「ガハハハハハ、教えてくれ大将!! 最後まで意識はあったのか? あの巨大火球だ、意識を失っても恥ではないぞ」


「ば、バカにするなよ。アタシは最後まで意識があってベッドに入ったさ」





ラインハルトが何度目になるのかわからない大声で笑った。

すると、その声を聞いた義清が通路の角から顔を出してゼノビアの後ろから近づいてきて言った。




「なにをそんなに笑っておるのだ? ラインハルト」


「お、お噂をすれば義清様。こいつのこんな格好はめったに見れない貴重な姿ですからな」




 そう言われて義清はあらためてゼノビアを見た。

普段は高いゼノビアの身長が低く見えるのは腰を引いて内股になっているせいだ。

艶のある毛皮は昨晩のせいか、ところどころ寝癖のように乱れている。

大きなオッパイはビキニアーマーなせいもあっていっそう存在を主張している。

尻尾はプリンとした大きな尻の間に入ろうとするように垂れて曲がっている


 尻尾まで目をやって義清は咳払いすると

着ている大きなガウンを脱いでゼノビアに着せた。

尻尾まですっぽりとガウンがゼノビアを覆う。




「あ、ありがとうございます。」




ゼノビアは頬を赤らめながら言った。

義清が複雑な顔をしながら答えた。




「その、なんだ、ゼノビアよ、次からは寝所から出る時は鎧ではなく服をきるといい。

 そうすれば、その、ワシのとお前のが垂れてきて絨毯にシミをつくることもなかろう」





 言われてゼノビアとラインハルトが足元に視線を移すと

そこには半ば感覚を失ったゼノビアの下半身から、漏れた昨晩の残りが

絨毯に落ちてちょっとしたシミの塊をつくりつつあった。




「ガハハハハハハ。こいつはいい。ひょっとしたらお腹の子種もこの勢いで芽吹くかもな」




腹を抱えて笑うラインハルトにゼノビアが渾身の力を込めて殴りかかった。

しかし、その拳はラインハルトの鼻先にチョコンと触れるだけで終わり、

全身の力が抜けたゼノビアはフラフラとその場に崩れ落ちた。




「ガハハハハハハ、お、お前のそんな姿はみんなに見せられんだろうと思って、

 お、俺は ハハハ、こうして駆けつけてやったのだ。ハハハ」


「ど、どうせアタシのこの姿みたさに来たのが本音だろう」


「は、半分はそうでも、ハハハハ、みんなに見せずに休めるようにしてやろうとしたのも、また事実だ。ハハハハハハハハ」




義清はクーっと悔しがるゼノビアを両手で起こしてやった。

ゼノビアの為にもなにか違う話題を探してやろうと、周りを見てラインハルトの足元の掃除道具が目に入った。




「なんだそれはラインハルト」





言われてラインハルトは足元の掃除道具みて大げさに驚き、

掃除道具を顔の高さまで上げてニヤニヤしながら言った。




「これは寝所を掃除するためのゼノビアが使う掃除道具ですぞ。きっと寝所は、

 お互いの体液や倒れた机に割れた花瓶にそれから出た水と、凄まじい状態でしょうからな

 これくらいは必要かと思い、友を思って持ってきました。こういうことはメスは一人でしたがるものですからな」


「な、なにが友を思ってだい。そんな殊勝な心を持ったヤツがこんなに笑うかい。複数人で寝所の後片付けするのも使用人じゃないあるまいし、ふつうは恥ずかしくて一人でやるよ」




なおも笑うラインハルトにゼノビアがせめてこれくらいはと、反撃した。




「だいたい、なんだいその布の量は。そんなにいらないよ。ベットのシーツはかえればいいし、

 寝所の床と小さな浴室だけ掃除すれば事足りるよ」


「窓の外もだ」




義清の言葉に目を丸くしながらゼノビアが恐る恐る義清の方を振り返った。

咳払いをして頭をかきながら複雑な表情で義清が言った。




「おまえは最後の窓の外が一番乱れた」




ラインハルトが腹を抱えて笑いながら言った。




「ガハハハハハハ、お、おかしいと思ったのだ。アレ程の大火球を飲み込んで

 その程度で済むわけがないと思っていたらやっぱり、ハハハハハ、途中で意識がなくなっていたのだ」


「う、嘘ですよね?最後は浴室から出てベットで‥‥‥」





すがるような目で見上げながら義清の体にもたれかかるゼノビアに

義清はどうしたものかと鼻をかいたが仕方ないと覚悟をきめて言った。




「ワシは気にならんがが、お前が気になるのなら窓の外の屋根も吹いておけ。

 窓の外で次に屋根の上、それから最後にベットと浴室を一巡してから、最後にまたベットだ」


「ガーハッハッハッ、ほ、ほとんど覚えておらんではないか。ハハハハハハ」




ラインハルトは堪えきれなくなり、腹をよじって通路に倒れて笑った。

ゼノビアは頭から湯気をだして赤くなりながらヘタリ込んでいる。




(今日もいい天気だ)




義清はしばらく動けそうにないゼノビアと腹を抱えて笑うラインハルトを横目に、

窓から外を見ながら思った。


空はところどころに雲はあるがどこまでも青く、心地よい風が時折ふいている。

城内は休みを楽しむ兵士が思い思いに過ごしている。

ボードゲームをするもの、それを囲んで指示やヤジを飛ばすもの。

離れたテントで昼寝を楽しむもの。訓練をするもの、それを見るもの、教えるもの。




そんな中を風にのって、ラインハルトの笑い声がいつまでも響いた。

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