3つ目

お前は口角が上がりきらない微笑みをしながら、突然こんなことを言い出した。


「俺さ、小ちゃい頃から、誰にも見られてないなって、感じるんだ」


「そうか?」


俺は思わず聞き返したんだ。


「そうさ。寝込みがちな母の代わりに、サラダ作って、掃除して、ゴミ出して……でもこれは、誰も見ていない。母も見ていない。」


「お母さんは何も言わなかったのか?」


「ああ」


「でも割とお前学級委員とかやってたりしたよな?」


「誰も立候補しないんだぜ?寝始めるやつもいるしさ。それなら俺が立候補して終わらせた方が早い」


「人の代わりに役目を果たしてんだろ?それが人の役に立つってことじゃないのか?」


「学級委員なんだからそれが当然だろ」


お前は昔から自分を低く見ていたよな。自分をただの人の形した埃としか思っていなかったよな。そんなんだから、高山に告れず、南には、ぶったたかれたんだぜ。全く。


だから俺は言ってやったんだ


お前はすごいやつだよって。


それでもお前は否定したよな。


「そうだったらどんなに嬉しいか」


「いいや本当だ。赤ん坊の時から隣で見てきた俺が保証する」


「言葉だけでも嬉しいよ」


「言葉だけじゃない。心の底からの本心だ。他人の為に底まで自己犠牲出来るの、尊敬する。」


「でも誰も見てくれないんだよ!」


「見てる!俺を筆頭にたくさんのやつらが!」


あの時のお前のツラはちょっと思い出したくないな。とても辛そうな顔してんだもん。


「高山だって、先生だって、あのクソ田西だって、お前に感謝をしていた。俺は知ってるんだ」


お前は眉毛を八の字にしておし黙ってた。タレ目がスーパータレ目になってた。


「誰にも見られてないってぇのは、お前の思いすぎなんだ。みんなお前を見ている。ありがとうって言ってるよ」


「そんなの、言われたことない」


「頑張りすぎなんだよ。話しかけるチャンスもない。新幹線の乗客とジャンケン出来るか?速すぎるよな」


はは、これめっちゃいい例えじゃね?


こういった途端お前は、みるみる泣きそうな顔になっていって。


「本当に……?みんなが……?」


「PTAの時、お前のお母さんも言ってたよ。うちの子は思いやりが世界一ある自慢の子だって」


「そんなこと一度も言われたことない!」


「だから運休しろよ。だけどどう接すればいいかわからない、とも言ってたぞ」


思い当たる節があるかのように、ムズムズした顔になったのを覚えてる。


「お前は、すごい優しいやつだ。少し止まって、自分自身をお前自身が見てやれ。そしたら、誰に見られてどう思われてるかもわかるはずだ」


客観的に見てみろ。お前はお前が思ってるより、低いやつじゃない。


俺がそう言ってやってから、お前は笑顔が変わったよな。ただ隣の家に生まれて育っただけの俺が、とやかく言って、ほんと何様だよとか思ってたかな?


高校でも、お前が学級委員やったかどうかは知らなかったけどさ。社会に出ても、中学までのように、自分を犠牲にしたかどうか知らなかったけどさ。


お前のその笑顔みると、安心したよ。じゃあな。




私と中学のクラスメイトだったと名乗る滝沢という男は、こんな弔辞を読んだ。


しかし出席番号順にした場合私の次は田口、田所、田口のはずだ。誰なんだこの渋おじは。まあどうでもいい。


死人に口なし。ただ、お前が悩んでいたことは知っていた。卒業してもそれが気がかりだった。


でも、その明るい遺影を見たら安心した。

ここにいる八十人は、みんな、お前の優しさを見て、感謝していたんだよ。


後十年くらいしたら、そっちに行くから、その時はちゃんと告ってね。誠意を持って「はい」って言うから。

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