2つ目
(些細なことで母と喧嘩し、プチ家出してしまった晴臣は、もう日が沈んできたので家に帰ることにした)
帰ったら母さんに、何から言えばいいのだろう。分からない。きっと父さんは、俺を引っぱたく。兄貴は……ワールドカップでも見てんのかな。
考えれば考えるほど、スニーカーに重りがつく。家路が遠く感じる。それでも、あるきつづける。
ふと、揚げ物の匂いが鼻の奥をくすぐった。これはたしか、金井さんの店のコロッケだ。油の香りが頭の裏から、色んな記憶を引っ張り出してきた。小さい頃、プールの習い事の帰りによく買ってもらったこと。カラスに持ってかれたこと。駄々をこねて、泣きのもう一個を買ってもらったこと。味も思い出した。特製ソースがかなりしょっぱいのだ。多分あのしょっぱいソースは、日本人しか食べられない。
なんとなく、気持ちが軽くなった。
コロッケの香りを身に纏い、思い出に浸りながら歩いてたら、いつの間にか商店街を抜け、歩きなれた河川敷に来た。
その時、早く帰るべきなのだけれど、沈むオレンジに目を奪われてしまった。体の右側から来る冷たい風が、パーカーのフードを揺らす。そして、気づく。
母さんは、太陽だ。
生まれた時から、ずっと。
太陽と共に起き、太陽と共に家事をし、太陽と共に寝る。月が出たら母さんの延長戦だ。
きっと、兄が生まれた時から18年間そうだったのだろう。思えば、俺がストレスからクダを巻いてる時も、せっせと一家の皿を洗っていた。あ、そういえば親父も皿を拭いていた。
地球は太陽のめぐみのおかげで、太陽系で唯一の、生命がいる惑星になった(だったかな?)。俺も、母さんのめぐみのおかげで、真っ当に生きてこられた。
もしも俺が太陽に勝負をしかけても、母さんと口喧嘩しても、絶対に敵わないだろう。それほど、存在が大きいのだ。
お寺の鐘が鳴った。気づけばスニーカーは軽くなっていた。俺は、ハッハッと呼吸を整えた後、我が家で待つ太陽に謝るため、全力で駆け出した。台詞はもう、決まっている!
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