国語のテストに載ってそうな話
田中あやと
第1話
(金田は幼なじみの春川に思いを告げられずにいた。しかし、この気持ちをくすぶり続けたくはなかった金田は、一念発起し、デートに出かけた。)
既に二本刺さっている。彼女のスコアを追い抜くためには、20のトリプルリングを射貫かねばならない。汗が顎を伝ったのがわかる。氷が食べたい。
誘ったからには、高いスコアを安定してたたき出せるよう、練習してきたはずだったが、彼女が予想外に上手すぎた。思い返せば、いつもそうだった。テニスも、バドミントンも、エトセトラも。だからせめて、このダーツだけでも、彼女に勝ってみせたい。
「ねぇ、早くしなよ」
彼女がニヤニヤしながらグラスを揺らしている。明るい緑が氷を飲み込む。人の気も知らないで。
「……なんでお前はなんでも軽々出来ちまうんだよ」
「うーん……なんでだろうね?」
ふふっ、とイタズラげに笑いながら話す彼女は不覚にも可愛い。
「金田ってさ、そーとー私の事好きでしょ」
突然の質問にドキッとした。心臓が床からバスケのゴールにさわれるほど飛び上がった気がする。
今さら誤魔化しても意味が無い。告げることにした。
「……あぁ、そうだよ。お前が……好きだよ」
こういうことは、自発的に言いたかった。どうしてもペースを握られる。ダメだな、俺。
「ふふん、知ってた。じゃなきゃ、金田が私を誘うことなんて、ないもん」
「どんだけ奥手って思われてんだ?」
……でも、もう奥手じゃない。俺は、春川が好きだ。マンガやドラマ、テレビCMとかでよく聞く、あのセリフを言ってみる。
「この、1本が、春川のスコアを追い抜かしたら、付き合ってください」
俺はこれを、フィクションの中だけで通じる文句、そう思っていた。自分で言ったものの、正直、吹き出しそうだった。
彼女はもちろん……意外、キョトンとしていた。
しかし、それは一瞬で、瞬く間に彼女は破顔した。
「金田もそんなこと言えるようになったんだねぇ」
「うっせ……」
「いいよ。ついでにオープンしたばっかの駅前のアイスも奢ってあげる。美味しいんだよ?」
時は来た。
さぁ、男を見せろ金田!ここでやらねばいつやるんだ!全神経を指先に集めろ!
俺の中の何かが叫ぶ。全身が沸騰する。また汗が顎を伝った。氷は後でいい。
気づけば、周りの喧騒はどこかに消え去っていた。冷房の音も、隣でビリヤードをする声も。そして、平家物語の那須与一が思い浮かんだ。恋の真っ只中だから(?)、弓矢つながりでキューピットも浮かんだ。
弓使いの先輩方よ。どうか俺に力をください。
祈りを終えた俺は、ダーツボードの、真ん中の少し上を狙い、ひょうふつと投げた。
刹那、彼女は語った。
「私が何事も金田より上手なのはね。金田に見ていて欲しかったからなんだよ」
あの時、トリプルリングに刺さったかどうか、覚えていない。そもそも刺さったかどうかも曖昧だ。でも、開店20周年記念アイスを、美味しそうに食べる春川が隣にいるから、きっと。
頬にアイスをつけたまま、彼女はにっこり笑った。
「変わらない味だね」
俺の、勝利だったんだ。
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