第3話

 私は臨床心理士として働いている。悩める人々の心を癒す一助となることが、現在の私の使命である。


 今日もまた、苦しみを抱えた子羊が私の前に現れた。


 私の目の前に座ったのは、一人の老いた男性である。ひどくくたびれた様相をしている。



「今日はどうされましたか?」

私は凪のような声を発する。



「ここんとこ、なんもたのしくねくてよ。ずっとあだまさいだぐて、おれ、いぎでてもえっことねんでねかって思ってよ。」

「そうですか。」

(あなたは日本語を話しているのか?)



「あんこさんもしんぺえしてくれっけどな、おれがもうだめでよ。」

「お辛いことでしょう。」

(餡?何の話なのだ。)



「のみにくべっていわれてもよ、いくきしねえべしゃ。そったらことばっかいってっておこられっけど。だどもな、からだがうごかねえべ。」

「どうしてそんなふうになってしまったのでしょう?」

(ノミ?だが、あなたは痒そうではない。)



 彼の説明は滔々と流れ、私は幾度も真剣に頷きながらその一部始終を聞き流した。



「やっぱり、おれのことばさわがってもらえねのがもんだいかな。」

「大丈夫です、あなたの心はちゃんと私には伝わっていますよ。」

(生憎だが、あなたの悩みの正体は分からなかった。)



「せんせえにいっぺえしゃべってよ、ちっとすっきりしたべしゃ。せばな。」

「いつでもおいでなさい。」

(次は筆談にしよう。)



手を振る男に、私は微笑を返した。

今日もまた、いい仕事ができたようだ。

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