結論

「そう、ルサールカが女性のみで構成されるとするならば、それは正しく、数多の文化に於いて豊穣の神の座に女神を据えるのと同じ。女性の持つ産み出す力にあやかった物だと見てまず間違いはない。

 同時に、ルサールカ達は未だ母ではない、未婚の娘として生を終えたものだ。原始的なシステムに於いて、このような娘は本来、結婚を経て次代の産出と養育を、即ち母となる事を期待される。

 或いは役割ロールとして課せられる。逆説的に言えば、それだけのエネルギーを秘めたものとして考えられている。これは、男性の側に対しても同様だが、実際に子が宿り、それを産むのが女性である以上、こと、実りと女性は結びつく」

「成程、見えてきたわよ。それだけの力があるのにそれを消費せずに終わったから、なのね? 元来の意味での処女信仰という事かしら」

「うむ、斯拉烏スラヴでは牛達が伝染病に罹った場合、その伝染病を齎す家畜の死神が他の牛に乗り移らぬよう、鋤を用いて円形の溝を掘るという。

 この溝を掘る際は村の女達が付き添った上で、未婚の娘が鋤を引くという儀式がある。これは家畜の死に対して、女達の生の力で対抗していると考えられるが、肝心要の鋤は未婚の――社会上の処女である――娘に託されている。

 これにより、生の力をより強く行使できるのは未婚の――社会上の処女である――娘であるという意識が、この文化圏にあったと考えられる。この溢れんばかりの力が、本来果たすべき役割ロール――この場合は子を産む事だが――の為の力が、使われる事なく、器が朽ちたなら、てもおかしくはない。故に、こう考えられる――残置された死者ザロジュヌィエ・ポコイニキ、及びルサールカとは、、と」


再びライ麦畑に目を向けた彼女は、そう、と呟いた。


「そう。そうなのね」

「その上で、だ。セミークに於けるルサールカに纏わる各種儀礼は、若くして死んだ娘の持っていた行き場を失った役割ロールを果たす力を以て、大地に豊穣を齎す事により、死んだ娘の役割ロールを完遂させ、暴走する力を鎮める儀式であると考えられるのではないか、という結論に至るのだよ」

「嗚呼、嗚呼、成程。そう、だから、彼女は――」


実りを予感させる花穂を天に掲げる緑のライ麦が風にそよぐ。

ざあ、と吹いた風が、土というには滑る湿った匂いを彼と彼女の鼻先に運び、髪にその身を絡めて過ぎる。


「――こうして、笑っているのね」

「ルサールカを祖霊と考えれば、おそらく其処にあった個はうに失われているだろう。

 であれば、彼女の主観としては――個ではなく、群としての意識では――永い彷徨さまよいの果ての安息だ。その点から言えば、この乙女殺しは一つの救済だ」

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