別れの儀式、結びの儀式

ライ麦畑を見つめていた彼女はようやく彼を振り仰ぐ。


「もう半分について、私はこれを婚姻――より正確に言えば、処女性の喪失を指すのではないか、と考えている。露西亜ロシアではかつて、葬儀の際には泣き女を呼び、大きく泣き歌を歌う事が弔いの中の儀礼としてあった。同時に、婚礼の際にも、花嫁が大きく泣き歌を歌う風習があった。

 これは日本の一部地域で、葬式の際に故人の茶碗を割る事で死者が帰って来ぬようにしたのと同じく、嫁入り時に嫁入りをする娘の茶碗を割る風習があったのと同様だろう。婚礼を葬儀と同じく、別れの節目と見なした上での風習という事だ。

 また、セミークのルサールカを送る儀式については、とある地域では、ルサールカの依代となる人形を畑に運んだ後に、人形を守る未婚者と人形を奪う既婚者の二手に分かれ、踊りを用いて応戦する。これは必ず未婚者が勝ち、哀歌の響く中、人形は解体され、畑に撒かれると言う。

 守る未婚者の手に残り、破壊される、というのであれば、ルサールカは未婚者に属していたが、そうではなくなった――或いはそうでなくする――為に、そのカテゴリから強制的に離脱させられた、と考えるのが自然だ。通常の離脱であれば、既婚者の手に渡るこそ道理だろうが、破壊という手段が用いられる以上、『未婚のまま死んだ』、未婚者のカテゴリに囚われたままのルサールカの強制離脱と考えるべきだ。これらから思うに、セミークのルサールカにまつわる儀式は、全てルサールカの葬儀であると同時に、婚礼である、と私は考える」

「じゃあ、その婚礼の相手は誰なのかしら」


彼女の問いに、彼は不思議そうに眉を上げて口を開いた。


「相手? 相手はおらんよ。まあ、これをある種の聖婚ヒエロス・ガモスととれば、もし相手がいるとしても、うに人に忘れ去られた神ではないかな」

「相手がいないのに婚礼? ああ、正確には、って言っていたわね」

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