ふるうこと

彼は一つ咳払いをすると、気を取り直して口を開く。


「落ち着いたかね? 話を元に戻すぞ。ルサールカの説明をしたが、このルサールカとなり得る『溺死した若い娘』、『洗礼前の子供』とは、前置きの残置された死者ザロジュヌィエ・ポコイニキの範疇と重なる。

 実際、前置きで出したベレグィニャはこのルサールカと同一とも言われたりする。そして、その伝承に於いて最も興味深いのは、セミークの時期、ルサールカは湖や川から陸に上がり、野や森を歩き回るということだ。特に、木に登り、その枝を揺らすという」

「木に? それは宿ると言うのでなくて?」

「おそらく、実質としてそうだろう。セミークの時期にそういった野や森に行く事はルサールカと出遭ってしまうがために忌むべきとされるが、実際は娘達によって白樺の木を使った儀式や花輪作りが行われる。

 白樺を編む場合、娘達は森でルサールカがより枝を揺らしやすいよう、白樺を編み、その周りで歌い踊る」

「つまり、ルサールカが枝を揺らした方がいいのね?」

「まあ、そうなるな。このルサールカには森で鞦韆ぶらんこを漕いで人を誘惑する、という話がある。露西亜ロシアを中心に斯拉烏スラヴ文化圏の中には、祭りで鞦韆ぶらんこという娯楽を用いる場合がある。枝を揺らしやすいよう、というのはどうもこの鞦韆ぶらんこを指しているらしい。

 鞦韆ぶらんこを呪的に使う祭りは、かつてギリシャに――信仰対象である女神的人物の首吊りの再現として――あったと言うが、お前ならわかるだろう?」

「揺らすという行為についてでしょう? 袖振そでふり比礼振ひれふり、全ては魂振たまふり

 揺らす事によって、震わせる事によって、霊力をふるわす。

 布留部、由良由良止振るへ、ゆらゆらと。それと同じという事ね?」

「そうだ。そして、この場合、この魂振たまふりは、これより実りを育む地に向けられたものになる。

 実際、ルサールカには『畑を守る』や『ルサールカが踊った土地では豊作になる』など、豊穣神とまではいかないまでも、穀物霊としての性質が見える伝承が存在し、そしてそれに関連したと思われるセミーク時に行われる儀式が――地域での差異はあれど――存在する」


ぴたりと、彼は足を止めた。彼女もそれに倣い、足を止める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る