異界の乙女

「それでは八方塞がりになるのではなくて? 大地を立てれば死者が立たず、死者を立てれば大地が立たないわ」

「其処で講じられた策がセミークの追善供養だ。大地が最早後戻り出来ないほどの温暖に到る時期まで死者は残置され、もはや寒さの心配の要らぬ、実りを迎えるより前の時期に、この残置された死者ザロジュヌィエ・ポコイニキを葬る。これにより整合性を保っていたというわけだ」


あらあら、と彼女は声を上げる。


「なかなかさかしい手ね。まあ、害を受ける対象が実りであればその時期を外すようにすれば良いし、逆に夏になれば寒くなる心配はないという事よね」

「実際には残置という葬られ方は基督キリスト教の波及により途絶えたそうだが、概念としては残っているわけだ。そして、そういった霊を供養するという意識も、概念と共に伝えられてきた。まあ、その過程で、英吉利イギリスの妖精の様に、洗礼を受けずに亡くなった子供も含むようになりはしたが……と此処までが前提だ」

「随分長い前置きね」

「お前が私と一緒に話を聞いていてくれれば、これは必要なかったと思うのだがね」


彼が多少おどけを乗せれば、彼女は柳の眉の片側を跳ね上げ、傾城の様に嫣然と微笑む。


「あら、私はね、貴方の口から語られるのを聞くのが好きなのよ」

「ならば、そう文句を言わずに聞き給えよ。

 前置きの通り、セミークは残置された死者ザロジュヌィエ・ポコイニキの供養の時期である。と同時に、だ。ルサールカの現れる時期でもある。これはわば、水妖と呼べるような存在で、通常は水に住む髪を下ろした美しい娘の姿をしていると言われる。時に人を誘惑して溺死させたり、擽る者スコロトゥーハという別名が出来るぐらいには、死ぬ程にくすぐるとも言うな。そして、洗礼前の子供や婚前の若い娘が死んだ場合、このルサールカになると言われる。

 故に悲劇と結び付けられやすく、仏蘭西フランスで生まれたバレエ作品、『ジゼル』のウィリはこのルサールカと――本当にそうかと言われると、簡単に首肯は出来んが――同一の存在と見られる事もあるし、斯拉烏スラヴ文化圏の捷克チェコ出身であるドボルザークは『ルサルカ』というオペラ作品を遺している。この『ルサルカ』はアンデルセンの『人魚姫デン・リレ・ハウフー』との類似を指摘される場合もあるが、欧羅巴ヨーロッパでは仏蘭西フランスのメリュジーヌ伝説をはじめ、人ならざる――特に水の――乙女と人間の男の婚姻は、得てして悲劇になると相場が決まっている」

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