第3話 暴走するゾンビちゃんと魔女コスお姉さん

「私はソニア。あなたは?」

「ええ……っと?」


 名前を聞かれたところで、ゾンビちゃんは更に困ってしまう事になりました。何故なら、棺桶の中で目覚めた時、ゾンビちゃんは何もかも忘れてしまっていたからです。

 覚えていない以上、ここは適当に話を合わせて適当に名前を答えてもいいはずなのですが、ゾンビちゃんは必死で自分の名前を思い出そうとしました。


 どれだけ思い出そうと必死に頑張っても、どうしても何も思い出せません。返事をちゃんと返せない事が悲しくなったゾンビちゃんは、思わず女の子の前から逃げ出してしまっていました。


「私は誰なのーっ!」


 走りながらゾンビちゃんは叫びます。自分が何者なのか分からない。それはまだ小さなゾンビちゃんにとって、とても怖い事だったのです。無我夢中で走っていたところで、ゾンビちゃんは急激にお腹が空いてくるのを感じました。

 そう言えば、目覚めてからまだ何ひとつ食べていなかったのです。お腹が空くもの当然の話でした。


 この賑やかな夜の催し物の中には、食べ物の屋台がいくつも出ています。普通だったらそこで何かを買って食べれば、小さな子の胃袋を満たすのは簡単な事でしょう。

 けれど、ゾンビちゃんはお金を持っていないのです。美味しそうな食べ物を手に入れる事も出来ず、ゾンビちゃんの空腹感は膨らむ一方でした。


 あんまりお腹が空いてしまったゾンビちゃん、ついに自分の中の何かが壊れてしまいます。どんな手を使っても何とかして何かを食べようと、その気持ちだけが暴走してしまいました。


「うがあああ~っ!」


 ゾンビちゃんは理性も何もかもなくし、周りのコスプレをして楽しんでいる人達に向かっていきなり襲いかかろうとしてしまいます。その異常事態に気付いた人々は、小さな女の子が急におかしな行動を取り始めたと言う事でパニックになり、どんどん逃げ出し始めました。

 焦って走り出したせいで、あちこちで転ぶ人まで出る始末です。


 この時のゾンビちゃんは、まさに映画とかでお馴染みのさまよえる死体でした。生気を失った顔でゆっくりと距離を詰めていくその姿に悲鳴を上げる人まで現れます。

 映画の話のように、かまられたらゾンビになってしまうんじゃないかと思われていたようでした。


 すっかり理性をなくしてしまったゾンビちゃんは、街の人々からどう思われてしまったのかなんて全く意に介しません。どうにかこの病的な飢えを満たそうと、目に映る物全てに向かって大口を開けて歯をむき出しにしながら手当たりしだいに駆け出すのでした。


 パニック映画さながらの世界が展開される中、それでも悠々と歩く人がいます。正気を失っていたゾンビちゃんは、この人に思いっきりぶつかりました。そこでゾンビちゃんが改めてこの人を見上げると、ニッコリと優しく微笑みかけられます。

 その笑顔を目にした途端、ゾンビちゃんの空腹感は不思議となくなってしまうのでした。


「あら? どうしたの?」


 その人は魔女のコスプレをした髪の長いお姉さん。ゾンビちゃんとお姉さんは改めて見つめ合いました。この時、ゾンビちゃんをじっくりと見つめていたお姉さんは、何かに気付いたのか目を丸くします。

 逆に、正気を取り戻したゾンビちゃんは自分がさっきまでしていた事を自覚して怖くなってしまい、思わず逃げ出しました。


「ご、ごめんなさい~っ!」

「あ、ちょっと……」


 焦って駆け出したところで、お姉さんは咄嗟にゾンビちゃんの腕を掴みます。この行為に、怒られると早とちりしてしまったゾンビちゃんは更に頑張って逃げようとしました。そのせいでゾンビちゃんの腕は呆気なくちぎれてしまいます。ゾンビだから腕がちぎれても痛くはありません。

 そうして、何とかゾンビちゃんはお姉さんから逃げ切る事が出来たのでした。


「やっぱり……」


 ちぎれた腕をずっと離さないまま、お姉さんはつぶやきます。最初からゾンビちゃんの存在を受け入れていた事と言い、お姉さんはゾンビちゃんの事を何か知っているようでした。

 悲しげな表情を浮かべながら、お姉さんは空を見上げます。その視線の先では真っ暗な夜空が広がるばかり――。

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