第38話 王城での戦い⑧

「リリ……」


龍頭炎の竜巻ドラゴヘッド・フレイム・トルネイドッ!!」


 俺が声をあげるのよりも速く、陽ノ守が少女に向けて巨大な炎の竜巻を発生させた。

 先端が龍の頭の形をした炎はまるで本物の生き物のように渦を巻きながら少女に襲い掛かり、直撃すると大きな火柱を上げて轟々と燃え盛る。


 魔法を想像することが苦手だったはずの陽ノ守がなぜ龍頭炎の竜巻ドラゴヘッド・フレイム・トルネイドのような魔法を使えるようになっているのかは疑問だったが、なんにせよ高度な炎魔法であることは間違いない。

 そして、そんな魔法を直に受ければ普通なら火傷どころじゃすまないはずだった。


 だが、少女は普通ではなかった。

 当然のように無傷のまま、何もなかったかのようにその場に浮いている。


 決して陽ノ守の魔法が弱いわけではないはずだ。

 今の魔法は、陽ノ守が以前使った隕石メテオ太陽溶解サンメルトダウンよりもずっと威力が増している。きっと魔物相手ならほぼ一発で蒸発させてしまうような代物であることは容易に想像できた。


 きっとそんな魔法を受けて平然としている少女が異常なだけだ。

 そしてその異常性を俺は以前にも目の当たりにしたことがある。


 陽ノ守の魔法を見てどこか楽しげな笑みを浮かべながら、少女が口を開いた。


「咄嗟に攻撃を仕掛けてきたその判断は見事だと褒めてやろう。今我は間違いなく油断をしていた。よもや来てすぐに魔法が飛んでくるとは思っていなかったからな。そして我に付け入る隙があるとすればそこだけだっただろう。だからこそお前の判断力は賞賛に値する。一つ残念なことがあるとすれば、魔法が弱すぎることだ。残念ながらこの程度の力では我を滅ぼすことは適わない」


 少女の長髪とも取れる言葉には反応すらせず、陽ノ守は地面を蹴ると少女に接近し剣を構える。


豪炎の剣フルフレイムソード……!!」


 陽ノ守の剣が紅蓮の炎を纏い、赤より赤い炎を撒き散らしながら少女に襲いかかる。

 振るわれた剣は少女の首元を寸分の狂いもなく捕らえていた。そのまま横に振り切るだけで首は真っ二つに切り裂かれる。

 だが、あと数センチで首の皮に届くというところで、陽ノ守の剣はぴたりと動きを止めていた。


 見れば、少女の体に透明な赤い膜のようなものが張り巡らされている。

 切れば破けてしまいそうなほどの薄い膜のはずなのに、一ミリたりとも陽ノ守の剣の侵入を許そうとはしない。


 間違いなかった。リリアのものと全く同じ、『絶対防御』だ。


 『絶対防御』ならば龍頭炎の竜巻ドラゴヘッド・フレイム・トルネイドを受けて無傷だったのにも納得がいく。

 

 でもそれ以上にわけがわからなくなる。


 リリアと同じ顔、リリアと同じ容姿、そしてリリアと同じ魔法。

 どれだけ目を擦って見ても、目の前に居る少女は俺の良く知るリリアにしか見えない。

 でも、そうなるとあの黒い何かになってしまったリリアは一体何なんだ?

 そもそもどうしてリリアが二人いる?どちらかが本物で、どちらかが偽者だとでも言うのか?

 疑問はとめどなく溢れてくるが、答えてくれる人はいない。 


 少女が陽ノ守に向かって口を開く。


「魔法、近接戦闘、どちらも普通の人間の水準を遥かに超えている。さすがは勇者といったところか。だが、まだまだ遠いな」


 少女が首に突きつけられている剣に指を触れる。

 すると、まるで元からなかったとでもいうかのように陽ノ守の剣は忽然と姿を消してしまっていた。


「!?」


 異常を察知した陽ノ守はすぐに少女から距離を取ろうとするが、少女が動くほうが速い。

 軽い動作で陽ノ守の右腕を掴むと、掴んだ先から下――肘から手にかけて全てが消えてなくなっていた。


「あっ、が……っ!?」


 確かに見ていたはずなのに何が起きたのかわからない。陽ノ守もそれは同じようだった。幻覚を見せられたといわれたほうがまだ納得がいく。

 だが消えてなくなった腕の断面から夥しい量の血が溢れてくると、それが現実である事を嫌でも認識させられる。


 傷口を押さえ、即座に距離を取ろうとする陽ノ守を少女が追うことはなかった。

 ただうっすらと不気味な笑顔を浮かべながら、痛みに顔をゆがめる陽ノ守をじっと見つめているだけ。まるで反応を見て楽しんでいるかのようにも見えた。


 その顔を見て確信する。

 違う。やっぱりこいつはリリアなんかじゃない。リリアはこんな陰惨な笑みを浮かべたりなんかしない。


「さて」


 少女は浮いたまま玉座の間の中央に向かう。

 そして一人の男の前で立ち止まると口を開いた。


「久しいな、田中源三。いや、今はダラリス国王と呼んだほうがよかったか?」


 田中源三。その名前に聞き覚えはないはずなのに、どうしてか胸がざわつくのを感じた。

 

「なぜお前がここにいる……?魔王……!」


「魔、王……?」


 耳を疑う。だが間違いなく王はそう口にした。

 まさかという思いと、やっぱりという思いが同時に浮かび上がってくる。


「聞くまでもなかろう。今まさにお前を半死半生に追いやった我が半身を引き取りに来たのだ。このまま放置しておけば、明日にでも人間という種族がこの世界からいなくなっているやもしれんからな。それにしても……」


 少女がぐるりと周りを見やる。


「お前にしてもそうだが、誰一人として死んでおらんのはなぜだ?半身とは言え魔王は魔王。こんな状態で手加減などできようはずもないだろうに。そもそもなぜ我が半身がここにいる?森に封じておいたはずだが、まさか……」


 そこで初めて気付いたとでも言うかのように、少女――魔王が、動けないでいる俺を見た。そしてぱちぱちと目を瞬かせる。

 すると途端に口元を歪めたかと思えば、愉快そうに笑い声を上げはじめた。


「くく……あっはっはっはっはっ!そうかそうか、そういうことか!」


「……何がおかしい?」


「おかしいに決まっている。姿形が変わっているから気付かなかったぞ。懐かしいな、佐藤清之介」


「なんで、俺の名前を……」


「当然だ。初めて我を――この、魔王リリア・キル・デスヘルガルムを倒した者の名を忘れるわけがなかろう」


「俺が……倒した?魔王を……?」


 魔王が何を言っているのか全く理解できない。

 俺と同姓同名の佐藤清之介という別人の話をされていると言われたほうがまだ理解できただろう。


「覚えていないのも無理はないか。何せお前は一度殺されているのだからな。ここにいる、田中源三の手によって」


 その瞬間、何かの映像が走馬灯のように頭の中に浮かんだ。

 無意識に胸の辺りに視線をやる。どこにも傷は見当たらないが、なぜかチリチリした痛みが広がっていた。

 ずきずきと頭痛が起こり始める。

 何かを思い出そうとしているのを、脳が必死に押さえ込もうとしているかのように。


「なんにしても、お前が我が半身の封印を解き、そして共にいたというのであれば誰一人殺していないことにも納得がいく。そして、こうなった原因の大方の予想もついた。だからこそ一つ、面白いことを思いついたぞ」


 そう言うと、魔王はおもむろに立っているだけの無防備なリリアへと攻撃を加えようとする。


 気が付けば、体が勝手に動いていた。


「まったく、お前の行動は読みやすいな」


「!?」


 俺の目の前に、自在に動く魔王の黒い羽が迫っていた。

 危ないと思ったときには既に避けられない距離まで迫ってきている。槍の様な鋭さを持って向かってくるそれに当たればまず間違いなく即死だ。


 でも、黒い羽が当たることはなかった。

 薄い赤色の膜が、俺を守ったからだ。


「絶対、防御……!?」


 この状況で俺を守ろうとするのはたった一人しかいない。

 攻撃が防がれているにもかかわらず魔王はそんな様子を見て殊更口を歪めて笑みを浮かべていた。


「我が力ながら、相手にするとこれほど厄介な力はないな。だが、どれほど強力な力であろうと必ず弱点は存在する。そして、それが自身のものであるならば当然弱点も心得ている」


 黒い羽で俺を攻撃しながら、魔王はリリアに手の平を向けた。


 絶対防御で俺を守っている間、リリアは完全に無防備になる。今攻撃されればリリアは避けることができない。


 魔王が手を振りかぶる。狙いはリリアの左胸……心臓のある部分。


「待てよ……?おい、何する気だ……?やめろ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 グジュ……!!

 俺の叫び声は、肉が潰れるような小さな音だけでかき消された。


 魔王の手はリリアの左胸を貫いていた。そこから滝のように血が溢れ出しているのが見える。


 貫いた手を、魔王は躊躇いなく引き抜く。 

 その手には今だにドクンドクンと脈動を続ける真っ赤な心臓が握られていた。

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