第36話 王城での戦いー34
月明かりが照らす夜道を、僕は人目につかないよう足音を忍ばせながら走る。
吹き抜けていく夜風が火照った頬をやさしく撫ぜ、火照った思考を緩やかに冷ましてくれた。焦る気持ちに、風がまるで落ち着いてと語りかけてくれるようで、僕はそんな優しい風達にそっと大丈夫だと答えを返す。正義を執行しようとしている僕を、風の精霊達も応援してくれているみたいだ。俄然やる気が湧いてくる。
目的地は王城――その中心部に位置している玉座の間。そこにいるであろう悪逆の徒を、正義の鉄槌で懲らしめなければならない。
悪逆の名は
だが、彼は魔王の絶大な力に屈した。そして甘言に惑わされ、今は魔王の手先となってこの国を乗っ取ろうとしている。
他の勇者達が忽然と姿を消してしまった今、残されている勇者は僕しかいない。田中源三の反逆を止められるのはこの僕一人だけなのだ。
警備の目を掻い潜り、王城への侵入を果たす。
暗殺者装備のおかげか、城内においても陰に潜めば誰にも見つかることは無かった。
勘を頼りに進んでいくと、やたらと立派な門扉のある部屋にたどり着く。すぐさまここが玉座の間だと確信した僕は、躊躇いなく部屋の中に突入した。
「そこまでだ!田中源三!」
田中源三は王の椅子に座っていた。まるで自らがこの国の王であるといわんばかりに。
「なんだお前は」
「僕は勇者だ!魔王に屈した悪逆の徒、田中源三!お前を打ち倒しにきた!」
「……どうやって城の警備を掻い潜ってきたのかは知らないが、ここはお前のような子供が来るような場所ではない。殺しても構わん、さっさとそいつを摘み出せ」
田中源三が命じると、側に控えていた兵士達が僕を捕まえようと襲い掛かってくる。でも当然ただの兵士なんかに捕まる僕じゃない。のらりくらりと思った方向に適当にかわすだけで面白いように兵士は僕を捕まえることが出来なくなる。
僕の特殊能力――『
「君達じゃ相手にならないよ。早く田中源三と戦わせてくれないか」
「馬鹿にしやがって……!」
僕の挑発に激昂した兵士の一人が剣を抜く。もちろん模造刀なんかじゃない真剣だ。大人の力で振るわれたそれに当たれば防御力に乏しい僕はひとたまりも無いだろうが、そもそも当たらなければどうということはない。
襲い掛かってきた兵士の攻撃を右に避けて、不安定になった足に軽くキックを入れる。それだけで兵士は地面に倒れ伏し、顔に軽く蹴るだけで脳震盪を起こして動けなくなった。
「さぁ、次は誰が相手?やられるのが怖くないならかかっておいでよ」
僕みたいな子供が大人の兵士一人をいとも簡単に倒してしまったことに、さしもの兵士達も警戒心を露にしたようだった。
「来ないならこっちからいくよ」
懐に隠していた細いナイフを適当な方向へ投げる。狙っていないので当たるかどうかはもちろん運次第。でも、僕についている
「ぐあっ……!」
遠くから聞こえてきた悲鳴に目を向ければ、僕を狙っていた魔術師が倒れるのがわかった。もちろん命までは奪っていない。無意味に人を殺すことは勇者のやることじゃないからだ。
「なぜわかった……!?隠蔽の魔法を使っていたというのに……!?」
「悪いけど僕にはそんなもの通用しないよ。さて、次は誰にしようかな?」
「もうよい。能無し共め」
兵士達が下がると、ついに田中源三がその重い腰を上げた。さすがは勇者最強といわれるだけあって迫力が普通の兵士なんかとは比べ物にならない。鋭い眼光に睨まれるだけで肌がぴりぴりする。
「ようやくお出ましか?もっと早く出てくれば怪我人を出さずに済んだのに」
田中源三は答えなかった。その代わりとでも言わんばかりに一瞬で距離をつめてくると、腰に刺していた極大剣を神速で抜刀してくる。
なんとなくそんな攻撃が来る気がしていた僕は後ろに飛んで大薙ぎの攻撃を回避したが、喰らっていれば間違いなく体が真っ二つに両断されるような威力。あのまま何もしなかったらと思うと少しヒヤッとしたが、幸運の星が僕についている限り当たる気はしない。
「……どうやら普通の子供ではないようだな。まさか、本当に勇者の生き残りなのか?」
「生き残り?生き残りってどういうことだよ」
「勇者は全員俺が殺した。もうあいつらはこの世界にはいない」
「仲間を殺したのか?魔王に倒されたんじゃなくて?」
「俺の目的を阻む可能性のある奴等は全員殺す。だから殺した。そしてお前も俺の邪魔をするというのなら今ここで殺す。子供とて容赦はしない」
そう言うと、田中源三は極大剣を構えた。
「お前は最低だ。お前みたいな奴が勇者であっていいわけがない」
「ならばお前は知っているのか?どうして俺達がこの世界に召喚されたのかを」
「魔王を倒して、この世界を平和にするためだ」
俺の答えに、田中源三は首を振った。
「違う。そう思い込まされていただけだ。本当の理由は――魔王の暇つぶしだ」
そう言って、苦虫を噛み潰すように苦悶の表情を浮かべる。
「勇者召喚の儀式は大昔に魔王が作り出したもの。それを魔王は密かに人間に伝え、これ幸いにと人間は勇者を召喚し、召喚された勇者は魔王に立ち向かう。なぜ魔王自らそんなことをしたのか?それは、自分で異世界から召喚される強い人間と戦うためだ」
「俺達はこの世界に召喚されたときから魔王の手の上で踊らされていたんだ。そんなことも知らず、何の疑いもなくこの国の人間のためにと命を懸け、傷つき、そして多くの仲間を失った。馬鹿馬鹿しいと思わないか?俺達の感じた痛みも、悲しみも、辛さも、全部魔王に仕組まれたものだったのだから」
「魔王と対峙し、全てを教えられたとき俺は全てがどうでも良くなった。勇者であるとか、人の為だとか、魔王を倒すとか、それら全てに興味を失った。それに魔王の強さは次元が違う。あれは人間が倒せる生物じゃない。俺達は勝てない戦いに命を懸けさせられてきたんだ。魔王はいつでも世界を滅ぼすことが出来る。この世界はもう終わっているんだよ。だから俺は魔王に下った。何も知らずのうのうと生きる平和ボケした人間共を、俺がこの手で支配してやると決めた」
「どうでもいいよ、そんなことは」
「……なんだと?」
「お前は仲間を殺した裏切り者。ただそれだけだ」
「今の話を聞いて何も思わないのか?俺達が命を懸けて戦ってきたことは全部無駄だったんだぞ?」
「お前のそれは魔王に勝てなかった言い訳でしかない」
「何……?」
「俺達は勇者で、正義のために力を振るう。俺達の力は、人を傷つけるためにあるんじゃない。そんな簡単なことすら忘れたお前はもう勇者なんかじゃない。ただの人殺しだ。戦うことを諦めたただの負け犬だよ」
僕がそう言った瞬間、田中源三は目にも留まらぬ速さで極大剣を振るってきた。なんとか避けるも、地面に叩きつけられた剣の衝撃で地面にヒビが入り、瓦礫が宙を舞う。
「何も知らないガキの分際でっ!!わかったような口をきくなっ!!
極大剣が雷を纏い、元々大きかった剣が二倍以上の大きさに膨らむ。あまりの大きさに付近に居た兵士すらも巻き込み、雷撃剣は部屋を一閃する。ゲームで言うならマップ兵器並みの攻撃範囲。俺の後ろに逃げられる場所は無い。となればもう受け流すしかなかった。
これを使うのは最終手段だと思っていたが、もう悠長なことは言っていられなかった。腰に刺していた剣を振り抜くと、光で作られた刀身が目も眩むような輝きを放つ。
『確率剣』。千分の一の確率で刀身を現すという運任せな剣。普通は使い物にならないが、その刀身を引き当てたときには無類の強さを発揮する。
そして、
雷撃剣に確率剣をあわせる。バギンと派手な音を出して折れたのは、雷撃剣の方だった。
「何だと!?」
驚きに目を見開く田中源三の元へと駆ける。阻止しようと何人もの兵士が剣を振りかざしてくるが、雷撃剣にすら打ち勝った確率剣を止められるわけがない。兵士の剣のことごとくを叩き折り、僕は田中源三の首に確率剣を突きつけ――――。
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