第34話 王城での戦い⑤
「さっさと歩け!」
後ろに控えていた兵士に背中を押され、項垂れたまま力の無い足取りで玉座の間に入ってくる鈴木達。その中には天乃瀬のグループに入っていた三人の姿も見受けられた。
だが、どうしてか陽ノ守の姿だけはいくら探しても見当たらなかった。
「仁美!薫!有紀!」
その姿を認めるなり天乃瀬が名前を叫ぶが、三人の誰一人として反応することは無かった。それどころか、鈴木達と同じようにじっと地面を向いたまま顔をあげようともしない。がたがたと手を震わせ、時々嗚咽すら聞こえてくる。
「みんな、どうしちゃったのよ……?」
「人を殺したのだ、ああなるのも仕方ないだろう」
「人を……殺した……?」
信じられないというように呟く天乃瀬。
「そうだ。あそこにいる者全員、我が国の大切な国民を虐殺した大罪人よ。だからこそ私の言うことに背くことはできない。このようにな」
王が言うと、手の甲の紋様が淡い光を放ち、鈴木達が突然苦しみ始める。耳を塞ぎたくなるほどの叫び声の合唱にどれだけの苦痛が与えられているのか伝わってくるようだった。
「嘘よ。だって、仁美も薫も有紀も、そんなことしてなかったし……」
それなのに、鈴木達と同じように紋様に苦しめられている。それが示す事実は一つしかなかった。
「呪縛で縛るためだけに、人を殺させたのか……?」
「異世界人は扱いやすくて助かる。殺さねば仲間を全員殺すと脅したらすぐだったぞ」
もはや王には隠す気も無いようだった。
堂々と言い放つその言葉に、天乃瀬の掠れた声が続く。
「そんな、じゃあほんとに……?鈴木君達も、みんな人を殺したっていうの?鈴木君達が捕まった理由は、人殺しだったってわけ?」
天乃瀬には鈴木達が捕まった理由は説明していなかった。今のように、間違いなくショックを受けると思ったから。
大きく見開かれた天乃瀬の瞳が俺を射抜く。俺に答えを求めているようだった。王の言いなりになっている以上、もはやそれが答えのようなもの。天乃瀬もそのことに薄々気付いているのだろう。今嘘をついたところで意味があるとは思えなかった。
「……そうだ。でもそれは王に嵌められたからで鈴木達の意志じゃない。だからこそ呪縛をかけた王を倒さなきゃいけないんだ。鈴木達の無実を晴らすためにも」
そう口にしてみるが、果たしてそれが出来るのかどうかはわからなかった。
嵌められたとは言え、鈴木達はその手で人を殺してしまっている。たとえ無実を晴らすことが出来たとしても、鈴木達の心まで晴らせるとは思えない。きっと罪人の呪縛を解除することなんかよりもずっと困難だろう。
そして、きっと王はそれをわかってやっている。俺達にとって人を殺すことがどれだけ重い罪なのかを知っていて、それを犯すよう仕向けた。
こんな卑劣なやり方をする王を許すことなんて出来ない。だからこそたとえ殺すことになろうとも呪縛は解かなければならない。そう覚悟してきたつもりだったのに。
力が抜けたようにぺたんとその場に座り込む天乃瀬。
「どうしてそんな酷いことを……?」
「犯した罪が重ければ重いほど呪縛は効力を増す。それが本人にとって許されないことであればあるほど縛られる。半魔人化させた時、絶対に逆らうことの出来ないようにするためには人を殺させるのが一番効果的だ。殺人が絶対の禁忌である世界から来た人間であればなおさらな」
おそらく俺達を召喚したときにすぐに捕まえなかったのは自発的に人を殺させることで最も強い罪の意識で縛るためだったんだろう。殺すのを強制されるよりも自分の意志で殺すほうがより罪の意識が大きくなる。だからこそあの森へ生かせて獣人に見せかけた人間を殺させた。
「もう逃げる気はないようだがついでに教えてやろう。街で隠れている他の奴等の居場所もすでに掴んでいる」
「なんで……!?」
まさか発信機なんてものがこの世界にあるとも思えない。考えたくは無いが、もしかすると天乃瀬のグループの中に王と繋がっている人間が居たのだろう。
「じゃあどうしてさっさと捕まえなかったわけ……?」
天乃瀬の問いに、王が俺を見る。
「唯一の懸念はお前だった。最弱のお前がなぜ森で半魔人達を相手に無傷で戻ってこれたのかだけがわからなかった。もし計画の脅威となるのであれば確実に排除する必要がある。一人では何も出来ないお前は必ず残りの仲間を頼る。だから泳がせ、ここに来るように仕向けた。そしてお前は私の思惑通りここに来てくれた。その懸念も、今となってはもうどうでもよいことだ」
「まさか……」
天乃瀬がはっとしたような顔をした。
その理由を聞く前に、王は鈴木達に命じた。
「捕まえろ。捕まえることができた者のみ、その苦痛を取り除いてやる。小僧は殺しても構わん。いや、違うな。小僧を殺した者は特別に呪縛を解いてやろう。苦労して連れてきたのだ、少しは楽しませてくれなければ割に合わん」
それを聞くなり、鈴木達はまるで操り人形のようにゆっくりと立ち上がると各々の装備している武器を構えてこちらに向かってくる。
「ちょっと待ってよ……?嘘でしょ……?」
「立て天乃瀬!あいつらは本気だ!逃げろ!」
「逃げるっていったって、そんな……!」
「!!」
まごついている天乃瀬の前に飛び出て身を固める。
突然ガインと鈍い音がしたかと思うと、俺の目の前に剣が振り下ろされていた。絶対防御がなければ間違いなく俺の体は真っ二つにされていただろう。
剣の持ち主はその重そうな剣を軽々と持ち上げると、大上段に構えなおして俺達を見下ろす。
「鈴木……!」
「おとなしく死んでくれよぉ佐藤よぉ……。心も体もどこもかしこも痛ぇ……痛ぇんだよぉ……。お前を殺せば痛く無くなるってんなら喜んで殺してやるからよぉ……。もう何十人も殺してんだから一人や二人増えたところで変わんねぇだろ……?」
鈴木の目は完全に死んでいた。俺を見ているようで見ていない目は焦点が合っていない。人を殺してしまったことのショックか、それとも呪縛による痛みのせいか。いずれにせよ正気だとは思えなかった。
「やはり絶対防御が邪魔だな。貴重な実験材料だがやむをえん。グラード、そいつを痛めつけろ。殺さない程度にな」
王が命じると、グラードは剣を持ってリリアの元へ向かう。
もう時間はなかった。
「逃げろ天乃瀬!お前ならこいつらが追ってきても逃げ切れるはずだ!」
グラードの攻撃をまともに喰らわなかった天乃瀬であれば、鈴木達の攻撃だって避けられるはず。それにあの足の速さがあれば追いつける者はいないだろう。天乃瀬一人なら確実に逃げられる。
呪縛の効果が人を殺すことを厭わなくなるほどに強いものだとは思っていなかった。鈴木の攻撃を見る限り手加減は一切していない。おそらく王が命じれば地の果てまでも追いかけてくるだろう。そんな状態の鈴木達を連れて逃げることなんて出来るとは思えなかった。
それにリリアが倒れた今、あれだけ強い魔法を使える王を倒せる者はいない。側にはグラードも控えている。王を倒して呪縛を解くことは俺達二人では不可能だ。
ここで総崩れになるよりは、確実に逃げられる天乃瀬一人を逃がす方が懸命だろう。王と繋がっている奴は気がかりだが、残っている召喚組と合流することも出来るかもしれない。
「あんたはどうすんのよ……?」
「リリアを残していけない」
「何言ってんの!?あいつは魔王なんでしょ!?あたしたちの敵なのよ!?放っておけばいいじゃない!!あんた一人くらいなら担いで逃げられるわ!!だから!!」
『
『
『
召喚組の魔法が雨のように襲い掛かる。
だがその全てをリリアの絶対防御が防いでくれる。どんな攻撃であろうともその壁が揺らぐことは無い。それが示すことは、たとえ瀕死の重傷を受けていてもなおリリアが俺を守ろうとしてくれていること。また俺はリリアに命を救われている。
そんなリリアを置いていくなんていう選択肢はない。俺達の敵だろうが、魔族だろうが、魔王だろうが、どんな理由があったとしても俺は絶対にリリアを置いて逃げたりはしない。
首を縦に振らない俺に、天乃瀬が怒鳴り声を上げる。
「死んだら終わりなのよ!?あんたみたいな弱っちい奴が生き残れるわけ無いじゃない!!あいつはもう助からない!!でも、ここで逃げればもしかしたら皆を助ける機会はまた巡ってくるかもしれない!!死に掛けの魔王一人の為にそのチャンスを不意にするっての!?」
天乃瀬の言いたいこともわかる。それでも頷くことはできない。
「あいつは……リリアは俺の恩人なんだ。だから、絶対に裏切ったりしない。あいつが魔王だろうが何だろうが、俺にとっては大切な人なんだ。だから逃げない」
「何よ、それ……?なんで……なんであんたなんかに……!」
独り言のように呟くと、覚悟を決めたのか天乃瀬は走り出した。
痛みから逃れることしか頭に無い召喚組による躊躇の無い攻撃が天乃瀬に浴びせかけられる。だが持ち前の素早さでそれらをことごとくかわし、難なく出口へとたどり着く。一度だけこちらを振り向くと、天乃瀬の姿は瞬く間に見えなくなった。
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