第33話 王城での戦い④

雷撃嵐サンダーストーム!!」


 王の構えた剣から発生した何本もの雷撃が見上げるほど大きな竜巻を作り、俺達に襲い掛かってくる。竜巻から迸る雷はバチバチと嫌な音を立てながら火花を散らし、無作為に部屋の内装をことごとく破壊していく。放置していれば城ごと壊してしまいそうなほどの威力を持つ魔法だった。

 天乃瀬の怯えた声が背後から聞こえてくる。


「無理無理無理!!あたし雷マジで無理なんだって!!っていうかあんなん避けられなくない!?どうすんのよぉ!?」


「うるさいヤツめ。その辺で鳴いている虫の声の方がまだ愛嬌があるぞ。キヨノスケ」


 リリアの呼ぶ声に意図を察すると、俺は天乃瀬の体を引き寄せてリリアの後ろに身を寄せた。案の定天乃瀬がじたばたと激しく抵抗してくる。


「ちょっと、どさくさに紛れてどこ触ってのあんたは!!」


「ちょ、おま、やめ、やめろ!!殴るな!!」


「痴漢で訴えるから!!裁判だって起こすから!!慰謝料用意しておきなさいよね!!」


「こんな世界にそんなものがあると思うか!?いいからじっとしててくれ!!」


 そんなアホな会話をしている間に、雷の竜巻がすぐ近くまで迫る。

 巻き込まれでもすれば俺なんかじゃ一瞬で消し炭確定だ。能力値の高い天乃瀬にしても大怪我どころじゃすまないだろう。

 そんな強大な魔法を前にしながらも、前を見据えるリリアからは臆した様子など微塵も感じられない。

 無表情のままゆっくりと右手を上げ、そして小さな声でポツリと言った。


雷撃嵐サンダーストーム


 リリアの右手から雷の竜巻が発生する。王が作り出したものと全く同じ大きさだが回転方向だけが真逆だった。右回転の竜巻と左回転の竜巻、相反する力が接触するなり鼓膜が破れそうな破裂音とともに雷の残滓だけを残して消滅した。

 天乃瀬が呟く。


「助かった、の?」


 だが安心したのも束の間、竜巻によって遮られていた視界の端から倒れていたはずのグラードが現れる。片方の腕を壊されているとは思えない傷を全く省みない機敏な動きに俺も天乃瀬も反応できず、まるで他人事のように見ていることしか出来なかった。


「キヨノスケ!」


 気付いたリリアが咄嗟に俺の前に絶対防御の壁を張る。透き通った赤い膜のようなものが眼前に展開されると、襲い掛かる剣撃をことごとく防ぐ。


「かかったな!!雷光槍ライトニング・スピア!!」


 王がそう叫ぶと、さっき見せた巨雷槍サンダー・スピアよりもずっと細い竹のような光の槍がその手から発射される。まるで光の線のようにリリアに向かって一直線に放たれたそれは、リリアの胸部へと吸い込まれるように走る。以前森で黒い剣士が見せた一転突破の光の矢に似ているかもしれない。同じように槍の先一転に力を集中させれば防御を破れると踏んだのかもしれないが、どんな攻撃でも防ぐことの出来る絶対防御には敵うはずがない。


 そのはずだった。


「……!!」


 槍の前に、リリアの絶対防御が発動することは無かった。リリアの右胸に突き刺さるとそのまま突き抜け、その体に小さな穴を開ける。時間差で開いた穴から血が迸り、床を染めた。


「リリア!!」


 側に駆け寄ろうとするもグラードが俺の行く手を阻み攻撃を繰り出してくる。絶対防御のお陰で痛くも痒くもないが、かといってグラードを押し切れるほどの膂力が俺にあるわけもない。

 リリアが前のめりに倒れ込む。明らかに致命傷だったがまだ息はある。俺を守る絶対防御が切れていないことが何よりの証拠だ。


 でもどうして絶対防御を使わなかった?それを使えばたとえ一点突破の槍であろうと防ぐことが出来たはずなのに……。

 そして気付く。違う、使わなかったんじゃない。もうすでに使っていたんだ。


 王が笑う。


「お前の絶対防御は強い。この世界に存在する魔法において最高峰のものだ。そしてそれがある限り何人たりともお前に傷一つつけることはできない。だが、強力であるが故に、一人にしか発動することは出来ないのだろう?今お前が私の攻撃を避けられなかったのが何よりの証拠だ」


 グラードが攻撃し続ける限り、リリアの絶対防御は俺を守り続ける。逆に言えばその間はリリアを守るものがなくなるということでもある。俺がグラードをどうにかすればいいだけの話なのだが、天乃瀬ですら苦戦していたグラードに俺が太刀打ちできるわけがない。防御を解いてしまえばすぐに殺されるだろう。それがわかっているからこそリリアは絶対防御を解かない。


「そしてもう一つわかったことがある。絶対防御の魔法を使用している限り、お前も別の魔法を使うことは出来ない。さしもの魔王と言えど、この世界の理を捻じ曲げることはできないようだな」


「世界の理……?」


 俺の疑問に、後ろにいた天乃瀬が答えた。


「一つの魔法を使っている間に、別の魔法を使うことは出来ないってことよ。ガイドブックに書いてあったはずだけど、あんたもしかして知らなかったわけ?」


 俺には農業用のガイドブックしか渡されていないし魔法を使うことも出来ないので知る由も無い。

 でもそうなると俺を守っている限りリリアは魔法が使えないということになってしまう。そんな中でもう一度あの光の槍を放たれたらいくらリリアだろうと無事ではすまない。傷を受けている今ならなおさらに。だが、あの森で黒い剣士に襲われたとき、リリアは絶対防御の他にも泡の魔法を使って俺を守ってくれたはずだ。自分に使うのと他人に使うのとでは勝手が違うということだろうか。


 俺の肩を天乃瀬が掴んだ。徐々に強くなっていく力に顔を歪める。


「なんだ、こんな時に……!」


「答えなさい。さっき魔王とかなんとかって聞こえたんだけどどういうこと?」


 こうなってしまえばもはや違うと否定することは出来なかった。王がリリアのことを知っていた時点で天乃瀬にばれることも予想していないわけではなかったが、余りにもタイミングが悪い。

 魔王は本来なら俺達が倒すべき敵だ。魔王を倒し、その莫大な魔力を使うことで元の世界に帰ることができる。その話が本当かどうか王に裏切られた今となってはわからないが、それ以外に俺達の道標となる情報は何も無い。それにすがるしか今は出来ないのだ。

 命を救われた俺とは違い、天乃瀬にとって魔王は倒すべき敵でしかない。こんな少しの時間だけで天乃瀬とリリアの間に築かれる信頼などあるわけもない。

 そしてそんな敵と組んでいた俺に対する信用すらもうなくなってしまっただろう。


 俺の沈黙を答えと受け取ったのか、肩を掴む力が弱まる。

 天乃瀬は静かに言った。


「……なるほどね。だったらあんだけ強いのもわかるわ。敵の親玉と組むとか、あんた何考えてるわけ?頭おかしいんじゃないの?」


 少しだけ考えて、言葉を返す。


「……でも、俺にとっては命の恩人なんだ。こんな俺を救ってくれた、たった一人の。頼む天乃瀬、力を貸してくれ。グラードを抑えることさえ出来ればリリアは魔法が使えるようになる。だから……」


「馬鹿言わないでよ。どうしてあたしが魔王のために命賭けないといけないわけ?大体、あいつさえ倒せば元の世界に帰れるってんならこのままほっといて殺されてくれた方があたしにとってはいいに決まってんでしょ」


「わかってるけど、それでも頼む。今頼れるのはお前しかいないんだ」


 力があれば。俺にも天乃瀬達のような力があれば、きっとこんな状況にはなっていない。こんなに弱い能力で転移させられたことを今ほど恨めしいと思ったことは無い。

 でも、このまま何も出来ないままじゃリリアが殺されてしまう。見ず知らずの俺を助けてくれたリリアが、俺の事情に巻き込んだがために殺されるなんてことは絶対にあっちゃいけない。そんなの認められるわけが無い。

 何より、俺の純粋な気持ちとしてリリアを死なせたくなかった。それがたとえ魔王であろうとも。


 天乃瀬は少しだけ考えていたようだったが、首を横に振った。


「協力するわけ無いでしょ。みんなを助けるために魔王を助けるなんて本末転倒よ。そんなことするくらいならみんなを助け出して王を倒す以外で呪縛を解く方法を探す。今ここで魔王が倒されればすぐにでも元の世界に帰れるかもしれないしね。こうなった以上、みんなを連れて逃げるだけよ」


 天乃瀬が立ち上がり出口に向かって駆け出そうとしたその時、王の声が天乃瀬の足を止める。


「正解だな。普通に考えればお前の考えは間違っていない。だがお前をここで逃がすわけにはいかない」


 王の問いかけに、天乃瀬が自信のある声で言い返す。


「悪いけど足の速さには自信があるのよ。力だって普通の人間の何倍も強い。たとえ何百人の兵士で囲まれようが逃げ切れるわ」


「ならば、これならどうだ?」


 王がそう言うなり、俺達が入ってきた大きな門扉がゆっくりと開いていく。

 兵士を集めていたのかとも思ったが、そこに立っていたのは兵士などではなかった。


「そ、そんな……!?」


 天乃瀬が後ずさる。逃げることなんてできるわけがなかった。

 俺達の前に立っていたのは、捕まったはずの鈴木達だった。

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