第32話 王城での戦い③

 スガアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 まるで至近距離に雷が落ちたかのような衝撃と轟音に俺は反射的に目を瞑ってしまっていた。

 だが、魔法が放たれたはずなのに一向に痛みはやってこない。もしかしたら痛みすら感じることなく安らかに殺されてしまったのかとも思ったが、体の感覚も心臓の鼓動音もまだはっきりと自覚できるのでそういうわけでもないらしい。


 おそるおそる目を開ける。砂埃が舞う中、俺の目に映ったのは眩いばかりの金髪を持つ少女が俺を守るように立っている姿だった。

 王の魔法を完全を打ち消したことを確認してからくるりと振り向くと、真紅の瞳が俺を映して宝石のように輝く。出会ってからまだ一日と経っていないはずなのに、どこかその姿に安心感を覚えている自分がいた。


「リリア……!来てくれたんだな……!」


 その圧倒的な存在感に涙が出そうになる。というかほぼほぼ泣いていた。


「すまなかった。お前の危機にはすぐに気付いたのだが、ちょっとした邪魔が入ったせいで遅れてしまった」


「邪魔って……」


 俺の問いには答えずに、すぐさまリリアは俺の近くにまで寄ってきて、血で汚れることすら厭わずにその小さな手を首に触れ、頬に触れ、そして最後に右目に触れさせた。ひんやりとした何かがリリアの手を通して流れ込んでくる。そうしているとどうしてかさっきまで忙しなく早鐘を打っていた心臓が落ち着いていくのがわかった。

 リリアが手を離すとさっきまで感じていたはずの痛みはどこかへと消え去り、右目の視界も完全に元通りになっていた。相変わらず反則級の治癒魔法だった。


 傷が治ったのを確かめるとリリアはふわっと笑みを浮かべた。そして愛おしそうにもう一度俺の頬を撫でると、驚いた表情で固まっている王に向き直る。

 赤黒いオーラがリリアの体から発せられ始めると、それは瞬く間に部屋全体を満たしていった。見るのは三度目になるがこれほど濃いヤツは初めてだ。それが示すものは、これまでにないくらいリリアが怒っているということ。

 そしてそれを裏付けるがごとく、女の子が出しちゃいけない地響きすら起こしそうな声がリリアから発せられる。


「それで、我のキヨノスケに傷をつけたのは貴様でよいのだな?」


 リリアが一歩王に向かって踏み出した瞬間、リリアの右側から突如として現れた無数の斬撃が襲い掛かる。だがリリアが反応するまでも無く絶対防御の前にすべてが無力化されてしまった。攻撃した主は天乃瀬を相手にしていたはずのグラードだった。

 まさかと思い確認して見るが、天乃瀬はぜぇぜぇとその場で膝を付いているだけで倒されてしまったわけではなかったらしい。

 ほっとしたのも束の間、気合の篭った一声と共にグラードが新たな攻撃を繰り出す。


「邪魔をするな、ハエごときが」


 リリアがそう呟くなり、グラードの剣戟がぴたりと止んだ。リリアがまるで汚いものを摘み上げるように親指と人差し指で剣を挟み込んでいたからだった。そして少し力を入れただけで細い木の枝を折るような手軽さでパキンと小気味の良い音をたてて剣が割れる。

 さすがのグラードも圧倒的な力の差に後ずさりをするしかなかった。


「馬鹿な……!?こんな小娘ごときがなぜ……!?」


「お前に小娘呼ばわりされる謂れは無い」


「!?」


 摘んでいた剣を紙飛行機を飛ばすようにスナップを効かせて投げ返す。目に見えない速度で投げられたそれに反応することは出来ず、肩を貫かれたグラードの体はそのまま勢いよく後方へと投げ出された。


「……つよ」


 後ろから天乃瀬のそんな呟きが聞こえてきたが、これはもう全面的に同意せざるをえない。天乃瀬はグラードと直接戦っていたから尚更そう思ったのかもしれない。だが今の一連の流れさえリリアにとっては息を吐くくらいの動作でしかないと知ったらどんな顔をするだろう。少しだけ見てみたい気もする。


 グラードを一瞥した後、リリアは再度王に向かう。


「なぜだ……!?なぜお前がここにいる……!?」


 焦ったように王が口にした言葉に違和感を覚える。今の言い方じゃまるで前々から王がリリアを――ひいては魔王を知っているとでも言っているみたいじゃないか?


「キヨノスケを傷つけた罪は何よりも重い。楽に死ねると思うなよ」


「くっ……巨雷槍サンダー・スピア!!」


 さっき見せたものよりもさらに一回りは大きいであろう雷の槍がリリアに襲い掛かる。当然絶対防御に打ち消されるものだと思っていたのだが、リリアは雷の槍が消える直前にそれを素手でむんずと掴むと、そのまま王に向けて投げ返した。


「馬鹿なっ……!」


 至近距離で放たれた上に、リリアによってさらに数段加速された巨大な雷の槍は瞬く間に王に襲い掛かり、手の平から肩にかけて一直線に貫いた。肉が焼け焦げるような嫌な匂いと共に、赤黒い血が辺りに撒き散らされる。

 断末魔の叫びを上げた王はそのまま地面に膝をついた。


「さて、どのようにして嬲り殺してやろうか。次は左腕か?それとも足がいいか?」


 強いとかそういうレベルじゃない。明らかに別次元の強さ。人間なんて相手にならない、それこそ像と蟻の喧嘩にしか思えなかった。戦おうと考えることすらおこがましいと思えるほど、リリアの力は常軌を逸している。

 リリアは魔王だ。それはわかっていたはずなのに、改めてその力の片鱗を目の当たりにするとそのことをより強く思い知らされる。相容れることの出来ない生物。人間など虫程度にしか思っておらず、だからこそ殺すことに何の躊躇いも持っていない。

 怖いと思ってしまう。恐ろしいと感じてしまう。リリアの無邪気な笑顔を知っているからこそ、そう思ってしまうことがたまらなく嫌だった。


「待ってくれ。もういい、やめてくれ」


 俺の言葉にリリアが振り向く。


「キヨノスケの頼みといえどそれだけは聞けない。こ奴は我にとって何よりも大切なお前を傷つけたのだ。あまつさえ、殺そうとまでした。ただ殺すだけでは足りない。生まれてこなければ良かったと思わせるまで痛めつけねば気がすまない」


 リリアに表情は浮かんでいなかった。でもだからこそ底冷えのするような怒りが伝わってくる。俺なんかのためにそこまで怒ってくれることに嬉しい気持ちはあるが、だからといってリリアが人を殺すところなんて見たくなかった。


「頼む、リリア」


「………………まったく、仕方のないやつめ」


 そう言って呆れたようにため息をつくと、リリアは薄っすらと笑みを浮かべた。


「え?終わったの?ほんとに?」


 グラードとの戦いからある程度回復したらしい天乃瀬が近くに寄ってきてそんなことを呟いた。あちこちに傷が出来てはいるが、致命傷となるようなものは一撃も貰わなかったらしい。改めて天乃瀬のポテンシャルの高さに驚く。

 そしてあれだけ苦戦したグラードを一撃で倒しただけでなく、王すらも一瞬で倒してしまったのを見ればそんな感想が浮かぶのも無理は無いかもしれない。

 

 大きく息を吐くと、天乃瀬は全身の力が抜けたようにその場に座り込んだ。


「いや正直たったの三人で出来るとは思ってなかったわ。っていうかどんだけ強いのよそいつ。反則じゃない?強いなんてもんじゃなくない?マジで何者なのよ」


「うるさい。お前の感想など誰も聞いていない。喋るな」


「うるさいって何よ。今回一番頑張ったのは間違いなくあたしなんだからね。そこのあんた、ちゃんとこいつにそこんとこ詳しく言って聞かせなさいよ何も出来なかったんだから」


「佐藤だよ!いい加減覚えろよ!何も出来なかったのはそのとおりだけど!」


 だが俺の抗議などどこ吹く風で、ほっとした声で天乃瀬が言う。


「でもま、これで後は罪人の呪縛とやらを解かせればみんなを助けられるわけでしょ?騒ぎが大きくなる前にぱぱっとやってちゃちゃっと助けて逃げるわよ」


 天乃瀬の言うとおりこれだけ大騒ぎすれば呼ばずとも兵士がやってくることは間違いないだろう。むしろまだ姿を現していないことの方が不思議なくらいだった。なんにしても陽ノ守たちを助け出すまでは気は抜けない。


 倒れていた王に近付こうとしたその時、くぐもった笑い声が上がる。


「……くく、くっくっく、そういうことか。そういうことならば全ての辻褄が合う」


「何がおかしい」


 リリアの質問には答えず、力なくよろよろと立ち上がった王は、左手を右肩に当て雷の魔法で焼ききると、傷口を塞いだのかどばどばと溢れていた血がぴたりと止まっていた。

 そして転がっていた剣を掴み、再びリリアへと向けた。

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