第31話 王城での戦い②

 ピーッと突き抜けるような音が玉座の間に響く。だが、少ししてもすぐに来てくれると思っていたはずのリリアは一向に姿を見せなかった。

 天乃瀬がぼやく。


「ちょっと、来ないじゃないあいつ」


「いや、そんなはずは……」


 リリアが逃げるとは考えられなかった。『キヨノスケの出す音ならば息を吸う音でさえも聞き取って見せよう』とかいうちょっと怖いことを自信満々に言っていたのでそれよりも数倍でかい音の指笛が聞こえていないということはなさそうだが、こうしてリリアが現れないところからしても聞こえていない可能性は十分にある。いやでもそれが本当ならかなりやばいんだけど……。


 そんな俺達の様子を伺っていたグラードが剣の切っ先をこちらに向けた。


「何のつもりかは知らないが、おとなしく言うことを聞けば苦しまずに殺してやろう」


 息を呑む。さっきの攻撃は見ていないが、ある程度離れていた距離を一瞬で詰めてきたところから察するに今の距離もあってないようなものだろう。そしてあのグラードという男は鈴木や陽ノ守たちにも引けを取らない、もしかするとそれ以上の実力の持ち主である事はもう疑いようが無かった。


「……あたしがあいつを抑える。だからあんたは王をどうにかしなさい」


 俺の耳元で小さくそう呟くと、天乃瀬が俺の前に立ちグラードを見据える。そして武術家のように構えを取った。


「おい、天乃瀬……!?」


「引くに引けないでしょ、ここまで来たら。兵士達がわんさか押し寄せてきたらそれこそどうしようもないわ。今やるしかないのよ、あんたと、あたしで……!」


 そう言うなり天乃瀬の姿がその場から消えてなくなったかと思えば、次の瞬間にはグラードの目の前で拳を振りかぶっていた。

 目にも留まらぬ速さで放たれた拳はグラードの顔を的確に狙い打とうとするが、見切られてしまっているのか剣で簡単にいなされる。拳を放った勢いを落とすことなく足技を繰り出そうとする天乃瀬だったが、それも全て剣で受け止められてしまう。


 天乃瀬の激しい攻撃を最小限の動きだけでいなしてしまうグラードは熟練の剣士であることは間違いなかったが、天乃瀬は天乃瀬で攻撃するスピードが馬鹿みたいに速い。城に来る前に見せてもらった天乃瀬の能力値は確かに素早さが異常なほど高かったが、これほどとは思っていなかった。どうやら素早さというステータスはそのまま攻撃速度にも反映されるらしい。

 武術をやっていたというだけあってか身のこなしも完全に慣れている人のそれで、軽やかさに攻撃を繰り出している様子はまるでダンスを踊っているようにも見えた。

 

 なんにせよ、天乃瀬の作ってくれたこの機会を逃すわけにはいかない。


 立ち上がると装備していたナイフを手に王の座っている玉座へと接近する。

 王は全く焦った様子もなく、むしろさっきとなんら変わらない安穏とした様子で俺の動きをじっと眺めていた。


 王の不遜な態度にどこか気味の悪いものを感じつつも、ナイフの切っ先を王に向ける。距離にして数メートル。駆け出せばすぐに刺せる距離だ。いくら殺傷能力の低い食卓用ナイフといえど、首や胸に刺されば致命傷になる。いくら俺の能力値が低いとはいえ、戦う意志の全く感じられない老人に避けられるほどではないはずだ。


 心臓が急速に鼓動を早めていくのがはっきりとわかった。

 人を傷つけようとしている。もしかしたら殺してしまうかもしれない。考えないように、考えないようにと意識してみても、自分の無意識の部分がそれにブレーキをかける。やらなきゃいけないという気持ちとやっちゃ駄目だという気持ちがせめぎ合い、ナイフを持った右手に震えとなって現れていた。抑えようとして両手で握ってみるが震えは収まってはくれそうにない。


 やるなら今しかない。王を打ち倒すこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。逃せばまた機会がやってくるかどうかなんてわからない。それがわかっているはずなのに、俺の足は遅々として進まない。

 王はまるでそんな俺の心境をわかっているかのように、薄っすらと笑みを浮かべた。


「お前に一つ聞きたいことがある。どうやってあの森から逃げられた?お前のゴミのような能力で退けられるほど半魔の兵士達は軟ではないはずなんだが」


「答えるわけないだろ、俺達を嵌めたお前のような最低な奴の質問に……!」


 俺の言葉に、王は愉快そうに笑う。


「最低な奴か。くっくっく、確かにお前達にとってはそうかもしれんな。だがそんな最低な奴のもとでここの国の民は貧困に喘ぐことなく幸せに暮らしている。殺せるか?お前に。私が死ねばその何百万という民が路頭に迷うことになる。他国は一斉にこの国を侵略してくることだろう。そうすれば何人も、何百人も、何万人もの命が犠牲となる。もう一度問おう。殺せるのか?この国の多くの人間の命と引き換えに、私を殺すことがお前に出来るのか?」


 俺にはどうせ殺せやしないと思っているからこそ、刃物を向けられても余裕でいられるのだろう。だけどそれは大きな間違いだ。

 ここに来るまでに散々考えてきた。そして答えはもうすでに見つけてある。俺がここでこうしてナイフを王に向けていることそれ自体が考えてきたことに対する答えだった。覚悟は城に入ったときから出来ている。


 深呼吸をして鼓動を落ち着かせる。相変わらず手は震えたままだったが、それでも狙いを外すほどではない。ナイフをこれ以上ないくらい強く握る。


「陽ノ守達にかけた呪縛を解け。解かないならこのままこのナイフをお前の心臓に突き刺す」


「奴等にはこの国の為に立派な駒になってもらわなければならない。だから呪縛を解くことは絶対にしない。出来るものならやってみるがいい。その震えた手で出来るものならな」


 王が言いきるよりも速く、俺は自分に出しうる最大限の速さで王へと踏み出していた。急に全身をフル稼働させたせいで頭に血が上り視界がぼやける。もう引き返すことは出来ない。きっと俺が思うよりもずっと速くナイフは王の体を突き刺すことだろう。

 だが、それは俺の身勝手な妄想でしかなかった。


 パキッと何かが折れる音がしたかと思うと、銀色に光る刃のようなものが俺の右目に映る。刺さると思った瞬間にはもう既に遅く、鋭い痛みと共に右目に映る景色が真っ赤に染まっていた。


「あ……ああ、ああああああああああああああああああああああああああ!?」


 獣のような唸り声が聞こえた。広い部屋を反響し、俺の耳に戻ってきてようやくその声が俺の喉から出ているものだと気付く。

 だくだくと右目からあふれ出してくる真っ赤な血と抑えながら何が起きたのか必死に考えるが、あまりの痛みに浮かんでくる思考は全て掻き消されてしまう。


「ねぇ!?大丈夫なの!?ちょっと、返事しなさいったら!!」


 天乃瀬の大声がどこか遠くに聞こえるが当然答える余裕なんて今の俺にはない。

 蹲る俺の前に王が立つのがわかった。


「勘違いしているようだから教えておいてやろう。私が何もしなかったのはお前が何をしてきたところでどうとでもなったからだ。年老いたとはいえ、お前ごときの貧弱な力で倒されるほど腐ってはいない。少なくとも、今日この場に召喚した勇者共よりも私の方が遥かに強いことだけは教えておいてやろう」


「そんな、わけ……」


 すると王は手に持っていた杖の先端を握り、剣を鞘から抜くように引っ張る。するとそこには輝かんばかりの刀身を持ったレイピアのような細身の剣が現れていた。証明の光に照らされて淡く輝くそれは、まるで勇者の剣のように神々しく映った。


「もう一度聞こう。どうしてあの森から抜け出すことが出来た?答えないのならこの剣でお前の首を飛ばす。三度目は聞かんぞ」


 王の持った剣が俺の首を捕らえる。

 さっき何をされたのか全くわからなかった。わかっていることといえば、いつの間にか折られていたナイフの先端が俺の目を突き刺したことだけ。目の前で何かをされたはずなのに認識することすら出来なかった。


 ぞわっとした寒気が襲い、全身の怪我総毛立つ。

 違う。老人だからと高を括っていたのは俺の方だった。老人だから俺の力でもなんとかなるだろうなんて思っていた俺の方が慢心していたんだ。

 改めて王を前にして思う。この老人は陽ノ守や鈴木達よりも強い。少なくとも今の俺が太刀打ちできる相手ではないことは間違いない。


 でも、だからといって何もしないまま殺されてやるわけにはいかなかった。


 確率剣を握り勢いよく振り抜く。避けようともせずに剣で受けようとする王だったが、刀身の現れていない剣を受けることは当然出来ない。さすがに刀身の無い剣だとは思わなかったのか、一瞬できた隙を見計らって背後へと飛び退り距離を取った。


「確率剣か。また懐かしい代物が飛び出してきたものだ。そういえば随分と昔にもお前と似たような境遇の子供が装備していたな。今のお前と同じく言いたいことだけ言って何も出来ずに散っていったが」


「お前が、殺したくせに……!」


「力は無いのに一丁前に吠えるところはまさに瓜二つだな。まったく忌々しいことだ。質問に答えないというのならもうお前を生かしておく必要はない。消えるがいい」


 王が右手を前に突き出すと、肘から先に電撃が迸りはじめる。次第に増幅していったそれはいつしか巨大な雷の槍となり、向けられた切っ先が揺れる様は発射されるを今か今かと待ちわびるているように見えた。


巨雷槍サンダー・スピア


 その言葉と共に魔法が発動する。耳をつんざくような轟音が響きわたり、眩いばかりの光が玉座の間を埋め尽くした。

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