第30話 王城での戦い①

 しばらく無言のまま歩いていくと、城の正面から見て左手にある古ぼけた塔までやってきた。途中何人かの兵士に呼び止めることがあったが、グラードの名前を出すと特に突っ込まれること無く見逃してもらえた。さすがに王直属の騎士団長だけあって一般兵にとってはそれなりに恐れられている存在なのかもしれない。


 塔は遠目から見た限りではそこまで大きくないように思えたが、実際目の前にしてみるとその大きさに驚く。内径はおおよそ50メートルくらいはあるかもしれない。目測でしかないので実際はもう少し小さいだろうが、古びているからか存在感がある。ばあさんの話では、罪を犯した者はこの塔の下に収容されるということだったので、おそらくこの下に陽ノ守たちが捕らえられているのだろう。


 監視員らしき兵士が俺達に気付くと声をかけてくる。

 手筈は既に天乃瀬と調整済みなので、このまま天乃瀬を兵士に引き渡せば計画の第一段階はとりあえず完了する。

 引き渡す際、天乃瀬がぎろりと俺を睨み付けた。ちゃんとやんなさいよというほぼほぼ脅迫に近い声が勝手に脳内で再生される。目だけで意志を伝えられる能力僕もほしい。


 だが、ここで問題が起きてしまった。


 塔の中から突如として一人の男が現れたのだ。

 あちこち傷だらけの鎧に、腕には何かで裂かれたような傷が痕になって残っている。獣のように鋭い眼光に撃ち抜かれると思わず身震いしてしまった。

 王直属騎士団長、グラードだった。


 考えていないわけじゃなかった。

 グラードの名前を出す以上、本人が出てこないとも限らない。もちろん出てこないでくれるのが一番よかったのだが、こうして目の前で鉢合わせしてしまえばそんな希望も意味はない。

 おそらくこの男は強い。森の入り口では魔物に勝てないみたいなことを言っていたが、きっと嘘だろう。半魔人の兵士を引き連れていた以上、見た目にはわからないが半魔人である可能性もある。いずれにしても今の状態で切りかかられでもすれば一巻の終わりだ。

 天乃瀬がちらりと俺を見たのがわかった。突然のグラードの出現に心臓はばくばくしていたが、ここでしくじれば全てが無意味になる。平静を装うしかない。


「グラード様。丁度今この兵士が……」


 塔を守っていた兵士が余計なことを言う前に口を挟んだ。


「自らを勇者と名乗る怪しい女が街をうろついておりましたので連れて参りました」


 本当は俺達を嵌めた張本人であるグラードなんかに敬語も敬礼もしたくなんてなかったが、今はぐっと我慢するしかない。

 グラードは俺を一瞥するとすぐに天乃瀬に視線を移した。どうやら俺が兵士じゃないことはばれていないようだ。

 ほっとしたのも束の間、天乃瀬がグラードを思い切り睨みつけて声をあげる。


「ちょっと、あたしたちを捕まえてどうしようってのよ?大体なんで捕まんないといけないわけ?魔王を倒せって言ってこんなとこに喚び出したのはあんたたちじゃない」


 天乃瀬の判断は正解だった。理不尽に捕まったことになっているのなら黙っているほうが違和感がある。もしかすると素なのかも知れないが、変に勘ぐられるよりかは明確に敵対関係を築いておいたほうが今はいい。


「貴様の仲間はどこにいる?」


「知らないわよ。知ってたところで教えると思う?」


「そうだろうな。貴様等は同族意識が高い。昨日今日会ったばかりだというのに同じ境遇というだけですぐに馴れ合う。まったくお優しいことだ。……まぁいい、すぐに知れることだ」


「すぐに知れるってどういうことよ」


 天乃瀬の言葉を無視して、グラードは今度は俺に視線を移した。


「よくやった。お前はどこの隊の者だ?勇者を捕まえてきた褒美を取らせよう」


「いえ、私は兵士として当然のことをしただけですので、褒美など……」


「何を言う。この国に仇為す逆賊を捕らえてきたのだ。王もきっとお喜びになられるだろう。違う隊とは言え、その功績は褒められてしかるべきもの。是非とも名前を聞いておきたい」


 兜越しだというのに、グラードの鋭い眼光に睨まれると嘘が見破られているんじゃないかという錯覚に陥る。もしそうなら既に攻撃されているはずなのでばれてはいないだろうが、精神衛生上よろしくない。少なくとも俺みたいな陰に生きるものにとっては生涯向けてほしくない視線だった。


「どうした?私が許可しているのだ。早く名を名乗れ」


 グラードの視線が一層鋭くなる。徐々に何かを疑い始めているようだった。

 汗が顔中から吹き出る。鎧の下に着込んでいる暗殺者装備はきっと汗でびしょびしょになっているだろう。グラードの見えない位置から天乃瀬の口がパクパクしているのが見えた。何を伝えようとしているのかはわからなかったが、とりあえずなんか言えと言っているように思えた。


「まさか、名乗れない特別の理由でもあるのか?」


 どのみちここでだんまりを決め込んでいたところでどうにもならない。俺は咄嗟に浮かんだ名前を口にした。


「ダリアン……ダリアンです」


 沈黙。グラードは俺を睨んだまま動こうとしない。

 だがそれも少しのことで、得心がいったというように頷くと、グラードは俺の肩に手を置いた。どうやらダリアンという兵士がいるらしい。もしくはグラードが兵士一人ひとりの名前を覚えていないという線もあるが、どちらにせよ助かったことに変わりは無い。


「よし、ダリアン。これから丁度王へ謁見に行くところだ。お前も一緒に来るといい」


 グラードの疑いが晴れたことにほっとしたのも束の間、この上ない提案をされて別の意味でどきっとする。


「よ、よろしいのですか?私のような一般兵が……」


「もちろんだ。そいつも一緒に連れてくるといい。自分が捕らえたと王の目の前で報告すれば、お前の地位が今よりさらによいものになるやもしれんぞ。なに、私からの褒美だとでも思ってくれ」


「いえ、ですが罪人を王の前に出すなど失礼ではないでしょうか」


 王のところに連れて行ってくれるのは非常にありがたいが、天乃瀬まで王のところに連れて行かなければならなくなると計画が大きく変わってしまう。苦し紛れにそれっぽい言い訳を口にして見るが、グラードには全く通用しなかった。


「問題ない。昼間にもこいつと同じ罪人どもを突き出したところ、王は大喜びしていたからな」


「そ、そうですか……」


 そう言われてしまえばおとなしく従うしかなかった。

 ともかくグラードに疑われなかったことと、王のところに連れて行ってくれるだけありがたいと思うしかない。

 王さえ倒せば呪縛が解け、陽ノ守たちがそれに気付けば自力で脱出しようとするかもしれないし、最悪リリアの力を借りて牢屋へ向かうことも出来なくはない。それ相応に色々なリスクは高くなるが今の俺達ではもうどうしようもない。天乃瀬をちらりと見ると、どこか脱力したように肩が下がっていた。


 意気揚々と歩き出すグラードの後を俺と天乃瀬は重い足取りで追った。


―――


 グラードの後について城を歩いていくと、玉座の間に到着した。ほんの半日前にここから外に出て行ったばかりだというのに随分と昔のことのように感じる。出るときにはあまり気にしなかったが、やはり王の部屋だけあって見上げるほど大きな豪奢な扉が聳え立っていた。


「さぁ、入れ」


 グラードに言われて扉に手をかける。重そうな扉だったので俺の力で開くか少し心配だったが、大きさの割りに大分軽い素材で出来ているようで普通の扉を押し開く感覚でゆっくりと開いた。


 目の前に大広間が広がる。相変わらず運動会でも出来そうなほどの広さ。40人で召喚されたときには声が反響して少しうるさいくらいであったが、今は物音一つ聞こえない。こつこつと鳴る足音だけが聞こえていた。

 そして入り口から続く赤絨毯の先、部屋の一番奥に煌びやかな装飾が施された玉座にダラリス王が鎮座していた。

 長く伸びた白髭を右手でもしゃもしゃともてあそび、左肘を肘掛においてどこかつまらなそうな目で俺達のことを見ている。

 会うのは半日ぶりだが、俺達を嵌めた張本人が今目の前にいるという事実に燃えるような怒りが沸々と湧き上がってくる。今すぐにその喉元にナイフを突きつけて陽ノ守たちに懸けた呪縛を解かせてやりたいが、まだ動くことはできない。リリアは俺が指笛を吹けば飛んできてくれることになっているが、変な動きをすればグラードに先にやられる。今は機を待つしかない。


「……なんだ、お前達は」


 王がだるそうな声で言った。召喚されたときに見せたあの快活そうな好々爺然とした立ち振る舞いはもはや見る影も無く、ただただ面倒くさそうに欠伸をかみ殺している。

 王の問いにグラードが答えた。


「はい。このダリアンなる兵士が隠れていた勇者の一人を捕らえてきたということでしたので、急ぎご報告に参りました」


「そうか。それは随分とご苦労じゃったな。どれ、褒美を取らせよう。こっちに来い」


 王に呼ばれ、数歩進んだところで俺は足を止めた。


「どうした?王がお呼びだ。早く行け」


 グラードの声が後ろから飛んでくる。

 だが、俺の中にこれ以上王に近付いてはいけないという嫌な予感があった。この部屋に入ってからというもの、どこか袋小路の中へと迷い込んでしまったような気がしてならない。もちろんここは敵地の中心なのだから間違ってはいない。

 でも、それならどうしてその国の心臓である王の側に誰もいないのか。王の私室ならいざ知らず、少なくとも何かあった時のために誰かを側に置いておくのが普通じゃないか。

 そんな疑問が、俺の足を止めていた。


 そんな俺をじとっとした目で見ながら、王が言った。


「おかしなやつだ。普通なら褒美をやるといったら喜び勇んでやってくるだろうに。慎重なのか用心深いのか。まぁ、だからこそ今ここにこうしているのかもしれないがな」


「!?」


 王がそう言った途端、後ろから凄い勢いで何かがぶつかってきて前のめりに倒れ込む。

 何が起こったのかわからず振り向こうとしたが、すぐにまた体が浮くような感覚が襲い、縦横無尽に視界が回る。ようやく収まったかと思うと、俺の背後から天乃瀬の焦ったような声が聞こえてきた。


「なにぼさっとしてんのよ!?あたしが助けなかったら今頃死んでたわよ!?」


 天乃瀬の言葉に俺が立っていた場所を見てみると、グラードが剣を振り抜いた状態で立っていた。姿勢を元に戻すと、人を殺しそうなほど鋭い眼光が俺達を射抜く。


「その速さ、さすがに勇者と呼ばれるだけはあるようだな。もう少しでそいつを殺すことが出来たというのに」


「気付いてたのか……?」


「高度な認識阻害には驚いたが、この城の中にダリアンという名の兵士はいない。二人だけで臨んだ割りには良くやった方だが、詰めが甘かったな」


 つまりあの塔で鉢合わせたときにグラードは気付いていたということだ。でも、それならどうしてあの時攻撃をしてこなかった……?

 いや、今はもうそんなことを考えている場合じゃない。俺は右手の人差し指と親指で輪っかを作り、指笛を鳴らした。

 侵入がばれてしまった以上、もうやることは一つしかない。リリアの力を借りて王を打ち倒し、陽ノ守たちを救い出す……!!

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