第29話 王城侵入
「待て。そこで止まれ」
王城へと続く正門前。
天乃瀬と二人でそこを通り抜けようとするが、当然のように警備に当たっていた兵士二人に見咎められる。足を止めるとすぐさま兵士が駆け寄ってきた。
「お前はここで何をしている。それにそいつは何者だ?」
兵士の一人が天乃瀬に注意を向けながらそう聞いてきた。具体的に言えば、後ろ手に縛られ今まさに連行されている真っ最中であるといわんばかりの天乃瀬に。
天乃瀬に繋がっている綱を見せながら、俺は淡々と答える。
「はい。街を巡回していたところ、いかにも怪しげな格好をしているこの女を見かけましたので捕まえてきました」
兵士二人の様子からして、俺の格好や言葉に特に疑いは持っていないようだった。
王城へと侵入するための鬼門は、やはり侵入の仕方だった。
リリアに飛んでもらって空から入り込めれば最も手っ取り早かったのだが、王城を取り囲む城壁のところどころに物見櫓が建っており、常に兵士が見張っているので穴が無い。夜とはいえ、三人分の影が空に浮かんでいればさすがに気付かれるだろう。陸路もまた同じだった。
万が一見つからずに入ることができたとしても、王城の中は兵士が絶え間なく巡回しているので侵入に気付かれるのは時間の問題だ。リリアに空から確認してもらったのでそれは間違いない。
天乃瀬が仲間になったといっても、結局今の俺達は三人しかいない。一度騒ぎになってしまえば撤退するしかなくなるし、侵入しようとした者がいるとなれば今後警備が厳重になるのは目に見えている。そうなれば陽ノ守たちを助けるのがさらに難しくなってしまう。リリアの力を借りればどうにかなるかもしれないが、最悪城が消し飛ぶ可能性がある。俺達を嵌めた奴等の城だからといって、王の計画に加担していないであろう善良な兵士達を巻き込むわけにはいかない。
そのほかの侵入方法も色々と考えはしたが、最終的に誰にも怪しまれずかつ堂々と城に入ることの出来る兵士に成りすますのが最も安全で効率的ということになった。
ちなみにリリアには上空に待機してもらっている。計画を話したら滅茶苦茶渋られたけど例によってクサい台詞を言ったら了解してくれた。相変わらずちょろちょろだった。
そんなわけで今俺は兵士の格好をしていて、天乃瀬は両手を縄で縛られていた。
当然俺が鎧なんて重いものを装備できるわけもないので、今はリリアの認識阻害の魔法で兵士に見せかけている。その効果は目の前の兵士達が何の疑いも持っていないのが何よりの証拠だろう。
天乃瀬を縛っているのにももちろん理由はある。
「確かに怪しいといえば怪しいが……だがそれだけで捕まえる必要があるのか?」
俺の顔をじろじろと凝視しながら兵士の一人が言った。
確かに見慣れない制服姿とは言え、ただ怪しいからという理由で捕まえてくるのはおかしいと思うかもしれない。だが、当然そう聞かれたときの答えは用意している。
「先程街で起きた騒ぎで現場付近を見回っていたところ、この女が騒ぎを起こしたと住民が言っていたものですから」
「確かにそんな話もあがってきてはいたが……」
当然嘘じゃない。なにせその問題を起こした本人がここにいるのだから。厳密に言えば空にもだけど。一つ懸念があるとすれば、その話がこの門番達にも伝わっているかどうかわからないことだったが、今の反応を見る限りそれはないようだった。
兵士がもう一人の兵士に確認をすると、頷きが返ってくる。
「わかった。では私が牢へと連れて行こう。お前は巡回へ戻れ」
天乃瀬が息を呑むのがわかった。
俺達の計画では、天乃瀬が陽ノ守達の救出、俺が王を倒しにいくという算段になっていた。そしてそれをほぼ同時進行で行わなければならない。というのも、陽ノ守たちを牢屋から出したところで罪人の呪縛がある以上逃げることは出来ないからだ。陽ノ守たちを逃がすためには、呪縛の主である王も同時に倒さなければならない。
牢屋の位置はある程度ばあさんに教えてもらったので極端に迷う心配はないはずだ。王がいるであろう玉座の間は召喚されたときに知っているので迷わないで行ける。
天乃瀬ほどの力があれば一般の兵士なら余裕で対処できるだろう。何をやっていたのかは教えてくれなかったが、リリアを相手取ったときの動きをみるに格闘技をやっていたのは間違いないのでそこは心配無い。
問題があるとすればもちろん俺のほうだが、兵士の格好に見えている今ならある程度城の中を自由に歩きまわれるし、王に近付くこともできるだろう。王がどこにいるかさえ突き止められれば、俺の位置をなぜか捕捉することが出来るらしいリリアに来てもらって場を制圧することが出来る。殺さずに呪縛を解かせることが出来れば最良だが、出来ない場合にはもう覚悟を決めるしかない。陽ノ守たちを半魔人にさせないこと。今はそれが何よりも優先されるのだから。
だが、それらを実行する前段として二人で城の中に侵入することは必須になる。ここで天乃瀬と別れるわけには行かない。
「どうした、お前の持ち場は街の巡回だろう?さぁ、早く綱を寄越せ」
手を差し出して催促してくる兵士に、俺は首を振って答える。
「それが、この女はどうやら勇者として召喚された者のようなのです」
「勇者?この女が?」
訝しげに問い返す兵士に間髪いれずに言葉を繋ぐ。
「ええ。その……あまり大きな声では言えないのですが、『森』で起きたあの事件に関わっているらしく、捕まえたら内密に牢屋へ連れてくるようにとグラード団長に言われておりまして……」
『森』という単語に兵士の動きが一瞬だけ止まったのがわかった。もちろんここで言っている森とはエスレルの森のことだが、普通森と言われただけでは何のことかはわからないはず。この兵士が森について知っているかどうかは賭けだった。でも反応したということはこの兵士はある程度のことは知っているということに他ならない。
知っているからこそ、事の重大さを理解したようだった。
「森?森とは一体なんのことでしょう?」
傍らで聞いていたもう一人はわからなかったらしくそう問いかけるが、それに答えることなく兵士は道をすんなりと開けた。
「……なんでもない。話はわかったから、早く連れて行け」
「いいんですか?」
「いいも何も、グラード団長がそう仰っているのなら我等が口を出すことではない」
「ですが……」
なおも引き下がろうとするもう一人を置いて、兵士は元の配置に戻っていく。納得はしていないようだったが、それに習うようにもう一人も下の配置についた。
「よし、行くぞ」
天乃瀬にそう声をかけると、俺達は悠々と城門をくぐり計画通り城内への侵入を果たした。
―――
「まさかああも上手く騙せるとは思わなかったわ。渡せって言われたときは正直ヒヤッとした」
門をくぐってすぐ、俺の後ろで天乃瀬がぼやいた。
「俺だって怖かったよ。あそこで一悶着あればその時点で計画はご破算だったわけだからな」
兵士の格好自体もリリアの魔法のお陰なので、兜を取れとかいわれていたらその時点で詰んでいたわけだからそれなりに危ない橋であったのは間違いない。
「それにしても『森』での事件ってなんなわけ?鈴木君達が捕まったことと関係があるのはわかるけど、兵士があんなにあっさり引くくらいヤバい事件ってことでしょ?あんた知ってんだったらいい加減教えなさいよ」
天乃瀬と一緒に行動する以上ある程度の事は共有しておく必要があったが、リリアの正体とエスレルの森で起こったことの詳細は話していない。前者は口が裂けても言うつもりはないが、後者はどうにも言う気になれなかった。少なくともショックは受けるだろうし、『そんな人たちだと思わなかった!もう助けてなんかあげない!ふん!』なんて言われでもすればそもそも計画がなくなってしまう。今この場で言うことではないだろう。どの道鈴木達を助ければいずれ知れる。
「ともかく、手順はここに来る前に説明したとおりだ。覚えてるだろ?」
「……まぁね」
俺が答える気がないとわかるなりあからさまに不機嫌な声をあげる天乃瀬。顔が見えない分余計怖い。その声だけで人を怯えさせられる能力俺もほしいんだけど。
「あんたがあたしを牢屋に連れて行った後、あんたは王を倒しに行く。で、城内が騒がしくなったら牢をこじ開けて一斉に逃げる……でしょ?ほんとにこんなんでうまくいくわけ?」
天乃瀬の心配はもっともだが、鈴木がいれば力づくで牢は破れるだろうし、そもそも鈴木達が逃げられる状況になれば呪縛はなくなっているため魔法でどうにかできる。危険しかないけど陽ノ守の炎の魔法なら溶かすことだって可能なはず。
そんな言葉を返してみたのだが、天乃瀬の心配はそこじゃないらしい。
「そうじゃなくて、あんたごときが王様を倒せるのかってことよ。いくらおじいちゃんとはいえさすがにあんたほど弱くは無いでしょ」
「ごときって言うなごときって」
その通りだろうけど!
「うっさい。大体王様の周りには兵士だってうじゃうじゃしてんでしょ?その格好をしているうちはばれないかもしんないけど、あたしが王様の立場だったらあんたみたいな怪しい兵士絶対に近寄らせたりしないわ」
「それは大丈夫だ。俺にはあいつがついてるからな」
視線を上に向けるが、暗いことに加えて相当高く飛んでいるらしく姿はどこにも見えない。見つからないようにというお願いを律儀に守ってくれているらしい。
天乃瀬も同じように空を見上げていたがやはり見つけられなかったらしく、大きくため息をつく。
「確かにあたしなんかよりずっと強いのはわかってるけど、いくらなんでも何十人も相手にはできないでしょ。それとも何、やっぱり特別な力でも持ってんのあいつ。いきなり空飛ぶしさ」
天乃瀬にはリリアの力については何も話していない。羽は空を飛ぶ以上見られるのはやむをえなかったが、そういう種族なんだと適当なことを言ったら信じてくれた。意外と素直な性格なのかもしれない。
それに直接やりあった天乃瀬にはリリアの力がある程度感じられたようで、少なくとも俺達よりかはずっと勝算があることはわかっている。だからこそこの無謀ともいえる計画にも協力してくれているのだろう。
「ま、どのみちこの面子でどうにもできなかったら終わりか。田中君たちにお願いしても無理だったろうし」
対面から歩いてきた兵士を一人やり過ごしてから天乃瀬に言葉を返す。
「そういえば、天乃瀬たちは元々戦うのが嫌な人が集まってできたって言ってたっけか。今更言うのもなんだけどよかったのか?お前、あのグループのリーダーだったんだろ?」
見た目も発言もリーダーシップを発揮していた天乃瀬である。中心人物が抜けてまとまっていたグループが解散なんてことにもなるかもしれない。まぁこんな状況じゃそんなことも言っていられないかもしれないけど。
だが、天乃瀬はそれを否定した。
「確かにあたしが引っ張ってたのはそうかもしんないけどね。でも実際に動かしてたのは田中君だから」
「田中?」
物腰の柔らかい田中はどちらかといえば参謀というか、裏でみんなを支えるみたいな役割なのかと思っていたので意外だ。でも言われて見れば天乃瀬を諫めていたのも田中だったし、実は結構な実力者なのかもしれない。
「そ。あたしは田中君の言うことを伝えてただけ。戦わないっていうのを初めに言い出したのも田中君だし、あたしも他の奴もそれに賛同したから集まったわけ。引っ張るのがあたしで、纏めるのが田中君。だからあたしがいなくなったところであんまり変わんないんじゃない?」
「随分とあっさりなんだな」
「そりゃそうでしょ。だって会ってからまだ一日も経ってないのよ?同じ世界から来た同じ考えの仲間って意識はあるし、一日一緒に過ごした同じ考えのグループメンバーってのもあるけど、離れちゃえばこんなもんでしょ」
「そんなもんか。でも、それならどうして協力してくれるんだ?やっぱり連れて行かれた三人が心配だったからか?」
そう聞き返すと天乃瀬は黙り込んでしまった。答えにくいことを聞いてしまったことはすぐにわかったが、かといって出て行ってしまった言葉を引っ込めることなんてもう出来ない。
少しして、天乃瀬はぼそりと独り言のように言った。
「……まぁ、そんなとこ」
あぁ、この話題は間違いなく地雷だ。これだから人と話すのは苦手なんだ。いつどこで地雷に足をかけてしまうかわからないから。
無言で歩く牢屋への道がやけに遠く感じた。
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