第28話 いざ王城――の前に
ばあさんの家から出て数十分。俺とリリアは物陰に隠れながら城下街を進んでいた。
さっきの騒ぎのおかげでまだどこかざわつきが付近に漂っているような気がしたが、やはり暗いことが原因なのかほとんど人はいなくなっていた。ばあさんの家に押しかけてきた兵士達の姿も見当たらない。調査は明日にして城へ帰還したのだろう。怪我人が出ていない(手が逆さまについてしまったおっさんは除いて)おかげもあるかもしれない。
空にはどんよりとした厚い雲が漂い、月の光を遮ってくれているお陰でリリアの金髪を目立たなくしてくれていた。
ばあさんの店で何か被るようなものを見繕ってもらえばよかったと後から思ったが今更戻るのはどうにも気が引けた。
なんとなく予想はしていたが結局俺とリリアの二人になってしまった。
他の転移組に協力を請うのは考えていなかったわけじゃないが、そもそも装備すら整えていない時点で戦おうとする意志が無いことは察しがついていた。
それに戦いたくないとか、戦うのが怖いという気持ちは当然わからないわけじゃなかったのでそこまで苛立ったりはしていない。
多分俺も森へ行かずに街に残っていたら田中と天乃瀬の後ろで様子を伺っていた一人になっていたかもしれないのだから。
陽ノ守達が半魔人化させられるにはまだ時間的に猶予があることはばあさんが教えてくれたが、かといってゆっくり眠って明日の朝からまた頑張ろうなんて気になるわけもない。この夜のうちに陽ノ守たちを救出するべきだろう。
だがそれにあたって考えなければならない問題がいくつかある。
一つ目は国王を倒さなければならないということ。
二つ目は戦いになった時どう対応するかということ。
どちらの問題も俺一人だったら対応するのは不可能だっただろう。兵士であろうが王であろうがたとえ一対一だとしても勝ち目は無い。できることがあったとしても、なんとか陽ノ守たちを牢屋から連れ出すくらいだったろう。
でも、今の俺には最強無敵の魔王様がついている。敵に回すなんて事は考えるだけで自殺してしまいそうだが、味方となればこれほど心強い存在は無い。リリアがいるだけでも勝利は見えているといっても過言ではないだろう。
だがそれ故にさっきの二つの問題が浮かび上がってくる。
リリアは攻撃魔法は使わないという約束は守ろうとしてくれるが、さすがに命に危機が迫ったらそうも言っていられないだろう。ちなみに命の危機が迫るのはもちろん俺の方だ。
リリアは強いが俺はその真逆。リリアの戦力が百万だとすれば、俺は多分マイナス二万くらい。足してもまだまだ残っているが、それでも少なからずマイナス方向に振れることに変わりは無い。
俺が死ねばリリアも死んでしまう。だからこそリリアは本気で俺を守ろうとするだろう。そこに攻撃魔法禁止なんて約束は通用しない。絶対防御があるとは言え、相手の人数が多くなればなるほど攻撃魔法は必須になる。
加えて兵士の中には強化された半魔人が紛れ込んでいるという話だ。どれだけいるかもわからないし、元々の勇者の力に加え魔物の力を得ているとなればその能力は計り知れない。その力は鈴木を遥かに凌駕していることだろう。
そうなればいくらリリアだろうと苦戦する可能性はある。あんまり想像できないが、死ぬかもしれないというリスクがある以上考えないわけにはいかない。
街に来る前、リリアに問われた覚悟を決める時なのかもしれない。
命を守るためには他人を傷つけるしかない。陽ノ守達を助けるためには王を打ち倒さなければならない。
会話することで分かり合えるのならどれだけ平和的だったろう。でもここはそういう世界じゃない。対話のみで戦うことの出来た元の世界がいかに平和だったのか、そして恵まれていたのかを俺は改めて実感する。そしてどれだけ俺が周囲に守られて生きていたのかも。
今もこうしてリリアに守られているあたりその辺は変わっていないのかもしれないけど。
「大丈夫かキヨノスケ」
考え込んでしまっていたらしく、周囲の様子を伺ってくれていたリリアがその綺麗な真紅の瞳を俺に向ける。暗がりにいるせいか瞳孔が開き尚更大きく見えた。
「大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけで」
「そうか。ふむ、我にはお前の考えていることが手に取るようにわかる。怖いんだな?」
あまりにもどんぴしゃりで動揺した。あれこれと言葉を並べて取り繕ったところで、やっぱり俺の気持ちは怖いという言葉に着地する。だって人を殴ったこともないのだ。まして武器で傷つけるなんて想像もできない。でもやるしかない。
一応顔には出さないようにしていたはずなのに、どうしてリリアにはわかってしまったんだろう。まさか少し前に冗談で言った言葉にしなくても伝わってしまう何かを俺から受信しているとか?
そんなことはないと思いつつもなんとなくリリアなら出来てしまうんじゃないかと思ってしまう。
「どうしてわかったんだ?」
「我がキヨノスケのことでわからないことなどあるわけがないだろう」
その真紅の瞳に見つめられるとなんだか本当にすべてを見透かされてしまっているような錯覚に陥る。
たまにピンク一色の花畑を全裸で全力疾走しているようなアホな思考を垣間見せるので忘れてしまいがちだが、リリアはれっきとした魔王なのだ。
こんな身なりでも俺よりずっと年上だし、色々なことを経験し、学んでいるはずだ。いわば生きるうえでの先輩。それなのに少し扱いがおざなりだったかもしれないと少し反省した。
吸い込まれてしまいそうなほど深い色を称えている瞳が揺れた。
「我もキヨノスケと同じだ」
「同じ?それは怖いってことか?」
魔王が恐れるものなんてないというのは俺の勝手な思い込みだったが、まさかリリアの口からそんな単語が出るとは思いもしていなかったので意外だった。
しかも人間を傷つけることが怖いなんて意外も意外すぎる。虫けらくらいにしか考えていないと思っていたし、事実天乃瀬のことをボロクソに言っていたのは記憶に新しい。
だがリリアは俺の問いに素直に頷いた。
「ああ、怖い。怖くないものなどいないだろう。だがお前が恐れることは何一つ無い。このリリア・キル・デスヘルガルムがついているのだ。遠慮することなく突き進むが良い」
「リリア……」
その言葉には俺を安心させてくれるような響きが含まれていた。
俺よりもずっと小さいはずなのに、その存在がやけに大きく映る。俺はリリアを少し誤解していたのかもしれない。本当に、ちゃんと俺のことを大切に想ってくれているんだ。少しだけ目頭が熱くなる。
自然と感謝の言葉が口から出て行った。
「ありがとう、リリア」
改めて礼を口にするとリリアはすぐに顔を背けたが、後ろから見える耳が真っ赤になっていたのでどうやら照れているらしい。リリアの肌は元々白雪のような色をしているので主に染まったそれは尚更目立っていた。
「でもリリアも怖かったなんて知らなかったよ。俺の勝手な想像だけど、敵に対してはもっと冷徹なイメージがあったから。でもリリアも同じなんだって思ったらなんかちょっと安心した」
「え?」
「ん?」
「あ、あぁ……いくら魔王といえど怖いに決まっている。初めては滅茶苦茶痛いと聞いているしな」
「え?初めて?」
「え?」
俺とリリアとの間に妙な沈黙が広がった。
しばらくじっと見詰め合っていると、得心がいったというようにリリアがぽんと手を打った。
「あ、あー!そっちか!」
「ちょっと待ってそっちって何!?あなた今何の話をしてたの!?」
「え?あぁいやそれはだな……」
珍しくリリアが言い淀む。その態度を見て確信した。今こいつあらぬ事を考えていたな!?こっちは物凄く真面目な話をしていたと思っていたのに!!
リリアを詰問しようとしたその時、俺達の背後から何かが走ってくるのがわかった。
――まずい、長居しすぎたか!?
そう思ったのも束の間、まだまだ遠くだと思っていたはずの足音は一瞬で俺達の背後まで到達していた。何かわからないがとにかく速い。逃げる暇も無かった。
だが、すぐに逃げる必要はないと悟る。
「やっと……!見つけた……!」
俺達の目の前でぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す少女。息をつくたびに特徴的なポニーテールも一緒に揺れていた。
見間違えるはずも無い。そこに立っていた女子は、さっきばあさんの家で別れたはずの天乃瀬だった。
「お前、どうしてここに?」
少しすると呼吸も楽になってきたのか、顔を上げた天乃瀬は勝気そうな笑みを浮かべて言った。
「決まってんでしょ。あたしも一緒に行く」
「お前なんかいらん。ただの足手まといだ。さっさと帰って天国だろうと地獄だろうと好きなところへ逃げるがいい」
即答したのはリリアだ。知らない人間に対しては本当に辛辣だった。天国だろうが地獄だろうがってそれどっちにしても死ねって言っているのと同じじゃねぇか。
さっきボコボコにされたせいか、天乃瀬はリリアの言葉に一瞬ビクッと体を強張らせたが、腕を組むと余裕の表情を作りだしてリリアを見下ろした。天乃瀬の方が身長が大分高いので必然見下すような格好になる。
「なんであんたの言うことをあたしが聞かなきゃなんないのよ。それに足手まといだってんならそっちの男の方が足手まといじゃない。あたしの十分の一の能力値も無いのよ?」
「清之介ね!佐藤清之介!さっきばあさんの家で名乗ったばっかりだよね!?」
「あんたみたいなモブの名前いちいち覚えてない」
「その台詞はさっきも聞いた!佐藤だよ!?日本でこれほど有名な苗字ないよね!?」
「あぁもううっさい、ちょっと黙っててくれる?」
ガチ目の低いトーンで言われる。あぁこれ本気で面倒くさいと思ってるやつだ。これだから陽キャとは相容れない。睨まれると怖いし。
でも黙っててと言われたリリアの気持ちが少しわかったかもしれない。結構クるものがある。これからはあまり言わないようにしよう。
仕方ないのですごすご引き下がって二人の会話を見守る。
「あんたが強いのはわかった。子供扱いしたことも撤回する。でも、あたしだって言われっぱなしじゃ気がすまないのよ。口先だけとか、見かけ倒しとか、何も知らないあんたに好き勝手言われたまま逃げることなんて出来ない。そんなのはあたしのプライドが許さない」
「知らん」
心底興味無さそうに一蹴するリリア。
あれだけ酷いことを言われた天乃瀬の心境はわからないでもないが、多分馬の耳に念仏だろう。そもそもリリアは聞く耳すら持っていない。
それにリリアの中での天乃瀬の評価はおそらく興味ないよりもさらに下、敵かもしれないくらいに位置づけられているはずだ。興味のないものに対しては徹底的に無表情なリリアの顔がちょっと曇っているのがそれを物語っている。
「それに、あたしだって……仲間を助けたいって気持ちはあるのよ。後悔も、もうしたくない」
天乃瀬の鋭い視線が俺を射抜く。怖い。いや違う違う、怖がってる場合じゃない。
「でもいいのか?相手は俺達と同じ人間だ。もしも戦うことになれば傷つける必要だって出てくる。最悪――殺さなきゃいけなくなるかもしれない」
エスレルの森での惨状が頭に浮かんだ。
殺すという単語に、天乃瀬は一瞬だけ口を噤んだが目を逸らすことは無かった。
「……覚悟はしてきたわよ。出来ることなら戦いたくないけど……でもそうしなきゃみんなを助けられないって言うならやるわ。それにあたしは護身用に武術を習ってたから対人戦は慣れてる」
リリアに放った回し蹴りを思い出す。あの洗練された動きはそのためだったのか。召喚組だから能力値の高さは折り紙つき。仲間になってくれるというのならありがたい限りだった。
「わかった。じゃあ一緒に行こう、天乃瀬」
「キヨノスケさん!?」
驚きが隠せなかったのかさん付けで俺の名を呼ぶリリア。
確かにリリアがいてくれれば陽ノ守達の救出は出来る。でもやっぱり多勢に無勢となればピンチの確率はぐんと上がる。その時に一人でも多い方が何かと対処もしやすい。
「今は仲間は一人でも多いほうがいい。召喚組である天乃瀬の能力は間違いなく高い。きっと助けなってくれるはずだ」
「……キヨノスケがそう決めたのなら我に反論などできるわけもない。だがそ奴の面倒までは見きれないからな」
しぶしぶといった感じだったがリリアも承諾してくれた。そんな俺達を見て天乃瀬が呟く。
「ほんと、あんたらって一体どういう関係なわけ……?」
こうして救出作戦の仲間に新たに天乃瀬が加わった。
天乃瀬いづる(あまのせいづる)
レベル1
H P・・・2003(300)
M P・・・1281(100)
攻撃力・・・711(50)
防御力・・・316(50)
素早さ・・・881(50)
魔法力・・・252(20)
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