第27話 王の思惑

 地下室からの階段を登ると、ばあさんが無言で後をついてきているのがわかった。階上にて立ち止まる。


「アタシに聞きたいことがあるんじゃないのかい」


 ばあさんは俺の心を見透かしているようだった。そのあたりはさすがに元神官といったところなのか、それとも俺がわかりやすいだけなのか。元いた世界ではお前は顔に出やすいといわれていたので多分後者だろう。


「ばあさんは森で何があったのか知ってたんだよな?」


「……ああ、知っていた。アンタと一緒に行ったガキ共が何をしてしまったのかもね」


「知ってたならどうして止めてくれなかったんだ?もし行く前に止めていてくれたら、陽ノ守たちは……」


 人を殺すようなことはなかった。そういいかけて、やっぱり口に出すことは出来なかった。

 自分とは違う他人を殺す。そこにはその人なりの人生があって、夢があって、守りたいものがあって、守りたい人がいて。そしてきっと、生きていてほしいと願う人たちがいる。ポケットの中に入っているロケットに触れる。写真の中で笑っている顔と、死体となった絶望の顔が交互にフラッシュバックする。あの光景を、あの惨状を、この手で作り出してしまったのなら俺は正気でいられる自信がない。


 でも、鈴木達はそれをしてしまった。自らの意志ではないとしても、きっと心には大きな傷を負ったはずだ。自分は人殺しであるという罪を、これからあいつらは一生背負って生きていかなければならない。この世界において何かを守るために人を殺すことが普通であるとしても、俺達はこの世界の人間じゃない。きっとその罪の意識はその心に重くのしかかっていることだろう。


 ばあさんは少しだけ間を置いた。何を話すべきか考えていたというよりかは、心を落ち着かせているように思えた。


「止めることは出来なかった。いくなと言ったところで誰がこんな老いぼれの話に耳を貸すと思う。突然半魔人だ何だと説明されたところで、あの時装備を買いに来たお前が信じたと思うか」


「……いや」


 陽ノ守と装備を買いに来たとき、もしもばあさんからその話を聞かされていたとしても、俺はきっと耄碌したばあさんがボケて意味のわからないことを言っていると考えて信じることはなかっただろう。それはきっと鈴木達も同じだ。

 だからばあさんを責めるのは筋違いなんだろう。そんなのただの八つ当たりでしかない。むしろ助けようという気持ちがあったことは、天乃瀬たちをここに匿っていることが証明している。それはわかっているのに、やりきれない気持ちを抑えることが出来ない。

 そんな俺をどこか優しげな瞳で見つめながら、ばあさんは続けた。


「アンタ達みたいに異世界から来た人間は優しすぎる。人を殺すことを良しとせず、誰かの為に命を懸けようとする。でもだからこそ利用されてしまう。王はそれをわかっているんだよ」


 俺の口から乾いた笑いが漏れた。

 なんというか、本当に馬鹿馬鹿しい話だ。召喚されて、国の為に、民の為に、魔王を打ち倒してくれといっていたあの王の言葉は全て嘘だったんだから。そしてそれを何の疑いもなく信じてしまった自分の浅はかさも。憧れていた異世界に転移できて浮かれていたあの時の自分をぶっ叩いてやりたいが、そんなことを考えることさえもただただ虚しいだけだった。


「王は半魔人にしてどうするつもりなんだ?魔王軍と戦うのか?」


 ばあさんは首を振った。


「いいや、違う。この世界にはダラリス帝国の他にも帝国に匹敵するほどの巨大な王国やそれに連なる小国がいくつもある。それらを全て支配し、手中に収めるのが目的だろう」


「でもいくら能力が高い人間を半魔人化させて強くさせたとしても、大国を覆すほどの戦力だとは思えない。それほどまでに半魔人ってのは強いのか?」


 喚び出された人数は四十名。俺を除けは三十九名だ。大国ともなればその兵力は何百万何千万という単位だろう。たとえ個々が一騎当千の力を持っていたとしても、その戦力差は埋められるようなものではないように思える。


 すると、ずっと後ろで黙って引っ付いていたリリアが顔を覗かせて言った。


「簡単だ。数が足りないのであれば増やせばよい」


「増やすって……」


 そして、思い出す。

 森で逃げ惑う俺を追ってきた兵士達。リリアはそいつ等のことを何と呼んだか。

 ――半魔人。普通の人間では魔物の血に耐え切れずに死に至る。特別な高い力を持つ人間だけがそれに耐えることができる。じゃあどうしてあの兵士達は半魔人になれたのか。答えはたった一つしかない。


「キヨノスケ達のほかにも、多くの人間を召喚してきたのだろう?この国は」


 リリアの言葉に、ばあさんは頷いた。


「……そうだ。召喚されてきた人間はアンタ達が初めてじゃない。これまでに何十組もの勇者と呼ばれる者たちが召喚され、そしていつの間にか消えていった。理由はお察しのとおりだ。多くは魔物の血に耐え切れずに死んだが、運よく生き残った者は今もなお呪縛によって言いように傀儡にさせられている」


「そんな……許されるのか?どうしてこの国の人は誰も何も言わないんだ?」


「これは城の中でも限られた人間だけが知っている話だからね。勇者達が突然消えたところで魔王軍と戦い散っていったと言えば国民は誰も疑わない。それに国王の力はあまりにも強い。逆らうような者がいれば人知れず闇に葬られる。これはこの国の根幹を揺るがす暗部だからね」


「そしたらばあさんも危ないんじゃないか?俺達を助けるような真似して」


 あまつさえ俺達を助けるようなことをしているばあさんが、非道な行いを平気でする国王を相手にこれから先無事でいられるとは思えない。さっきの兵士達の様子からしてまだ動きはないようだが、時間の問題だろう。


「……そうだね。まぁ、ここで生活することはもう出来ないだろう。なんにせよアタシは老い先短い老人だ。早いかどうかの違いしかない」


 その言葉を聞いて嫌でも理解してしまう。

 ばあさんは気付いているんだ。俺達を助けることで自分がこの先どうなるのかを。自分が――殺されることを。


「わからないねぇ。どうして今日出会ったばかりのアンタがそんな顔をするんだい。短い期間とはいえアタシも王の計画に加担していた。さっきみたいに責められこそすれ、同情されるような謂れはないはずなんだけどね」


「責められるわけないだろ。ばあさんだって今日出会ったばかりの俺達を助けようとしてくれてるんだから」


「……さっきも言ったがこれはアタシにとっての贖罪のようなもんだ。これまで助けられなかった奴等に対するね」


 するとばあさんは俺が装備している暗殺者装備と、腰に刺さっている確率剣を一瞥した。


「アタシがまだ神官をやっていた頃の話だからもう十年ほど前になるか。王の前に、自らを勇者と名乗る坊主が現れた。城の警備を掻い潜り王の前に突然姿を現した坊主を兵士達は躍起になって捕まえようとしたが、なぜか捕まらない。理由はその天性のにあった。呆気に取られたね。何せ全て勘で避けられるんだから。そして坊主は兵士の攻撃を掻い潜りながら王を真っ直ぐに見つめて言った。『どうして人を殺すのか。それは人としてやっちゃいけないことだ』とね。目が覚めるような思いだった。子供なりの陳腐な言葉だったけど、確かに心に響くものがあった。あんな子供でもわかっていることを、どうしてアタシはやっているんだと思った。その時アタシは神官を辞めることを決めたんだよ」


「その子供は?」


「殺されたよ。王が直々に手を下した」


 するとばあさんはおもむろに確率剣の柄を握り、躊躇いなく引き抜く。

 刀身は現れなかった。


「この確率剣は坊主が装備していたものだ。アタシがこっそり回収して保管しておいた。その暗殺者装備も坊主が着ていたものと同じもの。当然大きさは違うけどね」


 だとすればその少年も俺と同じように能力値が低かったのだろうか。いや、きっと低かったんだろう。でなければ防御力が皆無の暗殺者装備や、運次第でしか発動しない剣なんて装備しない。


「アンタはあの坊主に似ている。能力値の低さから運の良さまで。だからその装備を託した。あの坊主のように、何かを変えてくれるんじゃないかと思ってね。まぁまさか魔王を仲間に引き入れてくるとは思いもよらなかったが。その点で言えばあの時の坊主よりも運がいいのかもしれないよ、アンタは」


 ばあさんは短く息を吐くと確率剣を鞘に収めた。そして改めて俺を――リリアを見る。


「仲間を救うためにはまず罪人の呪縛を解かなければならない。その魔法をかけたのはおそらく王だ。王を倒さぬ限りお前達が呪縛から開放されることはない。だがそれは同時にこの国の柱を瓦解させることを意味する。今の強い帝国があるのは、現国王が何者にも負けない強さを持っているからだ。その王が倒れることになれば、他国がその隙を逃すはずが無い。そうなれば国民も無事ではすまなくなるだろう」


 陽ノ守たちを助ければ国民の命が危険に晒される。逆に国民を想うのなら陽ノ守達を諦めなければならない。

 ばあさんの言葉に心臓がどくんと撥ねた。そんな俺の様子をみてばあさんは首を振る。


「脅したいわけじゃない。アタシが言いたいのは、例え国が攻められることになったとしてもそれはアンタ達のせいじゃないってことだ。因果応報。人間の道に外れるようなことを始めなければ、そもそもこんなことにはならなかったんだからね。だから、アンタは真っ直ぐに仲間を助けにいきな」


 そしてばあさんは俺に向けていた視線をリリアに向ける。


「魔王よ。人間の敵であるお前がどうしてこやつに心酔しているのかはわからない。だがもしも本当に手を貸してくれるというのであれば、そ奴の仲間を助ける手伝いをしてはくれんか」


「お前の願いなど知らん」


 ほぼノータイムでの返答、一蹴だった。ある意味ぶれないといえばそれまでなのだがあまりにも無慈悲な答え。


「我はキヨノスケの願いを叶えるだけだ。そしてきゃっきゃうふふのご褒美を貰いたいだけだ」


「おいいつ誰がきゃっきゃうふふのご褒美をやるなんて言った」


「言ってないのか!?」


「言ってねぇよ!!あなたの耳に俺の言葉はどこまで伝わってるの!?鼓膜の手前で引き返してるんじゃないの!?」


 そんな俺達の様子をあきれたように見てから、ばあさんは懐からなにやら指輪のようなものを二つ取り出した。


「これは?」


「魔力を感知されないようにする効果が付与されている指輪だ。神官をやってるような奴の中には悪しき存在を視ることが出来る奴もいる。それが魔王ともなれば一瞬で気付かれてしまうだろう。一つは魔王に、もう一つはお前にくれてやる」


 なるほど、だからばあさんはリリアを見た時にすぐに魔王だと気付いたのだろう。あれ、でもそうするとどうして俺にまで?俺の魔力はゼロ。言ってて悲しくなるけど指輪をしたところで意味はない。


「微かだがお前の胸の内側辺りに魔王の気配を感じる。理由は聞かないが、普通の人間が出していい気配じゃないのは確かだからね」


 慌てて心臓の上を押さえるが今更意味は無いだろう。というか手で押さえて治まる気配だったらそもそも気付かれていない。まさか魔王の心臓と繋がっているとは思っていないだろうが、万が一俺がばあさんに刺されでもしていたらと思うとぞっとした。

 なんにしてもそれを隠す装備をもらえたことは非常にありがたい。


「あ、ありがとう、ばあさん」


 お礼を言ってリリアに渡すために振り返ると既に手が差し出されていた。左手の甲を上にして、どうしてか薬指だけがその存在を強調するかのようにピンと伸ばされている。

 見なかったことにして俺はそのまま指輪を手の甲に乗せた。


「なぜだ!?なぜこうも嵌めやすいようにピンと伸ばされている指がここに存在しているというのに、どうしてキヨノスケはわざわざバランスの悪い甲に乗せるような意地悪をするんだ!?」


 なんとなくそんな返しが来るのは予想できていたので、俺はさらりとCOOLに返す。


「ばっか、他人からのもらい物をそこに嵌められるわけないだろ?OK?」


「OK、OK!!」


 ちょろい。ちょろちょろである。あまりにもちょろすぎて悪い人に騙されないか心配になる。

 機嫌を取り戻したリリアは右手の薬指に嵌めたようだった。


「ふふ、キヨノスケとペアルック……ふふ、ふふふふふ」


 近頃の魔王様はわりと俗っぽい考え方をするらしい。俺は首かけネックレスにしておこう。


「すぐに向かうのかい?」


「あぁ。暗い内の方が目立たずに動ける。それにこの装備が真価を発揮するのも夜だしな」


 暗殺者装備を指して笑うと、それもそうだねとばあさんは頷いた。


「地下にいるあいつ等は夜のうちにどこか遠くへ避難させる。だから安心して行ってきな。高名な神官様があんたの無事を祈っといてやるよ」


神官様だろ?」


 そうして俺とリリアはばあさんの家を後にした。

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