第26話 こんがらがる

 だが、待てども待てども同意する言葉が返ってくることはなかった。最も仲間想いであるように見えた田中ですら苦々しそうに顔を俯けている。誰か一人は乗ってくるだろうと思ったので拍子抜けだった。一人で滑ったみたいになるのでちょっとやめてほしいんだけど。勇気出した陰キャが無視されるとか一番辛い奴ですよ?


「ど、どうしたんだ?お前等の仲間だって三人連れてかれてるんだろ?じゃあ助けないと……」


「ごめん、佐藤君。それはできそうにない」


 俺の背後でばあさんが大きく息を吐いたのがわかった。まるでこうなることがわかっていたとでも言うように。

 田中が続ける。


「そもそも僕達は戦うのが嫌だっていうメンバーが集まって出来たグループなんだ。能力値は高いかもしれないけど、戦う覚悟がない。だから鈴木君達みたいに率先して戦うことはできそうにない。さっき兵士に剣を向けられたときも怖くて動けなかった。だから……」


「でも俺達がやらなきゃみんな化け物にされる!いいのか!?みんな俺達が来るのを待ってるんだぞ!?」


 つい声が大きくなってしまう。それでも助けに行こうという声をあげてくれる者は誰もいなかった。

 

「……ていうか、何一人で勝手に熱くなってんの?何もできないくせに」


 天乃瀬だった。その声には明らかな苛立ちが含まれている。でも、それはどうやら俺に対してだけのものではないようだった。ぐっと力強く握りこんだ拳を震わせながら吐き捨てるように言う。


「そもそも鈴木君達が捕まったってのにどうしてあんただけ捕まらないで逃げてこれたわけ?一番弱いはずのあんたが」


「それは……」


 俺だけが逃げられた理由は『罪人の呪縛』に囚われなかったことと、リリアが助けてくれたからだ。でもそれらを説明するには鈴木達が人を殺したことやリリアの持つ力について説明しなければならないが、どちらも安易に口にしていいことじゃない。リリアの秘密については特に。

 結果的に口を噤んでしまった俺に、天乃瀬の鋭い視線が突き刺さる。

 

「なんかきな臭いのよね。もしかしてあんたがあたし達を嵌めようとしてるんじゃないの?あんたモテなそうだし、その子をあてがう代わりにあたし達を売るように言われたんじゃないの?」


「そんなわけないだろ。俺だって殺されそうになって命からがら逃げてきたんだ。リアと出会ったのだってただの偶然だ。鈴木達を助けられなかったのは……確かにそのとおりだけど」


「助けられなかった?助けようとしなかったの間違いじゃなくて?」


 徐々にヒートアップしていく天乃瀬。

 最も弱かったはずの俺だけが助かり、俺よりも遥かに強かったはずの鈴木達が捕まっていることは天乃瀬の目には相当怪しく映っているのだろう。疑心暗鬼にならざるを得ない今の状況ではそれも仕方ないのかもしれないが、それとは別にどうやら俺は徹底的にこいつに嫌われているらしい。

 田中が間に入って天乃瀬を諫めてくれる。


「落ち着いて天乃瀬。そもそも佐藤君も僕達と一緒にこの世界に飛ばされてきたんだからそんなことできるわけないじゃないか」


「わかんないじゃないそんなの。だってこいつ異世界について詳しいなんでしょ?」


 田中は擁護してくれているが、グループの中心である天乃瀬の言葉には適わない。俺を敵視しようとする空気が部屋全体に広がっていくのを感じた。


 どうしてこうなってしまうんだろう。とてつもない脱力感を感じる。

 言い争いたいなんてこれっぽっちも思ってないし、悪い関係になりたいとも思っていない。俺はただ陽ノ守達を助けたいだけだ。でも、まるでぐちゃぐちゃにかき回した糸のようにこんがらがってしまう。一箇所が絡まると解く前にまた別の箇所が絡まる。そうして結局解けなくなってしまうのだ。

 それが面倒くさいから俺はいつも解くのを諦める。そもそもその行為にあまり必要性を感じていない。絡まったら捨てて新しいのを用意すればいいだけなのだから。

 

 残りの召喚組の力を借りることは前々から考えていた。能力値はみんなトップクラスに高い。力を合わせれば何百もの兵士にだって引けは取らないだろうと思っていた。

 でも、ここにきてやっぱり俺達は普通の学生なんだと思わされる。武器を握ったこともなければ誰かを傷つけたこともない。暴力沙汰が起こればすぐに警察に通報するよう教育されている法治国家の出身だ。多分一般的な感覚から言えば田中達が正しい。助けにいきたいという気持ちはあっても、殺される可能性があると知れば普通は動けない。人の死を目の当たりにした今、怖いという思いは尚更強く心に根付いてしまっている。


「こいつにそそのかされて捕まりでもしたら目も当てられないわ。弱い奴は弱い奴らしく逃げてるのがお似合いなのよ」


 吐き捨てるように言う天乃瀬。でも怒りは湧いてはこなかった。

 だが怒りが湧いてしまった人物が一人いたらしい。


 いつの間にやら俺の前にリリアが立っていた。嫌な予感がして止めようと手を伸ばすが、俺がリリアの肩を掴むよりもリリアの毛が天乃瀬に飛ぶほうが速かった。


 パシィンッ!!


 まるで鞭で叩いたかのような音が地下室に響く。天乃瀬はもちろんのこと、田中も俺も何が起きたのかわからなかった。

 飛んでいったのは紛れもなくリリアの眩いばかりの金髪だった。それが束をなして天乃瀬の頬を打ったのである。近頃の魔王は髪の毛も自在に操れるらしい。便利ですね。


 しばらく呆然としていた天乃瀬だったが、頬を叩かれたことを理解すると激昂した顔でリリアを睨みつける。


「あ、あんた……何すんのよ……!っていうか今何したの……!?」


 リリアはそんな天乃瀬を無視して俺の方を見てやってやったぜみたいな顔をした。どうやら喋るなという俺との約束を律儀に守ろうとしてくれているらしく、顔で感情を伝えてくる。確かにわかりやすいけど。

 そんなリリアの舐めきった態度に、天乃瀬の怒りのボルテージはぐんぐん上昇していく。


「ちっこい子供だと思って大目に見ぶへっ!?」


 天乃瀬が喋った瞬間、再びリリアの髪の毛が頬を打った。すぐにリリアが振り返って手で首を切るような動作をする。殺していいか聞いてきているようだったがいいわけねぇだろ。その様子を見て天乃瀬がまたさらに怒る。

 放っておいたらいつまでもループしそうなので、リリアに喋ることを許可すると開口一番天乃瀬へと言葉を投げた。


「我は子供ではない。お前が数千回輪廻転生したところで追いつくことも出来んぞ」


「は、はぁ?何言ってんの?ホントに頭おかしいんじゃあふんっ!」


 髪の束が足の脛をしたたかに打ち、天乃瀬はその場で膝を付いた。


「頭が高いぞ人間が。お前のような弱っちい虫けらは地を張っているのがお似合いだ」


「なんであんたにそんなこと言われきゃなんないのよっ!!」


 そう叫ぶなり天乃瀬は左手を地面に押し付けて軸にし、伸ばした右足を横なぎに払う。能力値が高いおかげなのか元々天乃瀬の運動神経がいいのかはわからないが、洗練された動きに淀みはなかった。リリアの無防備な足目掛けて天乃瀬の長い足が迫る。


 パン!!


 だが、風船が割れるような豪快な音と共に吹っ飛んだのはリリアではなく天乃瀬の方だった。予想はしていたがリリアには絶対防御がある。たとえどんな攻撃でも無効化してしまう上、天乃瀬の足が当たる瞬間にリリアが自ら足を当てに言ったのでさっきの大きな音に繋がったらしい。

 天乃瀬の足がひしゃげていないか心配だったが少し赤くなっている程度だった。防御力もあるのだろうが、さっきの髪の毛といいリリアは手加減してくれているらしい。わざわざ足を当てにいったあたり本心が見え隠れしているが。


 明らかに体格差のある天乃瀬が吹っ飛んだ光景に、俺とばあさんを除く全員が目を丸くしていた。このぐらいでは魔王だとは思わないだろうが一応弁解しておこうと口を開こうとするも、天乃瀬が声をあげる方が少しだけ速かった。


「な、なんなのよあんた……!化け物……?」


「ふん。舐めた口を叩く割には全く大したことないではないか。人間はそういう者のことを口だけとか見掛け倒しとかいうのだろう?まさにお前にぴったりの言葉だな」


「そんなこと……!」


「何度でも言ってやろう。お前は口先だけの虫けらだ。どれだけ強い言葉で取り繕おうと、虫けらの薄っぺらい言葉などただ聞くに堪えんだけだ。口ばかり動いて体を動かそうともしないお前など、命を懸けて我を助けてくれたキヨノスケの遠く足元にも及ばない。わかったらその不快な口を二度と我の前で開くんじゃないぞ」


 手でも口でも一方的に天乃瀬を打ち負かすと、リリアはすぐに興味を失ったかのように俺の腕を取った。

 おそらくリリアは俺の為に怒ってくれたんだろう。いや、さっきの淡々とした口ぶりからするに怒るほどの興味を天乃瀬に持っていたわけではないのだろうが、それでも嬉しかった。手をリリアの頭に載せると、くすぐったそうに目を細める。


「なんだこれは?まさか求婚か!?」


「違う。こんな軽い行為で求婚してることになってたまるか」


「なんだ……」


 相変わらず頭のネジが三十本くらいぶっ飛んでいるようなリリアの発言だったが、今はどこか安心している自分がいた。

 ともかく天乃瀬たちに協力を要請することは出来そうにないとなればもうここにいる必要はない。階段に足を向けると、田中が慌てた様子で声をかけてくる。


「待ってくれ佐藤君。まさか本当に一人で鈴木君達を助けに行くのかい?」


「行くよ。それに今はもう一人じゃない」


 リリアを差して言う。さっきの天乃瀬の一件を見たからか、田中のリリアを見る目はどこか畏怖めいていた。


「でも相手は人間なんだよ?怖くないのかい?」


「滅茶苦茶怖いよ。相手したくないし、出来ることならこのまま逃げたい。でも、陽ノ守達が化け物にされるほうがもっと怖い。それにこのまま何もしないで見捨てたらきっと後悔する。だから俺は陽ノ守達を助けにいく」


「そうか……引き留めてごめん。さっきその子が言っていたように、僕は口先だけだ。グループの仲間なのに、助けたいって思ってるのに、体が動いてくれない。軽蔑してくれていいよ」


「まさしくその通りだな。お前もさっきの生意気な小娘と同じく口先だけの無視「ちょっと静かにしててくれリリア」はい」


 田中に向き直り、その目を真っ直ぐに見つめる。


「こんな俺に言われても信用できないかもしれないけど、他の三人も一緒に助けてくるよ」


 そう言うと、田中は力のない笑顔を作って俺を見送った。

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