第25話 状況報告

「とにかく俺達はお前が想像しているようなやましいことはなにひとつしていない。至って健全な間柄だ」


 戻ってポニテ女子にそう弁明するが、まるで汚物を見るような冷めた目は戻ることはなかった。


「ここまでにしておこう天乃瀬。今は僕達で言い争っている場合じゃない」


 すると俺とポニテ少女の間に一人の男子が割って入ってくる。

 学生服を来ているので俺と同じ召喚組の中の一人であることは間違いない。背丈は165センチほどで中肉中背、整った中世的な顔立ちをしているが鈴木には一歩及ばないといったような、特出した特徴のない男子だった。

 その男子の言葉に天乃瀬と呼ばれたポニテ少女は不服だというように口をへの字に曲げたが、それ以上言葉を口にすることはなかった。


 天乃瀬がとりあえずの敵意を収めたのを確認して、その男子は俺に向き直り片手を差し出してくる。そして向けられた人を安心させるような柔和な笑みを浮かべた。


「悪かったね。色々あってみんな不安なんだ。天乃瀬も少し気が立っていたんだと思う。悪い奴じゃないんだ、許してほしい」


「どうして田中君があたしの代わりに謝んのよ」


「さっきのは明らかに言いがかりだよ。きっと佐藤君には佐藤君なりの事情があるんだ。憶測で物事を決め付けて悪者にするのは良くない。それにさっきも言ったけどここで争ってる場合じゃないだろ?今は一人でも仲間がいてくれたほうが心強い」


「……ふん。そんな奴がいたところで何か変わるとは思えないけど」


 だが、口調とは裏腹に天乃瀬はそれ以上食い下がることはなかった。

 

「そういえばまだ名乗っていなかったよね。僕の名前は田中誠司たなかせいじ。田中でも誠司でも、どちらでも好きなほうで呼んでくれて構わないよ」


 敵意のない、ともすれば稀代の親友に向けるような親愛すら感じさせる優しげな田中の笑顔に俺は自然と後ずさってしまう。

 直感した。こいつはコミュ力の鬼――クラスに必ず一人はいる男子にも女子にも受けのいいポジションにいる男だ。その明るい笑顔にきっと数多くの男女が落とされてきたのだろう。百戦錬磨のボッチを貫く俺もつい気を許してしまいそうになる。


 かといって差し出された厚意を無碍にすることも出来ず、おずおずと手を差し出すと、田中は自ら率先して両手を差出して握り返してきた。軽く握りこまれたその手がどこかひんやりと感じられたのはなんとなく田中の笑顔に気後れしてしまったせいだろう。

 

 このまま田中の雰囲気に飲まれ続けるのもなんだか悔しかったので、俺は気合を入れて言葉を返す。


「俺は佐藤清之介だ」


「よろしく、佐藤君。君の後ろにいるその子は?」


 田中が俺の後ろに隠れているリリアに目を向ける。


「ああ、こいつはリ……」


 言いかけて止まる。

 さすがに名前そのままにリリアと紹介するのはまずい。田中を含めた周りの学生達の様子からみてもリリアが魔王であると気付いている奴はいないようだったが、魔王と同じ名前では多少なりともおかしいと思うはず。

 少しだけ考えてから答えた。


「ええと……リアだ。街の外で魔物に襲われているところを偶然助けたんだ」


 背後でリリアが俺の服を引っ張るのがわかったが、さっきの約束どおり口を開くことはしてこない。多分名前が違うのが不服なのだろうが、とにかく今はごまかすしかない。


「あんたが助けた?そんなことほんとに出来んの?弱いくせに」


 案の定天乃瀬が疑惑の目を向けてくるが、田中は全く疑っていないようでそうかと頷くと恐れることなくリリアにも手を差し出した。子供好きのする優しい声音で語り掛けるように言う。


「俺は田中誠司。よろしく、リアちゃん」


 だがリリアは反応すらしなかった。俺の腰にぴったりと抱きついたまま動こうともしない。背中が妙に温もっているので多分匂いを嗅いでいるんだろう。この野郎……。頭にチョップを叩き込んでやりたくなるが、本人にダメージがないとは言え少女を叩くという行為をみんなに見られるのは色々まずい。

 田中は照れているだけと思ったようで、気を悪くするどころか柔和な笑顔を崩すことはなかった。

 ともかくリリアが魔王だとばれている様子はないようでほっと胸を撫で下ろす。だがあまりリリアに注目されてもいいことはない。話を変えることにした。

 

「それで、田中達はどうしてここに?」


「うん、それなんだけど……」


「アタシが連れてきたんだよ。こいつらが捕まる前にね」


 後ろで傍観していたばあさんが割って入ってくる。


「捕まる前って……」


「今のアンタ達はこの国に追われる身だ。森に行って戻ってきたアンタならよくわかっているだろう?」


 その言葉に心臓が飛び跳ねた。

 あの森で何が起きたのか、それを知っているのは当然あの場から帰ってきた俺とリリアしかいないはず。でもそれを知っているということは、ばあさんは俺達が森へ出発する前からそのことを知っていたということにほかならない。

 それを追求する前に、田中が声をあげた。


「そういえば佐藤君は鈴木君達のグループと一緒に森へ向かったはずだよね?鈴木君達はどうしたの?まさか、魔物にやられたってわけじゃないよね?」


「……鈴木達は一人残らずこの国の兵士達に捕まった。魔王軍の討伐の依頼自体が俺達を捕まえるための罠だったんだ」


 森の中で何が起きたのかは説明することはできなかった。いくら罠に嵌められたからとは言え、鈴木達が人間を殺してしまったことを口にするのは憚られた。

 田中は特に言及することもなく、単純に驚いているようだった。


「そんな、鈴木君達も……?」


「も?もってどういうことだ?」


 聞き返すと、田中は悔しそうに俯いて拳を握りこむ。


「僕達のグループからも三人、どう考えても言いがかりでしかない罪を一方的に着せられて捕まったんだ。残りのみんなも同罪だって言われて捕まりそうになったところをそこのおばあさんに助けてもらったんだよ」


 ばあさんを見ると、小さく頷いて答えた。

 さっき家に兵士が押しかけてきたとき平然と追い返したのもそうだが、兵士達に言い寄られている田中達を救うこともできるとなるとこのばあさんは間違いなくただの装備屋の店主じゃない。

 

「そうなると、ここにいる僕達以外は全員兵士に捕まったってこと?でも、どうしてそんなこと……」


 『罪人の呪縛』で言いなりにし、能力値の高い半魔人を作り上げる。

 森から出た時にリリアが語ってくれた内容が頭を掠めた。リリアは憶測と言ったが俺の中ではほとんど確信に近いものがある。


 するとずっと黙り込んでいたばあさんが口を開いた。


「あんた達が異世界から召喚された理由は魔王を倒すことじゃない。能力の高いあんた達を魔物化させて、半魔人軍団を作ることにある」


「は?半魔人軍団?何言ってんの?」


 突然そんなことを言われてピンと来るわけもない。天乃瀬が意味がわからないといったようにばあさんに問い返していた。

 対して俺の額から嫌な汗がじんわりと吹き出るのがわかった。ばあさんの言ったことがリリアの想像通りの内容だったからだ。

 そしてその後も『罪人の呪縛』やその効果、そしてそれを使って国が俺達に何をしようとしていたのか、リリアが言っていたことそのままの言葉をばあさんが語る。


 あれだけ威勢のよかった天乃瀬も、話を聞くなり自らの右手の甲を見つめながら絶句していた。田中を含めた他の連中も驚きを隠せていないようだ。


「それってつまり、罪を犯した時点で国の言いなりにされちゃうってこと?で、半魔人とかいう化け物にされちゃうってこと?なにそれ、意味わかんないんだけど……!?ていうか、そもそもどうしてそんなこと知ってるわけ?まさか……!」


 興奮気味の天乃瀬がばあさんを睨みつける。だがばあさんは至って冷静だった。


「アタシは元々この国に仕える神官だったのさ。だからある程度の内容も知ってる」


「……いや、信じられない。あんたもあたし達を陥れようとしているんじゃないの?ここに集めて、逃げられないようにしてるんじゃないの!?」


「国を挙げて人道に反するようなことが行われていると知ってしまった以上、あそこにいることは出来なかった。だからもう国とは繋がっていない。信じてくれなんて微塵も思ってもいないし、あんたらがどう捉えようとも構わないが本当のことだ。あんた達を助けたのはちょっとした贖罪みたいなもんだ。逃げたいと思う奴は勝手に出て行きな。外に出て兵士に見つかりでもすればそのまま牢屋行きだろうけどね」


 ばあさんが元々国に仕えていた人間ということなら兵士達のあの態度も納得がいく。現役を退いているとは言え神官だったとなれば、懺悔やらなにやらで知られたくない情報も掴まれているのかも知れない。逆らえないわけだ。


 田中がばあさんの言葉に続く。


「そうだよ天乃瀬。そもそも僕達を兵士に突き出すつもりならわざわざ助けたりしない。放っておけば武器を持っていなかった僕達は抵抗できなかったんだから」


 さすがの天乃瀬も黙り込むしかないようだった。天乃瀬が落ち着いたのを見て、田中が話を戻す。


「じゃあ捕まった三人や鈴木君達は、もう……?」


 その問いに、ばあさんは首を振った。


「いや、人間を半魔人化するのは容易なことじゃない。まずはその素体にあった魔物を見つけないといけないからね。まだ時間があるはずだよ。あるといっても悠長にしているわけにもいかないが」


 その言葉を聞いて安心している俺がいた。

 陽ノ守たちを助ける上での一番の懸念は時間だった。助け出す前に半魔人化してしまっては意味がない。だからこそ急いでいたのだが、少しは猶予が出来たということ。嬉しさの余り言葉が出てしまう。


「じゃあすぐに作戦を立てて助けに行こう」


 我ながら大それた事を言ってしまったと口にしてから後悔する。いつもだったらこういう時の俺は誰かが言い出すのを待ってから動くタイプだったはずなのに、嬉しさは人を時に大胆にさせてしまう。ふ、罪な奴だぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る