第24話 お尋ね者達
兵士達がいなくなると、家の中を静寂が包む。それを破ったのはばあさんの方だった。
「勘違いするんじゃないよ。別にあんたたちを助けようと思ってしたわけじゃない。ここで兵士達にあんた達を引き渡したところで怪我人が出るのは兵士達のほうだ。だから渡さなかった。ただそれだけさね」
本当にそれだけなのだろうかと、どうしてかそんなことを思った。
「ありがとう、ばあさん」
自然と口からお礼の言葉が出ていた。それを聞いたばあさんは鼻を鳴らして視線をそらす。
これ以上ここにいても仕方ないと思った俺は静かに立ち上がると、リリアを抱いたまま家を出るために扉に手をかける。ばあさんの一喝が効いたのか外に兵士達がいる様子はない。今なら誰にも見られずに逃げられるだろう。
「待ちな」
だが、扉を開こうとした俺の手がばあさんの言葉で止まる。
「そういえばさっきあんたはヒノモリを救いたいとか何とか言っていたね。あの言葉は今も変わっていないのかい」
「もちろん。そのために危険を冒してまで戻ってきたんだ。でもどうして今その話をばあさんがするんだ?」
俺が問い返すと、ばあさんは少しだけ考えてから言った。
「アタシがお前をここに招き入れたのには別の理由がある。まさか魔王をつれて戻ってくるとは思わなかったからこんなことになってしまったけどね。付いて来な」
そう言い残すと、ばあさんはさっさと家の奥へと入っていってしまう。
まさかこのタイミングで何か罠を仕掛けてくるとは思えないし、何よりどうしてばあさんが陽ノ守達の話しに食いついてきたのかも気になる。
俺はリリアを抱いたままばあさんの後についていくことにした。
「っていうかお前はいつまで舐めてんだ!何日も絆創膏を張ってたときみたいにブヨブヨになってるじゃねぇか!」
「この手から染み出るキヨ
「いくな!大体塩味ならわかるけど何キヨ味って!?キヨノスケ味の略!?何なのその気持ち悪い響き!気持ち悪いを通り越してもはやキモいわ!リリアキモい!キモリリア!」
「キモリリア!?そこはかとなく心に傷を負わせる響きだがでもキヨノスケに言われると不思議と悪くない!むしろもっと呼んでもらって構わないぞ!」
「お前達、少し黙ってくれんか……?あんまり阿呆な会話を聞かされると魔王だなんだと恐れ慄いていた自分が滑稽に思える……」
返す言葉もなかった。
―――
ばあさんの後に続いていくと、何もない真っ暗な部屋から続く地下室へと案内された。
そしてそこに広がっていた光景を見て俺は唖然とする。
「なんで、どうしてこいつらがここに……!?」
数名の男女がどこか疲れた様子で椅子に腰掛けていた。ほんの少ししか顔を合わせている時間がなかったので顔はほとんど覚えていなかったが、間違いなく俺と同じ日本から召喚された学生達だった。その証拠に見覚えのある学生服を未だに着用している。
城から追い出された後、俺達は大きく三つのグループに分かれた。最も人数の多かった鈴木率いるグループと、俺と陽ノ守の二人、そしてその他の学生達で作られたもう一つのグループ。どうやらその三つ目のグループのメンバーがここに集められているようだった。
突然の珍入者にどこか期待の篭った瞳が集まってくるが、入ってきたのが俺だと知るや否やあからさまに大きなため息をついて肩を落とす。何このアウェー感。すごい懐かしいんだけど。別に悪いことなんてなにもしてないのに謝りたくなっちゃう。
その中の一人、気の強そうなポニーテールの女子があからさまに棘のある言葉を投げてきた。
「どうしてあんたみたいな弱いのを連れて来んのよ。そんなのが来たところでただの足手まといにしかならないじゃない」
「あの、聞こえてるんですけど?」
陰口を言われることには慣れているが、こうも堂々と言われると言い返したくもなる。
だが、気の強そうな女子は全く悪びれる様子もなく、むしろさらに強い口調で凄んできた。
「聞こえるように言ってんだから当然でしょ。あたしより弱いくせに言い返してきてんじゃないわよ」
何この人滅茶苦茶怖いんだけど。確実に俺の苦手なタイプだわ。
そういえばこのポニテ女子はグループをまとめていたリーダーだったはず。鈴木とはまた違う方向性だが、みんなを引っ張っていくという点においてはこの気の強さは頼もしさに取って代わるのかもしれない。
でもこんな風に上からがーがー言われるくらいなら俺はひとりでいるほうを選びたい。ついていかなくてよかったと心から思った。
何かを言い返そうとして、でも言葉にはならない。言ったら必ず言い返されると本能で理解していたからだ。そしてその言葉は間違いなく俺を傷つけることだろう。俺のガラス細工のように繊細で緻密なハートは少し傷ついただけでも二晩は痛みを引きずってしまう。さっき言われたことで俺は今晩枕を涙で濡らす予定なので、これ以上傷つけて明日も明後日も枕を涙で濡らすわけにはいかない。びちゃびちゃになっちゃうからね。
くいっと袖を引かれる感触に下を見ると、リリアが俺を見上げて言った。
「キヨノスケ、あいつ殺していいか?」
「ん?あぁ、い――いやいやいやいや駄目に決まってんだろ!?なにさらっとトイレ行ってきていいみたいなノリで物騒なこと口走ってんの!?」
「そうか。キヨノスケが駄目だというのなら仕方ない。腕の一、二本で我慢しよう」
「いや全然我慢できてないからねそれ!!腕両方とも無くなったら俺達生きていけないからね!?」
相変わらず魔王基準で物を言うリリアに戦慄を隠せない俺。
普通の人間が言っているのなら何言ってんだこいつで済むだろうが、リリアが言うと実現されかねないから尚更怖い。さすがに親しくない相手とは言え、同郷の人間の両腕が吹っ飛ぶ様子なんか見たら一生物のトラウマになりかねない。
だが当然ポニテ女子はそんなことを知る由もなく、標的を俺からリリアに変える。
「何そのちっこいの。自分の事我呼びするとか一体何時代に生きてんだっての」
「人間風情が気安く話しかけてくるんじゃない。我と対等に、いやそれ以上に話していいのはキヨノスケだけだ」
リリアはリリアでポニテ女子の棘のある言葉など全く気にも留めていないらしい。というか心の底からどうでもよさそうだった。目を合わせることもなく吐き捨てるように言う。
それが癪に障ったのかポニテの俺達を睨む目が尚更厳しくなる。
「は?キヨノスケ?誰それ」
「いや俺だよ!!本当にわからないみたいな顔で言わないでくれます!?傷つくんだよこっちは!!」
「あんたみたいなモブの名前いちいち覚えてないから。ていうかあんたら何なの?どんな関係?もしかしてそういう関係?」
「違「そうだ。我とキヨノスケは共に愛を誓い合った仲だ」
馬鹿ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ていうかさっき話しかけてくるなみたいなこと言ったばっかなのにどうしてそういう質問には答えちゃうのこの子は!?
「え、冗談のつもりだったのにマジなの?うっわ……少女趣味とか超キモいんだけど。え、なに、もしかして来た時に貰ったお金でその子雇ってそういうプレイしてるってわけ?えぇ……同じ世界から来た人間と思いたくないレベルなんだけど。近付かないでくれる?っていうかさっさと出て行ってくれる?同じ部屋にいたくないから」
ポニテが心の底から引いていた。
にしてももう少しオブラートに包むことは出来ないんですかね。もうすでに俺の心はボロボロよ?
それにしてもいかん、いかんぞこれは。この流れは完全に勘違いのまま終わるパターンだ。そしてあれよあれよという間に噂が広まり、SNSで情報で誰彼構わず拡散され、そしていつのまにか嘘が真実になっているのだ。
いや違うよ?体験談じゃないから。ほんと。ほんとだよ?
兎にも角にもポニテに慌てて弁明する。
「そんなわけないだろうが!?俺達は「我とキヨノスケは運命の出会いを果たし、そして既にお互いの大切なモノさえも繋げ合ったまさに愛し愛されやりやられの関係だ!」
「ちょっと黙ってろお前えええええええええええええええええええええ!?」
リリアの言葉にポニテ女子だけでなく部屋にいる全員がドン引きだった。
確かに心臓が繋がってしまっているのでリリアの言ってることはあながち間違いじゃないけど、言い方!言い方が悪すぎる!
このまま放っておいたらその秘密までばらしそうなので、リリアの首根っこを掴んで部屋の隅に連れて行く。
「だ、駄目だキヨノスケ……人が……見てるんだぞ……?」
この万年発情期め。
頬を上気させうっとりするリリアを無視して俺は真剣な目で見る。
「頼むリリア。もうここでは何も喋らないでくれ。お前が喋ると俺が社会的にまずいことになる。ていうかもうなってる。見ろ、あいつ等の目を。性犯罪者を見るような目だぞ。さすがの俺もあんな目で見られたのは初めてだ。しかも同級生だから尚更ダメージがでかい。このままじゃ俺は宿かどこかに引き篭らざるをえなくなる」
「そしたら我が一生面倒見てやろう」
一瞬リリアに甲斐甲斐しく世話を焼かれるヒモニート生活が脳裏を過ぎったが、俺は慌てて頭を振って煩悩を追い出す。
「いや違うそうじゃない。とにかく何も喋らないでくれ。心まで繋がりあった俺とお前だ、口に出さなくても言葉なんか伝わるだろ?」
「そ、そうだ、そうだな!確かにキヨノスケの言うとおりだ!わかった、キヨノスケの言うとおりに黙っていよう!だが我の気持ちが伝わってきたらちゃんと答えるんだぞ!」
チョロい魔王様だなぁ……。
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