第22話 ばあさん再び

 だが当然その場に留まっておくことは出来なかった。


 おっさんの叫び声を聞いた住民達がなんだなんだと家の中から顔を覗かせ始めたからだ。そりゃこんな場所であれだけ大きな声で叫べばなんかあったと思うのが普通だろう。とりあえず姿を見られるわけにはいかない。

 リリアの体を持ち上げて走り出す。


「んっ……!きよ、キヨノスケ……?我を持ち上げて一体何を――ま、まさかこれが俗に言うお持ち帰りという奴か!?我はこれから持ち帰られて美味しく食べられてしまうのだな!?」


「ちょっと黙っててもらえます!?」


 相変わらず頭の中のお花畑で蝶々が飛んでいるらしいリリアは放っておいて路地を駆ける。

 俺は暗殺者装備のお陰でまるで目立っていないがリリアの金髪が目立つこと目立つこと。まるで発光しているんじゃないかってくらい月明かりを反射していた。


 しばらく走り、隠れるのに丁度よさそうな家の軒先があったので身を隠す。今思えば真っ暗なんだからリリアに頼んで空に逃げればよかったと後悔したが後の祭りだ。あちこちから人が様子を見に出てきたらしく、もはや物陰から出ることができなくなってしまった。

 ほんの少しの光も反射してしまうリリアがいるかぎり、見つかるのは時間の問題かもしれない。


 すると丁度俺の真上――家の中からどこかで聞いたことのあるしわがれた声が聞こえてきた。


「裏に回りな。ここなら誰にも見つかることはない」


「誰だ!?」


「あれだけ世話してやったってのにもう忘れたのかい。いいから早くしな。もたもたしてると人が来るよ」


 おっさんの良く通る声のおかげなのか騒ぎはだんだん広がっているようだった。

 今誰かに見つかれば間違いなく連行される。リリアがそれを許しはしないだろうが、代わりに死人が出るのはさすがにまずい。

 迷っている暇はなかった。


―――


 家の中は真っ暗で明かりの一つも見当たらない。まさか入る家を間違えるわけも無いのでここであっているはずなのだが、物音一つ無いと不安にもなる。

 しばらくすると夜目にも慣れて段々と部屋の構造がわかってくる。そこかしこに多くの剣や斧、防具が置かれており、どうやらここは武器屋や防具を扱っている店のようだった。


 そして気付く。武器や防具、そしてあのしわがれた声。暗くてわからなかったが、ここの店は……。


 その瞬間、突然眩い光に照らされる。ようやく暗闇に慣れてきたところだったのでそのあまりの眩しさに目がじんじんと痛み、まともに開けていられなくなる。


「動くんじゃないよ」


 俺達の真正面、数十メートル先くらいから声が聞こえてきた。

 その声は俺に暗殺者装備と確率剣をくれたばあさんのもので間違いない。だが以前装備をくれたときとはうって変わり、その声にはありありと敵意がこめられていた。咄嗟にリリアを背中に隠す。


「動くなと言うのがわからないのかい」


 ばあさんがそう言うなり、熱を持った何かが俺の頬をかすめていくのを感じた。おそらく魔法だろうが、でもどうしていきなり……!?

 ばあさんの敵意ある行動にリリアが動かないか心配したが、どういうわけかリリアは俺の背に隠れたままピクリとも動かなかった。すーはーすーはーとやけに大きな呼吸音が聞こえているので気を失っているわけではないだろうが、ともかくこれ以上攻撃してくるようならばあさんの方が危ない。


「攻撃するなばあさん!死ぬぞ!」


「攻撃するなだって?自分が置かれている状況がよくわかっていないようだね」


「いいから!!頼むから絶対に攻撃だけはしないでくれ!!」


 俺が必死に頼んだお陰か、ばあさんがそれ以上魔法を撃ってくることはなかった。だが俺達を警戒している雰囲気はありありと伝わってくる。


「どこで何をしてきたのかは知らないが、黙ってその背中に隠しているものを出しな」


「せ、背中?一体何のことだ?」


「いいから出しな。体に風穴を開けられたいのかい?」


 流石に隠し通すのは無理か……!

 観念した俺は、背中越しにリリアの姿をばあさんに見せる。


 その瞬間、ばあさんが大声を上げた。


「な、なんなんだいそれは!?一体何を連れてきた!?どうしてあんたがそんな奴を連れてるんだい!?」


 ばあさんの声には恐れのような、怯えのような、とにかく尋常でない感情が込められていた。そんなことになりそうな心当たりは一つしかない。


「説明しな!!事と次第によってはあんた共々ここで殺すよ!!」


「ちょ、ちょっと待ってくればあさん!落ち着け!」


 これほどまでに怯えているばあさんにどんな嘘を吐いたところで意味がないような気もする。どうやっているのかはわからないが、ばあさんはリリアの持つ強大な力を感じ取っているらしい。

 かといって馬鹿正直に森で出会った魔王ですとは言えない。くまさんに出会ったレベルの話でないことはばあさんの様子から見ても明らかだ。

 リリアがこんな感じなので忘れかけていたが、普通の人間からすれば魔王は諸悪の根源であり、倒さなければならない絶対の敵。魔王そのもの――もしくはそれに与する存在だとわかった瞬間、攻撃されてもおかしくはない。だが、そうなったら逆にばあさんの方が無事では済まなくなる。


「攻撃さえしなければこいつは何もしない!確率剣に誓って嘘はついてない!」


「千分の一でしか発動しない剣に誓われても信用できるわけ無いだろう!!」


 ごもっともだった!

 だがそうなるともはや潔白を証明するものはなにもない。そもそも言葉だけでばあさんに信用してもらえるほどの関係でもない。

 魔法の光が強くなる。攻撃してくる気だ!


「やめ……!」


 俺が叫ぼうとした瞬間、ばあさんの放つ魔法が電気を消したときのようにぱっと消えてなくなる。魔法を解除したのかとも思ったが、困惑している様子が伝わってくるあたりどうやらそういうわけでもないらしい。


「さっきからぎゃあぎゃあと鬱陶しいことこの上ない。キヨノスケの匂いを嗅ぎまくってもばれなくて丁度よいと思っていたのに、誰だ我のお楽しみを邪魔をする不届き者は」


 声は俺の後ろ――リリアから聞こえてきた。暗くて見えないがぬらりと立ち上がったのがわかる。

 っていうかどさくさに紛れてなにやってんだこいつは!?呼吸音がやけ大きいなとは思ってたけど匂い嗅いでたのかよ気持ち悪!!


「なんで点かない!?まさか干渉系魔法か!?でもそんな高度な魔法を一体どうやって……!」


 ばあさんの慌てふためく声に、リリアが勝ち誇ったような声で応えた。


光球ライトボールからの光弾発射ライトバレット。魔法から魔法への即時流用は長い年月をかけた修練が必要だ。それができる貴様は人間にしては手練れの魔術師なのだろうが、我の前ではどんな高度な魔法も児戯に等しい」


 ドヤ声で言うリリア。

 凄い格好いい事言ってるけどさっきまで俺の体臭をこれでもかってくらい嗅ぎまくってたヤバい奴の言葉だと思うと少し感動が薄れる。

 いや違う違う、このまま放っておいたらばあさんが帰らぬ人になる!慌てて止めようとする前にリリアは俺に向かって言った。


「わかっている。我がお前との約束を反故にするわけがないだろう。攻撃魔法は使わない。そもそも使う必要もないしな」


 パチンと指を鳴らしたような音が聞こえると、部屋の中がぱっと明るくなる。一瞬で部屋の隅々に置かれた蝋燭すべてに炎が灯っていた。


 リリアの姿を認めるなり、ばあさんは驚きに目を見開き構えていた杖を落とした。まるで化け物でも見たかのように数歩後ずさり、かすれた声で言葉を溢す。

 

「ま、まさか、お前は……お前は……!」


 まるで吊り上げられていた糸を切られたようにその場にばあさんはくず折れる。

 そして力なくぽつりと呟くように言った。


「ま、魔王……!?どうして……なぜお前がここに……!?」


 ば、ばれとるううううううううううううううううううう!!

 

「ち、違う!こいつは魔王なんかじゃ……!」


 慌てて否定しようとするが、ばあさんは首を横に力なく振った。


「その黄金の髪に真紅の瞳、見間違えるわけがない……!一体何をしに来た……!?まさか、国を滅ぼすつもりか……!?」


 ばあさんの問いに、リリアは堂々と答える。


「そんな些末ごとに興味はない。我にとって大事なのはキヨノスケだけだ。キヨノスケ以外何もいらない。キヨノスケだけが全てだ」


 や、やめて……!!俺に対して言うのならまだしも他人にまでそんなこと言われると恥ずかしくて死にたくなっちゃう……!!

 リリアの言葉を聞いたばあさんはまるでこの世の終わりを見たかのように呆然と突っ立っていたが、すぐに気を取り直す。


「い、今なんと……」


「何度でも言ってやろう。我にとって大事なのはキヨノスケだけ……」


「もうやめてっ!!それ以上傷口に塩を塗りたくるようなことはやめてっ!!」


 ばあさんとリリアの間に割って入ると、リリアがばふっと抱きついてくる。


「どうしたのだキヨノスケ。この老いぼれに我らがいかに愛し合っているのかを見せ付けてやろうではないか」


「赤の他人のばあさんにそんなもの見せてどうするつもりなの!?っていうか匂いを嗅ぐんじゃねぇ!!気持ち悪いわ!!」


 抱きついてすぐふがふがやってくる気持ちの悪いリリアにそう言ってやると、すぐさまその場で崩れ落ちた。


「き、キヨノスケが……我のことを気持ち悪いって……気持ち悪いって言ったっ……!!」


 およおよ泣き始めるリリア。相当ショックだったのかガチ泣きだった。めんどくせぇなぁ……!


 そんな俺達の様子を見ていたばあさんは絶句だった。

 そりゃ突然こんなわけのわからないやり取りを見せられればそうなるのも仕方ないかもしれないが、どうやらそれだけでもないらしい。


「アンタ、これはどうなっているんだい……?」


 それは俺の方が聞きたい。

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