第21話 城下街へ
城下町へと戻る頃には既に日が傾き始め、夜の帳が降り始めていた。
リリアの飛行速度は驚くほど速く、俺が全力で走って一時間ほどの道のりをほぼ半分以下の時間で完走してしまった。ちなみに余りの飛び心地の悪さに何度か地面に肥料を撒くことになったのはここだけの話。
さすがに空から城下街の中心に降り立つのは目立ちすぎて通報されかねないので、少し離れた場所に降り立って様子を伺う。
空を飛んでいるときには陽ノ守達の姿を確認することができなかったので、すでに城下町の中へと入ってしまったんだと思われる。そのせいか、城下町へ入るための門のあたりで兵士達が忙しなく動いているのが目に入った。
「それで、これからどうするんだキヨノスケ。とりあえず魔法で城ごと吹き飛ばせばいいのか?」
「とりあえずでそんなことするのやめて!?罪のない人も死んじゃうから!!」
魔王であるリリアが言うと本気でやってのけそうで怖い。
というかそんなことになったら均衡状態を保っているという人間と魔族との間で確実に戦争が勃発する。とりあえずで城を吹き飛ばしていざ開戦とかどこのギャグ漫画だろう。
リリアに向かい合い肩に手を乗せる。目を閉じて唇を突き出してきたが何も見なかったことにした。
「リリア。ここから先で攻撃魔法は無しにしてくれ」
「キヨノスケがそう言うならそうするが。でもどうしてだ?人間に攻撃されようが痛くも痒くもないし、キヨノスケにも傷一つ付けさせない」
「リリアが魔王だとばれるわけにはいかないからだ」
まさか魔王が敵地の中心に突然現れるとは誰も思っていないだろうし、そもそもこんな少女が魔王だとも思わないだろうが、わざわざばれるようなことをしても得することは一つもない。
何よりも問題なのが、リリアの唯一の弱点であるこの俺である。戦火に巻き込まれて俺が死ぬようなことにでもなれば、心臓が繋がっているリリアまで死んでしまう。ちなみに心臓のリンクは解けないのか一応聞いてみたが、繋がりができてしまったらもう一生解除することはできないらしい。何よりリリアがそれを嫌がったのでもはや俺にはどうすることもできなかった。
そして俺の防御力は紙クラス。フライパンで殴られでもすればそれこそ瀕死の重傷を負う。どんな小さなリスクも回避しつつ行動しなければならない。
そんなことを説明してみたのだが、リリアはあまり納得してくれなかった。
当然リリアの言うとおり魔王の力をおおいに振るってもらい陽ノ守たちを助け出すのが最も安全で最速なのだが、かといって罪もない人々を巻き込んでいいわけがない。
今のリリアは本当に俺以外のことはどうでもいいらしく、他の人間の生き死にに関してはまるで考慮してくれない。そのあたりはやはり魔王で、気をつけなければならないところだ。
でも、その他にもなんとなくリリアについてわかったことがある。
「聞いてくれリリア。例え傷つかないとしても、お前が攻撃されるのを見て俺がどんな想いをすると思う?」
はっとした顔になるリリア。
「まさかお前、我の身を案じて……?」
「お前は俺の命の恩人だ。俺の願いを急いで叶えようとしてくれるその気持ちは凄く嬉しい。でも、俺だってお前にかすり傷一つついてほしくないんだ」
「き、キヨノスケ……!お前がそれほどまでに我のことを想ってくれているなんて……!」
例え魔王であろうと恩人であるリリアを危ない目にあわせたくないというのは俺の正直な気持ちだ。もちろん嘘なんて言っていない。
だが、どうやらリリアはこういった一般的にクサいと言われる台詞に弱いらしい。もしかすると見た目どおりにドラマチックな恋したい年頃なのかもしれない。これまでの行動を鑑みるにただ頭の中がピンクのお花畑なだけかもしれないが。
そして残念なことに、俺には今思い出すだけでも吐き気を催すクサい台詞を吐きまくっていた時代がある。そういった台詞回しにはちょっとした自信があった。
とろんとした顔を一瞬で引き締め、リリアは頷く。
「わかった。お前がそこまで言うのならもう我は口出ししない。お、お前が口を出せというのならいつでもウェルカムだが」
このキス魔め。キスってのはそうほいほいやるもんじゃねぇんだ……!男のロマン舐めんなよ……!なんていうと話に食いついてきそうなので黙っておこう。
リリアが納得してくれたところで再度城門の様子を伺う。
さっきと変わらず兵士達が数人張り付いているので見つからずに通り抜けるのは難しそうだ。まさか兵士達に追われた俺が生きて帰ってくるとは誰も思っていないだろうが、捕まらない保証はない。
もうほとんど陽も落ちかけている。
夜が来るのを待って、空からどこか目立たないような場所に下りるのが一番安全だろう。
夜という単語になぜか過敏に反応するリリアを無視して、少しだけ休息を取ることにした。
―――
完全に夜になると、俺達は誰にも見られないように注意しながら城下街の影、路地裏へと降り立った。
注意深く辺りを見回してみるが、誰かが歩いているということもなく実に静かなものだ。家々からは明かりが漏れ、家族で談笑する声が聞こえてくる。少しだけ聞き耳を立ててみたが、召喚した勇者達が捕まったという話は特に出回っていないようだった。
とにかく城の近くまで行ってなにか情報がないか探りを入れてみるしかないか。
暗殺者装備なら夜の闇に紛れることで派手に動いたりしない限りまず間違いなく見つかることはない。だが問題はリリアのほうだった。
角と羽は仕舞っておけるということなのでよかったのだが、如何せんその綺麗な金髪が月明かりを反射して『我ここに在り』と言わんばかりに自らの存在をアピールしてしまっている。
まさか置いていくなんてできるわけもないし、おそらくリリアがそれを許さないだろう。
どうしようかあたふたしていると、路地の奥から足音がこちらに向かってくるのがわかった。
「まずい、隠れろ……!」
そう言って近くの物陰に隠れる。さすがにこんな装備で夜の街をうろうろしているところを見られるほど怪しいことはない。
「あれ、リリアは?」
一緒に隠れたはずのリリアの姿がない。
見れば、リリアは路地裏の道の上に堂々と仁王立ちしていた!
「ちょっとリリアさん……!?なにやってんの……!?」
呼び戻そうとするが時既に遅し。
「おいおいこんなところにえれぇべっぴんさんがいるじゃねぇか」
「お嬢ちゃんどこから来たのぉ?よかったら一緒に飲まなぁい?」
おそらく冒険者だろうが、どちらも顔を赤くしており酒臭さがあたりに漂う。典型的な酔っ払いだった。
「何だ貴様等は。人間の分際で我に話しかけるなど身の程知らずもよいところだぞ。失せろ」
真紅の瞳を爛々と輝かせながらリリアが酔っ払いたちを睨む。アホなところばっかり見てたから忘れてたけどやっぱり滅茶苦茶恐い。俺に向けられているわけでもないのに腰抜かしそう。
だが普通なら一歩引いてしまうほどの眼力も、今の酔っ払いたちには理解すらできていないようだった。酔いすぎて意識がほとんどないのかもしれない。
「強がるところも可愛いじゃねぇか」
「とりあえず一緒に行こう?な?悪いようにはしねぇからよ。俺達といいことしようぜ?」
そう言って酔っ払いの一人がリリアの手を強引に掴もうとする。
まずい!リリアじゃなくておっさんが!
そう思って飛び出そうとしたが、ぱた、と何かが俺の顔に飛んできて動きを中断する。暗くてわからないが手で拭って見ると何やらねっとりとした液体で、月明かりに照らして見るとそれは見紛うことなき人間の血だった。
慌ててリリアの方を見てみると、手を伸ばしたオッサンの右手が肘の辺りから無くなっている!
(や、やっちまったああああああああああああああ!!)
おっさんは何が起きたのかわかっていないらしく、不思議な顔で先のなくなった腕を見た後、へべれけの状態でもう片方の手をリリアに伸ばす。
するとまるで手品のようにもう片方の腕もぽとりとその場に落ちる。どうやっているのかまるでわからないが、研ぎ澄まされた肉断ち包丁で一刀両断したように肉の綺麗な切断面が顔を覗かせていた。
だが相変わらずおっさんは痛がる素振りも見せない。きょとんとした顔で血をばしゃばしゃ吹き飛ばしている光景はある意味シュールでもあった。どうやら余りにも綺麗に切れたとのだから痛みを感じていないのかもしれない。
ってそんな冷静に観察してる場合じゃねぇ!!
「この体は既にキヨノスケのものだ。お前ごとき人間が気安く触れてよいものではない」
(いや俺のじゃないんだけど!?)
心の中で突っ込みつつ、影から飛び出しておっさんの落ちた両手を急いで拾い、元の位置にあてがう。手を拾うなんて普通なら卒倒しそうな状況だが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
「リリア!急いで治してくれ!早く!」
「だがそやつはキヨノスケのためにある我が体を無作法に触ろうと……」
「意味わかんないこと言ってないでとにかく治してくれ!!」
仕方ないという風にリリアは人指し指をおっさんに向けると、あっという間に傷口が塞がる。
おっさん達は一向に何が起こっているのかわかっていないようだったが、元に戻った手を見て唖然とする。
「な、なんじゃごりゃあああああああああああああああああああああああ!?」
叫ぶおっさん。野太い声が路地裏に響く。その視線の先を見て俺の顔が青ざめる。
手、反対に付けちゃった……。
「ええいうるさい奴め。その聞き苦しい声が聞こえないように頭部を切断して反対に取り付けてやろうか」
「ば、化け物だあああああああああああああああああああああああああああ!!」
余りの出来事に一瞬で酔いが冷めたのか、おっさん達は叫び声をあげながらあっという間に路地の奥へと姿を消してしまった。
「ふふ、キヨノスケめ。戦う覚悟が出来ていないと言っていた割にしっかり出来ていたのではないか」
照れ照れしているリリアを横目に、俺はしばらく呆然と突っ立っていることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます