第20話 覚悟の準備
「リリア!ちょっと降りてくれないか!」
リリアにそう叫ぶと、すぐに高度を落としてくれる。
ちなみに空を飛ぶ件に関しては俺がリリアの両手を掴んでぶら下がるような形で落ち着いた。抱きつく必要なんて全くなかったことにリリアの下心が透けて見えるようだ。
降り立った場所は鈴木達が兵士達に捕まった場所。
兵士達は鈴木達を連れて全員城へ帰還したようで、そこには鈴木達が殺したとされる人間の死体の山があるだけだった。
「なんだこれは」
リリアが死体の山に近付いていって申し訳程度に被されていたシートを躊躇いなくめりあげる。そこには目を背けたくなるような非現実的な光景が広がっていたが、リリアは顔色一つ変えなかった。
「人間ばかりを随分と殺したものだな。魔物の仕業か?」
「いや、それは……」
どう答えようか迷ったが、俺はリリアにここで起きたことをありのまま話した。
俺の話を神妙に聞いていたリリアは、何かを思い出すかのように腕を組んで考え込んでいたが、すぐに答えを見つけたらしい。
「おそらく認識変化の魔法だ。人間共にその魔法をかけ、獣人に見えるようにしていたんだろう。そのスズキ?とか言う者が獣人から人間に変わるところを見たというのも、変化している人間が死んで魔法が解けたからいうことで説明はつく」
森の中でのことを思い出す。
統率の取れていない動き。何かから逃げているかのような行動。武器も何も持たず、戦いに来たとは到底思えない軽装備。思い返してみれば不審な点はいくつもあった。
リリアの言うとおりただ魔法で獣人に見えていただけで、あれが本当に普通の人間だったとしたら。俺達がしたことは、本当に、ただの……。
急激に気分が悪くなり、地面に膝を付いてしまう。
「だ、大丈夫かキヨノスケ!?」
すぐにリリアが背中をさすってくれる。
その小さな手から伝わってくるあたたかさが、今はとてもありがたかった。
「大丈夫だ。ありがとう、リリア」
俺がそう答えるとほっとしたように息を吐く。そしてリリアは俺の右手の甲に手の平を重ねて言った。
「お前達の手の甲に埋め込まれているのは『罪人の呪縛』と呼ばれる呪いに近いものだ。本来は重い罪を犯した者への罰として同じ罪を犯さぬよう戒めるために使用される。そしてその罰の大きさは、罪を裁く者の裁量次第」
つまりそれは、罰を与える者次第で好き勝手に従わせることが出来るということでもある。鈴木や陽ノ守が呪縛の痛みで動けなくなっていたことがその証拠だろう。
「解くことは出来るのか?」
「出来なくはない。術者に解かせるか、術者を殺せばよい。だが、この呪縛の最たるところは罪人に罪を自覚させ、更正させることにある。本人から罪の意識が消えない限り、術者を殺したとしても呪縛から逃れることは出来ないだろう」
人を殺してしまうことは、元の世界で言えば最も重い罪にあたる。絶対にしてはいけないことだと誰もが教えられるまでもなく本能的に理解しているし、そのおかげで平和に暮らすことが出来ていた。
それを犯してしまった時の心理なんて俺には到底想像することも出来ない。そして、人を殺めてしまった罪の意識を消すことなんてできるとは思えなかった。それは鈴木達も同じはずだ。
「これまでの話からすると、この国の王はお前達に罪人の呪縛を埋め込み、魔法で獣人に見せかけた人間達を殺させ、呪縛による罰と罪の意識で従わせようとしているのかもしれない」
もはや疑うべくもない。
エスレルの森に魔王軍が現れたという嘘の情報を俺達にもたらしたのも、森の外でグラード等兵士達を待機させていたのも、全て俺達を陥れるための王の策略だったということならすべてに説明がつく。
騙されていたこと、そしてそれに気付くこともできなかったことに悔しさを感じて拳をぎゅっと握り締める。
「でも、どうしてそんなこと……」
「……これはあくまで憶測の域を出ない話だ。だから鵜呑みにせずに聞いてほしい」
少しだけ間を置いて、リリアは静かに告げる。
「さっきキヨノスケを追ってきた兵士達。あれは人間ではなかった」
「人間じゃ……なかった?」
「人間と魔物の血が混じり合った半端者――半魔人と呼ばれる存在。こいつらの多くは人間を素体として、体中の血を魔物の血と入れ替えることで作り出される。普通の人間であれば拒否反応で死に至るが、素体となる人間が魔物の力に耐えうる力を持っていた場合、死なずに魔物の力を得ることが出来るとされている。あの兵士達も、半魔人になる前はそれなりの力を持つ人間だったのだろう」
「ま、待ってくれ。じゃあ、王が鈴木達を捕まえた理由は……」
俺の問いに、リリアが頷いて答える。
「半魔人化させ、罪人の呪縛で意のままに操ることの出来る駒を作ることかもしれない」
「そんな……」
リリアは憶測の話だと言ったが、話を聞いてしまうとそうとしか思えなくなる。
半魔人となってしまえば少なくとももう普通の人間には戻れないだろう。もしそうなってしまえば、もう元の世界に戻るどころの話じゃない。
「……早く助けなきゃ手遅れになる」
「キヨノスケ。ひとつ確かめておくことがある」
立ち上がるとリリアに呼び止められる。
いつになく真剣な表情に、自然と身構えてしまう。するとリリアは俺の右手を取って両の手で包み込んだ。ひんやりした手の温度に、焦りで高鳴っていた心臓が落ち着いていくのがわかった。
それを確認してリリアが口を開く。
「お前が人間達を助けるつもりなら、我等は国を敵に回すことになる。そうなれば、人間を傷つけなければならない時が必ずやってくる。今のお前に自分と同じ人間に刃をむける覚悟はあるのか?」
リリアの真紅の瞳は、まるで俺の心を見透かしているようだった。
元の世界で誰かと戦うなんてことはなかった。あったとしても、素手の喧嘩だったり、テストの点数で競い合ったりといった安全なものばかり。命の奪い合いなんて、それこそ歴史や創作の世界だけの話だと思っていた。
この異世界に来てから魔物と戦ったりはしたが、どこかゲームのような感覚でいたことは否定できない。相手がオークといった明らかな獣だったせいもあるだろう。
陽ノ守を助けるためにグラードの首元にナイフを突きつけたときも、脅しはしたが突き刺そうなんて気はこれっぽっちもなかった。
獣の命を奪うのと人間の命を奪うのとでは全く違う。きっとリリアはそう言いたいのだ。
死体の山を見る。死の恐怖に歪む顔が、視線が、一斉に俺に向けられているような気がした。
「ここはお前達が元いた世界とは違う。今日を生きるために平然と命を奪いあうような場所だ。人の死に触れたことのないお前達の心は余りに脆い。もしかするとお前の仲間の数人は既に壊れてしまっているかもしれない」
項垂れる鈴木達の姿が思い出される。
赤い血、鉄の匂い、叫び声。人の命を自らの手で奪ってしまったと知ったとき、鈴木達は一体どんなことを思ったのか。想像できない。したくもない。
俺は運よく誰も手にかけなかっただけ。少し違えば、あそこで項垂れていたのは俺だったかもしれない。
死にたくなければ戦うしかない。その結果として相手が死んだとしても仕方のないこと。だが、頭では理解しているのに理性がそれをよしとしてくれない。元の世界とこの異世界とではあまりにも価値観が違いすぎた。
陽ノ守たちを救うためには、その価値観の違いを乗り越えなければならない。人を傷つけることに慣れなければならない。
その時、リリアが俺の手をぎゅっと強く掴んだ。そして殊更優しい声で諭すように言う。
「キヨノスケ。我はお前と共にいられるだけで幸せだ。他には何もいらない。もしもお前が望むなら、誰も殺める必要のない静かな場所で、二人きりで暮らそう」
リリアは逃げてもいいと言ってくれているようだった。
その優しさに甘えてしまいそうになる。でも、俺はぎゅっと拳を握り締めて首を振った。
覚悟は正直言ってまだできていない。でも、ここで陽ノ守たちを見放す選択だけはありえない。それをしてしまえばきっと俺は後悔する。後悔を引きずったまま生きていくことなんてもうごめんだった。
そんな俺を見て、リリアは薄っすらと笑った。
「そうか。お前がどのような選択をしようとも、我は常にその隣に寄り添うだけだ。何があろうともお前の側にいる。それだけは変わらない」
「ありがとう、リリア」
俺が素直に礼を言うと、照れたのかくるりと体を反転させてぶつぶつと何かを呟き出す。
確かに変なところも多いし何より魔王だけど、リリアがいなければこうして決意を新たにすることもできなかった。リリアがいてくれて本当によかったと素直に思う。
「ちっ……もう少しで我とキヨノスケだけの愛の楽園生活が待っていたというのに……」
なんか聞こえたぞ。
「おい今なんて言った」
「な、何がだ?別に何も言ってないし何も思ってないぞ!?」
「いや明らかに愛の楽園がどうのこうのって聞こえたんだけど!?まさかお前、さっきの言葉は俺を思いやって言ってくれてたんじゃなくて、私利私欲のためにそれっぽいこと口にしてただけか!?真面目な話をしていると思ってたのは俺だけか!?どうなんだおい!こっちを見ろリリア!俺の目を見て話しなさい!」
その後、また不毛なやり取りをしていると気付いた俺は、空に逃げようとするリリアをどうにか捕まえ城下町へと向かった。
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