第19話 リリアのやる気スイッチ

 俺は能力値も最低だしロクな武器も装備できない召喚組の中での最底辺。できることなんて限られている。

 でも、そんな俺の事を陽ノ守だけは信じてくれた。こんな俺でも何かが出来ると言ってくれた。断言してくれた。

 その期待に答えることも出来ず、ただ逃げることを選ぶなんて男じゃない。そんな選択をするようなら俺は今日から佐藤キヨ子さとうきよこと名乗ってやる。


 確かに鈴木達のことは快く思っていない。積年の恨みがある鈴木に関しては特に。

 でも、今あいつらを救えるのはここで起きたことを知っている俺しかいない。他の誰でもない、佐藤清之介にしか出来ない。

 それに、苦しい時、寂しい時に助けてくれる誰かがいてくれるというあのこみ上げてくるような嬉しさを、俺は陽ノ守に教えてもらった。

 だから俺は、陽ノ守を……鈴木達を助ける選択をする。


「駄目だ。それは出来ない」


 俺の言葉に、リリアはまるで渋柿を食べたようなシブい顔をして顔を背けた。


「そうか、ありがってえええええええええええええ!?なんで!?どうして!?今さっき何でもしてくれるって言ったばっかりじゃ!?WHY!?」


 もちろんこちらはお願いする立場なので嫌といわれたら引き下がらなければならないのが道理かもしれないが、それにしたって変わり身が早すぎる。手の平を返すどころか返した手の平でぶっ叩かれた気分だった。

 呆気に取られる俺を横目に見ながら、リリアは実に不機嫌そうに唇を尖らせながら言った。


「確かにお前のためならば何でもするとは言った。だがそれだけはイヤだ。許せん」


「許せんて……」


「我にはわかるぞキヨノスケ。お前、今頭の中で別の女子おなごの事を考えていたな?」


「そ、そそそそそそそんなことあるわけが!?」


 図星……!!確かに陽ノ守の事を考えてはいたけども……!!

 まさかこの魔王、心の中まで見透かせるというのか……!?

 あ、駄目、見ないでっ……!うら若い男子高校生の心の中は誰も入っちゃいけない秘密基地シークレット・ゾーンなのっ……!


 そんな俺の様子に確信を得たのか、リリアは得意げに笑う。


「ふふ、わかりやすいな。我に読心術なんてものはないが、その者の放つ気の揺らぎでなんとなく考えていることはわかる。今のお前の体からはピンク色の甘ったるい気が揺らめいているぞ」


 ピンクの気!?なんだそのあからさまにエロそうな気は!?

 ていうか陽ノ守をそんな目で見たことなんて一度も――――ないしね!?


「ち、違うよ!?違うんですよ!?別に陽ノ守のことを考えてピンクの妄想なんて断じてしてないですから!!ただ普通に真面目なこと考えてただけですから!!」


 あぁ駄目だ!否定しようとすればするほどそれっぽく聞こえる!ほんとに違うのに!断じてそんなことないのに!命を懸けて誓ってもいいのに!

 

「ヒノモリというのだな。その名、よーく覚えておこう」


 陽ノ守の名前がリリアのブラックリストに勝手に登録されていた!

 魔王様にブラリされるとか、今この世界で一番命の危機があるの陽ノ守になっちゃったんじゃないの!?

 急いで誤解を解かなければ陽ノ守の命が危ない……!


「ち、違うんだリリア!別に俺は陽ノ守のことなんかこれっぽっちも興味ない!ただ仲間として助けたいってだけで……」


 身振り手振りで浮気がばれたときのような言い訳をする俺だったが、リリアが抱きついてきたことで動きを止める。

 リリアは俺の胸に顔を埋めたまま、もごもごと言葉を発した。 


「別に、ヒノモリとかいう女子のことなどどうでもよい。言っただろう?我はもうお前以外のことに興味はないと。頼られて、これほど嬉しいとは思わなかった。お前の願うことならば叶えてやりたい。お前の役に立てるのならばどんなことだってやりたい。でも、お前が……キヨノスケが我以外の女子の為に動こうとするのだけはイヤだ」


「リリア……」


 嫉妬してくれたということなんだろうか。だから俺が陽ノ守の為に動こうとすることには賛成してくれない。

 なんだろうこれ……!ときめきが……加速していくっ……!

 感じたことのない気持ちに思わずリリアの頭の上に手を載せてしまう。すると涙で腫らした目で俺を見あげてきた。


「醜い嫉妬だということは自分でもわかっている。お前はさっき永遠の愛を誓ってくれたというのにな……」


 うん……うん?あれ、そんなこと誓ったっけ?

 愛を受け止めるとかそういうことを言ったのは間違いないが、永遠までは言ってなかったような……。

 リリアは続ける。


「我以外のことは見ないと、むしろ我以外の姿をもう二度と見れないように目を潰すとまで言ってくれたのにな……」


「言ったっけ!?そんな物騒なこと俺言ったっけ!?」


「忘れもしない。これは俺のものだと我の体を頭の先から足の先までべろんべろんといやらしく嘗め回されたあの夜のことを……」


「いやそんなこと絶対にしてねぇ!!っていうかあの夜ってどの夜!?まだ出会ってから一夜も明かしてないんだけど!?」


「それはつまり我と共に夜を明かす準備があると捉えてよいのだな!?」


「よくねぇよ!!」


 リリアの頭にチョップを叩き込む。


「ぐああああああああああああああ!!いてえええええええええええ!!」


 もちろん叫び声をあげたのは俺だった。

 今度は割りと強めに叩いたから骨の髄まで響くような痛みが走る。

 だが叩かれたということがよほどショックだったのか、リリアはわんわんと騒ぐ。


「た、叩くことはないだろう!?」


「お前途中から俺が弱ってるのを見てからかってただろ!?」


 図星だったのか、隠そうともせずに力の入っていない手でぽかぽかと俺の胸を叩く。


「だ、だって!!キヨノスケが他の女のところに行っちゃうと思ったんだもん!!」


「もんてなんだもんて!!お前そんなキャラだったっけ!?」


「とにかくイヤ!他の女の為に動くのなんてイヤだ!」


 なんなんだこの駄々っ子する子供みたいなのは。本当に魔王なのか疑わしくなってくる。


 だがここでリリアの協力を得られないのは正直かなり痛い。

 いくらなんでも何十人の兵士を相手に生き残れるとは思えないし、その上陽ノ守たちまで助けるとなると難易度は馬鹿高くなる。というかぶっちゃけ一人じゃ無理だ。一応そのための策も考えていないわけではないが、あまり期待できるほどのものでもない。リリアが手伝ってくれるというのならそれに乗らない手はない。


 こうなったら背に腹は代えられないか……。


「わかった。手伝ってくれるって言うんなら、何でも一つお願いを聞こう」


 それを聞いた瞬間、あれだけわんわん泣き喚いていたリリアの動きが一瞬でぴたりと止まる。

 嫌な予感に全身がぶわっと総毛立つ。


「あ、いや、やっぱり何でもは駄目!出来ること!俺に出来る範囲のこと限定!」


 だがリリアにはもう俺の言葉は聞こえていないようだった。

 ゆらりと俺から体を離すと、さっき見た視覚できるほど濃い赤黒いオーラがリリアの背後から立ち上る。

 空には黒雲が漂い始め、あちこちで稲光が走り、そこかしこで竜巻が発生する。その光景はまさに世界の終末の様相を呈していた。


 なにこれ……!?もしかしてこの世界滅びるの……!?


 するとリリアの背後に漂っていた赤黒いオーラがその体を包み込み、それと同時にリリアのこめかみの辺りから暗黒色の羊のような巻き角がビキビキと音を出しながら生えてくる!さらには背中から左右に三枚ずつ、計六枚の蝙蝠のような翼が姿を現した!


 さっきまでの清楚な雰囲気を漂わせていたリリアの姿はもうそこにはなく、頭に角、背中に羽を生やしたまさに魔王と言った出で立ちの少女が俺の目の前に顕現していた。

 ゆっくりと目を開くと、真紅の瞳が怪しく輝きを放つ。その瞳に射抜かれた瞬間、全身が勝手にガタガタと震え出していた。

 頭ではなく体で理解する。これがリリアの本気……!魔王としてのリリアの真の姿なんだ……!

 でもなんでこんなことで本気出してるのか甚だ疑問でしかない。君のやる気スイッチは一体どこにあるの?


 完全に魔王モードとなったリリアは、俺に数歩近付くと手を差し出してくる。


「さぁ、早く行くぞキヨノスケ!さっさとその人間共を救い出してお前にあんなことやこんなことをしてもらうんだ!」


 やる気を出してもらったのは大いに喜ばしいが動機があまりにも不純すぎる。っていうか俺に一体何させる気なの!?


「健全!!健全なことだけだからね!?」


「チュウは健全に入りますか!?」


「入るわけねぇだろ!!」


「何!?ほっぺじゃないぞ!?マウストゥーマウスなんだぞ!?」


「逆だろうが普通は!!」


「そ、そんな……!それじゃあお願いを聞く意味がまるでないではないか……!」


 テスト前日に勉強する範囲を間違えていたことに気付いたときのような絶望の表情を浮かべてリリアはその場にくず折れる。そのせいなのか、あれだけ立ち込めていた暗雲はどこかへと消え去り晴れ間がのぞいた。やる気がなくなったのが凄くわかりやすぅい。

 なんなのこの魔王様、ただのむっつりスケベじゃねぇか。普通逆じゃない?キスしてほしいって頼んだりするの普通俺じゃない?セオリーガン無視なの?


「……ちなみにほっぺならいいのか?」


 譲歩してきた。

 日本では頻繁に行われる行為ではなかったが、外国ならそれこそ挨拶のように交わされている行為。マウストゥーマウスよりはよほど健全だ。


「まぁそのくらいなら……」


 恥ずかしいことにかわりないがまだ全然耐えられるレベルだ。

 俺が答えるなり、ぱっと立ち上がるリリア。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「よし、決まりだ。キヨノスケの初めての願い、このリリア・キル・デスヘルガルムが完璧に聞き届けて見せよう!」


 どうしてだろう。誰よりも頼れるはずなのに不安しか湧いてこないのは。

 リリアが両手を左右に大きく広げて俺を見る。


「では、空を飛んでいくから我にしっかりと捕まってくれ」


「空を飛べるのか!?」


 突然の異世界要素に嫌が応にもわくわくする!そうそう、やっぱり異世界に来たら空飛ばないと!むしろ醍醐味といっても過言じゃないよね!


「もちろんだ。そのための翼だからな。さぁ!」


 やけに気合の入ったリリアの声に背中を押されてその体を掴もうとするが、ここに来て俺の経験値のなさが露呈する。

 ど、どこを掴めば……!どこを掴めばいい……!?掴むにしてもそもそもこんな小さい体で俺を持ち上げることなんてできるのか……!?


「どうしたキヨノスケ。人間共を助けるんだろう?迷っている暇はないのではないか?」


 リリアの言うとおりだ。なんか余計なこと(主にリリアとの不毛なやりとり)に時間を使いすぎた感は否めないが、時は一刻を争う。恥ずかしがっている場合じゃない。


 なるようになれと、俺はリリアの腰に腕を回した。ぷにっとした感触が伝わってくる。


「あっ……ん……」


「ちょっと!?変な声出さないでもらえる!?」


「だって……き、キヨノスケが変なところ……さ、触るから……」


 ちなみに俺の名誉の為に弁明するが変なところなんてひとつも触ってない。本当にただ腰に手を回しただけ。わかってくれとは言わないが俺は悪くない。

 早く飛び立てばいいものをリリアは体をくねくねさせたまま一向に動こうとしない。


「早く飛んでくれる!?色々とまずい状況になっちゃうから!!」


「わ、わかっている。でももっと強く捕まっていないと落ちてしまうぞ?」


 リリアに言われてさらに強く力を込める。ふにふにとした柔らかい肌にさらに顔が埋もれて恥ずかしさに眩暈がする。でもこれも陽ノ守達のため……!少し我慢するだけだ……!


「こ、こうか?」


 ともすれば折れてしまいそうなほどに細い腰だが、痛がるような様子はまるで見られない。


「駄目だ!それじゃ弱すぎる!もっと強く!掻き抱くように!」


 魔王ともなれば飛ぶスピードもとんでもないのかもしれない。空中で振り落とされでもすればそれこそ俺とリリアの命にかかわる。

 俺は今自分に出せる精一杯の力でリリアを抱く腕に力を込めた!


「んっ、ふぅ……ま、まだまだ……!まだ足りないぞ……!」


「まだ駄目なの!?」


「あぁ……あと二時間くらい頼む……!!」


「抱きついてほしかっただけかてめぇ!!」


「はぅんっ」


 俺の中の魔王像が早くもがらがらと崩れ去っていくようだった。

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