第18話 魔王リリア・キル・デスヘルガルム
「そうか……こんな我でも……こんな、魔王でもいいと、お前は言ってくれるんだな……?」
「ああ、もちろ今なんて?」
今さらっととんでもないこと言わなかったこの子?
だが喜びに打ち震えているらしい少女に俺の疑問の声は届いていない。
さっきの沈んだ顔から一転してぱっと向日葵が咲いたように顔を綻ばせ、勢いよく俺の体に抱きついてくるなりぐりぐりと頬ずりをしてくる。
こそばゆさに体がむずむずするが、今はそれとは別の意味で鳥肌が凄い。
あれだよね?聞き間違いってやつだよね?魔の者が訛って聞こえただけだよね?まのもぉのぉうって感じで聞こえただけだよね?
だが、俺のそんな儚い期待はすぐに打ち砕かれる。
「わかった。お前がそこまでの覚悟を持って我を受け入れてくれるというのなら、もう何も言わない。あぁ、本当に嬉しい……!こんなにも満たされた気持ちは生まれて初めてだ……!このリリア・キル・デスヘルガルム、一生の愛をキヨノスケに捧げよう……!」
なるほど、リリアって言う名前だったのか。外見に似合った実に可愛らしい名前だと思う。でも問題はその下だよ。
なんかすっごい聞き覚えのある名前のような気がするんだけど。そんでもって激しく聞き捨てならない名前だった気がするんだけど。
記憶を辿る。あれはそう、ギルドで初めて依頼を受けようとしていたときのことだ。
掲示板に張られた数々の依頼。その中でも特に異彩を放つ、掲示板の中心にでかでかと張られた歴代最高難易度
『魔王リリア・キル・デスヘルガルムの討伐』――と。
さーっと血の気が引いた。
まさかそんな物騒な名前の人物がこの世界に二人といるわけがない。
え?もしかしてこの子、魔王なの?マジで?Realy?
「な、なぁちょっと、リリアさん?」
少女――リリアに向かってそう声をかけるが、その耳にはもう何も聞こえていないようで、苦しいほどに俺の腹周りを締め上げながら感情を隠そうともせずに声をあげる。
「あぁキヨノスケ!もうほんと好き!好き好き超愛してる!好き!大好き!」
か、可愛いこと言ってくれるじゃないの……。好きという言葉がゲシュタルト崩壊しそうだぜ……。
いやいや違う違うそうじゃない、惑わされるな佐藤清之介。
確かに思い返せばおかしいことはたくさんあった。
こんな森で一人で眠っていたこととか、滅茶苦茶強い魔法を使えることとか、死んだと思っていたのに生き返ってることとか、やたら尊大な口調で話すこととか。
全部『魔王だから』で片付けられる話ではあるし、妙に腑に落ちる話でもある。
でもそれを認めてしまうにはやはり色々と問題がある。というか問題しかない。
暴走気味のリリアの肩を強引に掴んでこっちを向かせる。
「な、なんだキヨノスケ?ま、まさか、チュウか!?我はこんなところで初めてのチュウを捧げることになるのか!?でも全く嫌じゃない!むしろ今すぐしてほしい!して!」
「違うわ!聞きたいことがあるんだ聞いてくれ!」
「子供は何人ほしいかだって!?だ、駄目だキヨノスケ!確かにこの身を捧げるとは言ったが、いくらなんでも性急すぎる!もちろん嫌なことはないが、やはり初めては場所と雰囲気がいいところでお願いしたい!だがお前がどうしてもというのならどこであろうとやぶさかではないぞ!」
あれ、この子こんな感じだったっけ?もうちょっと冷静じゃなかった?なんていうか今はただの言葉が通じないアホにしか見えないんだけど。
俺が受け入れてしまったのが原因なのかそれとも元々こういう性格だったのか、ともかく出会ったときのあの落ち着いた感じはもはや見る影もなくなっている。
今俺の目の前にいるのは、愛という燃料で走る暴走機関車だった。
「あぁもういいから話を聞け!」
そんな暴走機関車の頭に軽くチョップを叩き込もうとするが……。
「痛ッ!?めっちゃ痛ッ!?」
ちなみに声をあげたのは俺だ。
この子の頭、石みたいに硬いんですけどもしかしてダイヤモンドか何かで出来てるんですかね。それとも俺の骨が柔らかすぎるのかな?柔らかボーンなのかな?
だが手を痛めた甲斐あってリリアははっとしたように俺を見た。
「ど、どうしたキヨノスケ?それに、我は今何を口走って……」
どうやら正気に戻ってくれたようなので改めて真面目な顔で向き合う。
俺の気持ちが通じてくれたらしく同じように真面目な顔を作ると、どういうわけか目を閉じて唇を突き出してくる。あぁやっぱりこいつ正気じゃねぇわ。
正気じゃないリリアは無視して、聞かなければならないことを口にする。
「その、本当に魔王……なのか?」
俺の問いにどこか残念そうな顔をしながらリリアは頷いた。
「そうだ。我こそは魔族の頂点にして絶対的な支配者、魔王リリア・キル・デスヘルガルム。そしてお前のつ、つつ、妻になる者だ」
ま、まじかまじかまじなのか……!?今俺の目の前にいるこの超絶美少女が、魔王……!?
「そ、そんなに見つめるな……その、にやけてしまう」
「で、でも、どうして魔王がこんな森に?」
「ふむ、永らく眠っていたからほとんど何も思い出せないが、どうやらここに封印されていたようだ。そこにキヨノスケがやってきて封印を解いてくれたというわけだな」
「俺が封印を……解いた?」
そんな記憶一ミリもないんだけど。
っていうかもしそれが本当なら俺とんでもないことしでかしちゃったんじゃないの?魔王を復活させちゃったってことでしょ?切腹どころか一家心中しても足らなそうなんだけど。
「そうだ、少しだけ思い出したぞ。我の強大な力を封じ込めておくための封印にはどうしても綻びが生じてしまって、確か一千万分の一の確率でどこかに穴が発生しているのだ。そしてその穴を通して我に触れない限り封印は解けないことになっていたはず。そもそも普通なら錯視の魔法でそこに封印があることにすら気付かないはずなのだが、ふふ、やはり我とキヨノスケは巡りあう運命だったということだろうな」
照れ照れしているリリアを横目に、俺はこの広場に初めて来た時の事を思い出していた。
確かにあの時、寝ているリリアに向けて様子見のつもりで木の実を投げ込んだ。
まさか、俺が投げたあの一球がリリアの言う一千万分の一で出来るって言う穴を通ったってこと?んでリリアを起こして封印を解いちゃったってこと?
千分の一の剣すら引けないのに、よりにもよって魔王の封印を解くための一千万分の一を引いたのか俺は!?それ逆に不運なんじゃないの!?ていうかどんな確率だよ!!
ともあれそんな封印を施されて眠っていたのだとしたらリリアはほぼほぼ魔王で間違いないだろう。信じたくはないがあの力を見た後であれば納得せざるを得ない。となれば問題はこの後のことだ。
くらくらして倒れそうになりながらもなんとか言葉を紡ぐ。
「ち、ちなみにリリアはこれからどうするつもりなんだ?」
びくびくしながら聞いてみる。人類滅亡させますなんて言われたら俺はこのちっぽけな命を投げ出してでも止めなければならない。
だがリリアの回答は完全に明後日の方向を向いていた。
「そ、それはキヨノスケと我との将来設計をどうしたいかという話か!?」
「全っ然違うわ!人間達を滅ぼすとか、その辺りのことだよ!」
たまにスイッチが入ったように暴走するのはやはり素なんだろうか。
俺が否定するとあからさまに興味をなくしたように意気消沈するリリアだったが、素直に答えてくれる。
「キヨノスケ以外のことなどもうどうでもよい。今の我はお前と一緒にいられればそれだけで幸せなんだ。これからどうしたいのかと聞かれれば、お前とずっと一緒にいたいとしか答えられない」
か、可愛いこと言ってくれるじゃないの……。つい一生を添い遂げたくなってしまいそうだぜ……。
待て待て待て待て待て流されるな佐藤清之介。冷静、冷静さを保つんだ。
でもほんとどうしよう。
リリアが魔王ってことは、俺達が元の世界に帰るためにはこの子を倒さなければならないって事でもある。
俺達を嵌めた王が言っていたことなのでその話にどれだけの信憑性があるかは疑わしいところだが、手がかりがない以上それに縋るしかないのも事実。
かといって俺がリリアに剣を向けられるのかといわれれば答えはノーだ。
俺はリリアに二度も命を救われている。いくら元の世界に戻るためとは言え、そんな恩人の命を狙おうとするなんてことはさすがにできそうにない。
というかそもそも俺とリリアの心臓は繋がってしまってるんだから、俺がリリアを殺すことは絶対にできない。ある意味自殺行為みたいなもんだ。
でも鈴木達は違う。
今は捕まってはいるが、いずれ元の世界に帰るために魔王討伐を目指すことだろう。こんな少女が魔王だなんて誰も思わないだろうが、たどり着かないとも限らない。
そうなってくると鈴木達が魔王を殺そうとすること=俺を殺そうとすることという恐ろしい図式が出来上がる。要するに俺は同じ異世界転移組に命を狙われるということになるのだ。
そこでふとある事に気付く。
もしかしてこれ、鈴木達を助けないほうがいいんじゃない?
俺の中で邪な考えが鎌首をもたげ始める。
そうだよ、わざわざ俺の命を狙ってくる奴等を助ける必要なんてないじゃない。それこそ自分で自分の首を絞めにいくようなもの。ただでさえ弱くて苦労してるのに、さらに同級生からも命を狙われるという縛りプレイをするほど俺はマゾヒストじゃない。
それに、この世界に来て鈴木が――彼奴らが俺にした仕打ちを思い出せ。
王城に召喚されたあの時、俺の能力が低いのを知るなり大声で笑っていたのは誰だ?装備が買えずに嘆いていた俺を見て馬鹿にしてきたのは誰だ?自分達が強いからって余裕ぶっこいて突っ走ったあげく王に嵌められて捕まったのは誰だ?
奴らだ……全部全部、奴らが悪い……!
そんな酷い奴らのために、俺が命を懸ける必要がどこにある……!
リリアが俺を見つめていた。見つめ返すと、赤みがかっていた頬をさらに高潮させて恥ずかしそうに俯く。
どうしてこうなったのか未だに不思議ではあるが、俺はこの滅茶苦茶可愛い上に滅茶苦茶強い魔王に心底気に入られているらしい。
愛するとか愛さないとかその辺は正直よくわかっていないが、少なくともこの子と一緒にいれば楽しく生きていけるような気がする。それに魔王の側ほど安全な場所も他にないだろう。
その代わり元の世界に帰ることも出来なくなるが、そうなる運命だったと割り切ることもできなくはない。元々それほど愛着を持って生きていた世界でもないし。
弱い俺に出来ることは限られている。そんな俺が鈴木達を助けることなんて出来やしない。現にこうして一人でおめおめと逃げてきたことが何よりの証拠だ。
だったら弱者は弱者らしく、こんな自分でも受け入れてくれる小さくも暖かい場所を守っていくのが身の丈というものかもしれない。
自分が持っているもの以上のものを求めようとすれば必ず痛いしっぺ返しを喰らう。そのせいでこれまでどれほど痛い目を見てきたか思い出すだけでも嫌になる。
俺の手がひんやりしたものに包まれた。
リリアの不安そうな顔が覗き込んでくる。
「キヨノスケ?顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
「あぁ、いや、大丈夫だ」
そう答えて頭を振る。
もはや考える必要なんてない。答えは決まっている。
「なぁリリア。どんなことでもしてくれるってさっきの言葉、本当か?」
「もちろんだ。キヨノスケのためならば我に出来ないことは何もない。どんなことでもしよう」
そう言ってリリアは得意げに胸を叩く。
おそらくその言葉は真実で、実際にそれを成し遂げてしまうほどの力をこの少女は持っているのだろう。
だからこそ俺はリリアに願う。
「じゃあ一つだけお願いしたいことがあるんだ」
俺がそう言うなり何も聞かずに頷くリリア。
「わかった。だが我にはこれといった持ち物はない。だから準備は必要ない。いつでも行けるぞ」
「……ちなみに何のことかわかってる?」
やけに物分りのいい反応に一応尋ねてみると、ぼっと顔を真っ赤にさせて手をぶんぶんと顔の前で振る。
「そ、それを我の口から言わせる気か!?」
「どんなことを言わされると思ってんの!?」
そう問い返すと、リリアは肩をすくめて目をそらしながらボソッと呟くように言った。
「その……我とキヨノスケの、あ、愛の巣を見つけに行くんだろう?」
「違うわ!」
「なんだ違うのか……では、キヨノスケはこの魔王に何を願う?」
深呼吸をひとつして、俺は言った。
「俺と一緒にこの世界に転移してきた奴等が捕まってる。だから、それを救う手助けをしてほしいんだ」
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