第17話 異世界の中心で愛を叫ぶ

 とりあえずどうして少女が俺を兵士達から助けてくれたのかはこれでわかったわけだが。


「それで、どうなのだ?」


「どう、と言いますと?」


 少女は俺の顔をちらちらと見ながら恥ずかしそうに言う。


「我が恥ずかしさを堪えてまで赤裸々に想いを告白したのだ。それに対する返事を聞かせてほしい」


 へ、返事……!そうだった……!愛の告白には返事が付き物……!でも返事なんて一体全体どうすりゃいいの!?キヨノスケわかんない!!

 そもそも愛の告白って受けたらどうなるんだ。好きの告白なら普通は受け入れれば付き合う流れだろうが、愛の告白ともなれば受け入れたら即結婚ってことになるの?

 ま、まぁとりあえずそれはこの際置いておこう。


 とにかく思い出せ、思い出すんだ佐藤清之介。

 俺が見てきた数ある異世界転生ものの小説で主人公達は告白されたら一体どうしていた?百戦錬磨の彼等の技巧、今こそ使わせてもらう時ではないか!?

 意識を集中させて過去に読んだ物語の内容を思い出す。何人もの魅力的なヒロインがいる中で、彼等が多く取ってきた行動……唯一絶対無二の回答はただ一つ!


 →はぐらかして他のヒロインともいちゃいちゃする。


 ガッデムッッッッ!!

 そんなのが許されるのはそれこそ小説の世界だけなんだよイケメン共が!!却下だ却下!!


 あらためて少女を見る。

 絹の糸のような細さを持つ金色の髪はツーサイドアップに纏められていて実に女の子らしい。

 白い肌に纏う真白のワンピースはところどころフリルがあしらわれており、肩が出ているところなんか個人的にポイントが高い。

 そして何より目を引く真紅の瞳は、見る者を萎縮させてしまうような色を湛えているがまるで宝石のように綺麗だった。

 恥ずかしそうに頬を赤らめ、上目遣いで俺の返事を今か今かと待っている様子ははっきり言って非常に可愛い。筆舌に尽くしがたい。とても黒い剣士や兵士達と平然と戦っていたとは思えず、端から見ればどこかの貴族のお嬢様のようにしか見えない。


 そんな美少女が俺を愛していると言ってくれているのである。


 あれ、これ拒否する必要ある?

 確かにやけに言葉遣いが尊大なところはあるけど、それを差し引いてもこんないい話、俺の陳腐な一生に一度あるかないかのことなんじゃ?

 

 いや、いやいやいや待て待て早まるな佐藤清之介。嬉しいのはわかるが冷静になれ。

 この少女は自分のことを魔の者と言っていた。つまるところ俺達人間の敵だ。

 それにあれほどの恐るべき力を普通の少女が持っているわけがない。絶対防御なんて普通に考えればチートもいいところだ。ゲームで言えば最後の方か、それこそラスボスが使ってくるような技である。さすがにないとは思うが、受け入れた後で『実は私、魔王だったんです!』なんて暴露されでもしたら俺は切腹しかねない。

 それにこんな辺鄙な森の中で眠っていたこともおかしいといえばおかしい。絶対に何か理由わけありに決まっている。


 ふと視線を下に向けると、少女が俺をじっと見つめていた。

 その表情には期待の他にも不安や焦りのような感情が見え隠れしている。

 ただ、その真っ直ぐな瞳の中に迷いだけは見られない。それはつまり、この子は本当に純粋な気持ちで想いを伝えてきてくれているということに他ならなかった。


 目を瞑ってぐだぐだ考えていた事を追い出す。 

 何をやっているんだ俺は。これじゃあ俺が忌み嫌う優柔不断クソアホ鈍感主人公みたいじゃないか。

 たとえ少女にどんな事情があろうと、今目の前で差し出してくれているこの想いには何の関係もない。俺が今言うべきことはその想いを受け取るのか受け取らないのか、シンプルにその二択だけだ。


 確かに告白してもらえたのは飛び上がるくらい嬉しい。正直心の中では百人を越えるの俺が狂喜乱舞しているくらいだ。だけど、向けられた好意に舞い上がって流されるままに答えるのはきっと間違ってる。

 諸々の云々は抜きにして、俺は少女に今の正直な気持ちを伝えた。


「ごめん。君の想いには答えられない」


 言いながら俺は心で血の涙を流す。

 だって……!こんな可愛い子に好意を向けられたのなんて生まれて初めてだったんだもん……!俺だって健全な男子高校生なの……!ちょっと浮かれてもいいじゃない……!


 でも、俺はこの子の名前すら知らない。

 それが今の俺と少女の関係性を表しているようなものだった。よく知りもしないのに受け入れるのは、この真っ直ぐな気持ちに対して不誠実じゃないか。


 少女の顔が悲しそうに歪む。


「どうしてだ?やはり我が魔族だからか?」


「いや、魔族かどうかは関係ない。こうして話している分には全く気にならないし、俺なんかには千歳一隅の話だ」


「じゃあ……」


「恐いんだ」


 もちろんそれは少女に対してではない。


 この少女は強い。鈴木や他の召喚組の遥か高みに存在している。俺が守ってほしいと願えばきっと叶えてくれるのだろう。

 でも、この子がどれだけ強かろうと俺が弱すぎる事実だけは変わらない。そんな俺を守ろうとすれば、当然その身に危険が及ぶ。

 この世界に来てから俺には既に二度も前科があるのだ。一度目は獣人に襲われたとき、二度目は黒い剣士に襲われたとき。そのいずれも、陽ノ守とこの少女が守ってくれたわけだが、どちらにしても命を危険に晒させてしまった。

 俺が傷つくだけならまだいい。痛いのは嫌だし死ぬのはもっと嫌だけど、それが自分の力不足のせいだというならばまだ受け入れられる。

 でも、俺の弱さのせいで誰かが傷つくということを考えると恐くて仕方がない。

 自分のせいで誰かが死ぬなんてことになったらもう前を向いて歩いていける自信はなかった。


 そう考えると、やっぱり俺は誰かと一緒に行動するべきじゃないんだろう。

 認めたくはないけど、鈴木の言うとおり俺はきっとどこにいても足手まといにしかならない。

 寂しくないかと言われれば当然寂しいに決まっているが、でもそれは今に始まったことじゃないし、言うほど悲観もしていない。こんな俺でも出来ることは必ずあるのだから。


 懐から能力値の書かれた紙を取り出して少女に見せながら言う。


「このとおり俺は滅茶苦茶弱い。ほんと、笑っちゃうくらいに。こんな俺を守りながらじゃ、必ずあの黒い剣士の時みたいに危ない目に会う」


 だが、少女は紙を見ようともしなかった。

 まるでそこに書かれている内容は既にわかっているとでも言うように、じっと俺から視線を外さない。


「自分のせいで我に危害が及ぶのは嫌だと、そう言いたいのか?」


 思っていることを見透かされているような気がしたが、図星だったので素直に頷く。

 すると少女はほっとしたように息を吐いて、薄く微笑んだ。


「我の力を見た上で、まだこの身を案じるというのか。まったく、つくづく我を惚れさせるのが得意なのだなキヨノスケは。だが我が死ぬようなことはない。絶対にな。だからそんなことを心配する必要はない」


 言葉なら何とでも言える、なんて言ったら少し子供っぽいかもしれないが、それでも絶対の確証はない。現に一度少女は黒い剣士に殺されかけている。


 少女は何かを考えていたようだったが、すぐに結論が出たらしく俺との距離を一気に縮めてくる。


「わかった。そこまで言うのならばこうしよう」


 すると少女はおもむろに俺の心臓の辺りに手を当てた。突然のことに心臓が飛び跳ねる。


「少しだけチクッとするかもしれないが我慢してくれ」


 何をするつもりなのかと聞き返す前に、少女はその小さな手をずぶずぶと俺の体の中へと押し込んだ!


「って何やってんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 ぐじゅぐじゅと耳を塞ぎたくなるような音を出しながら少女の手が俺の体に進入してくる。

 いやどういう原理でやってるのこれ!?何!?今何をされてるの俺は!?

 不思議と痛みは感じないし血も出ていないが、異物が体の中に入っているという圧倒的な非現実感に気分が悪くなり視界がぼやけてくる。


 少女の手首が全て俺の胸の中に入りきった頃、ひんやりとした感覚が心臓を包み込むのを感じた。そして木になったリンゴをもぐようにさわさわと撫でさすられる。


 もしかしてこれ、心臓握り潰されるやつですか!?心臓マッサージするにしても俺のそれはまだまだ元気有り余ってますけど!?あと七十年くらいは持つはずなんですけど!?


 俺の不安は増大していくばかりだったが少女は至って冷静で、じっと目を閉じて集中している。

 少しして薄く目を開けると、その体が仄かな光を帯びる。そしてその直後、さっき少女が言っていたようにちくりとした痛みが走った。

 俺の、心臓に。


「!?!?!?!?!?!?」 


 頭の先からつま先まで電流が一気に駆け抜けるような錯覚に襲われた。その衝撃はもはや言葉にならない。

 小さな針で心臓をチクッとやられた気分とでも表現すればいいのだろうか。そもそもそんなことしたら普通は死ぬと思うので経験した人はいないかもしれないが、とにかく想像を絶する痛みであることは間違いなかった。

 その時の俺は多分ゾンビのような声を上げていたことだろう。


 一瞬死んだかとも思ったが、気付いたときには既に痛みはなくなっており、少女の手も俺の体から引き抜かれていた。ただ、妙なひんやり感だけは胸の中に留まり続けているのがわかる。


「今、何を……!」


「キヨノスケの心臓と我の心臓を魔法でリンクさせた。キヨノスケの心臓が止まれば、我の心臓も止まるようにな」


 まるで今日の天気の話をするような軽い口調で言われ、一瞬何を言っているのか本気でわからなかったが、何度も租借してその意味を理解するのと同時に俺は声を荒げる。


「マジでなにやってんの!?そんなことしたらどうなるかわかって……!」


 そこまで言って、それから先の言葉が出てこなかった。

 その行動の意図するところがわかってしまったからだ。


「これで我はお前を守らなければならなくなった。そしてお前も、我を傷つけないために我を側に置いておくしかない。言っただろう?この想いに報いるためなら何でもすると。この程度のことでキヨノスケの側にいられるのならば安いものだ。我がどれほどお前を愛しているか、これでわかってくれたか?」


 ぐうの音も出ない。この少女、本気だ。本気と書いてマジと読むやつだ。


 俺がその辺で呆気なく死ぬようなことになれば少女も一緒に死んでしまう。つまり俺は少女が死なないためにも側で守ってもらわなければならない。自分のせいで傷つくのが嫌だという考えを逆手に取った作戦。

 それに少女としても自らの命の為に俺を守らなければならないというこれ以上ないほど完璧な口実が出来る。


 だが、この行動は少女にとっては俺という何よりの弱点を自ら作りにいったようなもの。それがどれほどリスクのある事かなんて今更考えるまでもない。それ故にこの少女がどれほど本気なのかを如実に物語っている。


 自分の命を人質にしてくるような少女の覚悟に勝てるわけがない。

 もはや俺に少女を受け入れないという選択肢はなかった。


「……わかった、俺の負けだ。そこまで言ってくれるなら一緒にいてほしい。でも愛とかそういうのはまだよくわからああああああああああああああああああああああああああああああい!?」


 言葉の途中で少女がもの凄い勢いで抱きついてきて、万力のような強さで俺のあばら骨を軋みあがらせる!

 たまらず悲鳴を上げるが、叫び声が耳に入っていないのか少女は満面の笑みで見上げてくる。


「い、一緒にいてほしいということは、それはつまり、我のこの愛を受け入れてくれるということでいいんだな!?」


「え”!?あ、いや、それは、えっと……」


 いやでも、受け入れるということはつまりそういうことになっちゃうのか!?

 でも愛だぜ愛!?十八歳で愛を知るにはちょっとばかり荷が重過ぎるんじゃ!?


 困惑する俺を見て、少女はこれ以上ないくらい沈んだ絶望の表情を浮かべた。それからすぐに目尻に涙が浮かび、ひっくひっくと嗚咽が聞こえ始める。

 な、なにこれ!なんなのこの拒否できない雰囲気!これじゃあ誰がどう見ても俺が悪者にしか見えない!


「そ、そうだよな……我のようなま、魔の者なんかと一緒になんていられるわけがないよな……」


 あわあわしている最中にも少女の涙はどんどん溜まっていき、そしてついに堤防が決壊する。ぼろぼろと大粒の涙が頬を流れ、次々と湧いてくる涙は拭っても拭っても止まることはない。


 目元を拭って安心させてやりたい衝動に駆られるが、すんでのところで思いとどまる。

 だ、駄目だ、駄目だぞ清之介!

 確かに罪悪感半端ないけど、その場の感情に流されるのは駄目だってさっき自分で言ったばかりじゃない!それに、そんな気持ちで受け入れたところで少女を傷つけることにしかならないわ!


 ふらふらしていた手を少女の肩に乗せ、その瞳を真っ直ぐに見つめる。

 ちゃんと言うんだ、俺の正直な気持ちを……!それが誠実さ……!それが俺の目指す紳士……!


 だが、俺が言葉にする前に、少女は必死に涙を押し殺した笑顔で申し訳無さそうに言った。


「わ、悪かったなキヨノスケ……こ、こんな我のちっぽけな、おも、想いなどに、つ、付き合わせようと、して……」


 駄目!!耐えられない!!


「ば、ばっちこいやああああああああああああああああああああああああああ!!その愛とやら、受け止めてやるってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 受け止めてやるってんだよおおおおおおおおお……てんだよおおおお……だよおお……よおお……。


 やまびこのように反響していった声が聞こえなくなると、途端に静寂が満ちる。

 

 冷静になりふと思う。

 俺、どうして異世界に来て愛を叫んでるんだろう。


 それになんだか取り返しのつかないことをしでかしてしまった気がしてならない。

 例えるならそう、時限爆弾を止めるため二本の紐のどちらかを切らなきゃいけないって時に、わかっていながら爆発するほうの紐を迷わず切っちゃったみたいな。

 今まさにそんな気分よ。


「ほ、本当にいいのか?我は魔の者なんだぞ?」


 瞳を涙で潤ませながら呟くように少女は言う。よほど嬉しいのか、ぎゅっと握りこんで赤くなった手がプルプルと小刻みに震えていた。

 今更やっぱなしなんて言える空気じゃない。


「も、もちろん、二言はない」


「本当の本当に、いいんだな?後悔しないんだな?」


「後悔しない、任せておけ」


 本当は自分の浅はかな言動にちょっと後悔していたが、もうここまで来たらポジティブに考えるしかない。俺に好意を寄せてくれる滅茶苦茶強い少女が仲間になった。そう思えばこれほど俺にとってありがたい話はない。


 しつこいくらいの確認でようやく信じることができたのか、少女はほっと胸を撫で下ろす。

 そして涙を拭いながら、感極まったようにとんでもないことを言った。

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