第16話 再会

「ならば、我がその者のつるぎとなろう」


 真上から聞こえてきた声と共に、十メートルはくだらない極大の光の剣がもの凄い速さで俺と兵士達との間に突き刺さった!

 衝撃波で兵士たちが一人残らず吹き飛ぶ!ついでに俺も吹き飛ぶ!後ろにあった木に背中をしたたかに打ちつけて俺はその場に蹲った。


 何が起こったのかわからず呆然とする俺の前に、見覚えのある少女がふわりと降り立つ。その姿を見て俺は驚きを隠せなかった。


 膝まである長い金色の髪に、透き通るような白い肌、そして燃えるような真紅の瞳。見間違えることなどあるはずもない。前に広場で出会ったあの少女が、俺の目の前にその姿を現していた!

 やっぱりあれは夢じゃなかったんだ……!でも、あのとき黒い剣士に心臓を刺されて死んだはずじゃ……?


「安心しろキヨノスケ。我が来たからにはもう大丈夫だ」


 そう言って少女は俺のすぐ近くに寄ってくると、まるで母親が我が子を見るような慈愛の篭った瞳で俺を見つめてくる。女の子に真正面から見つめられたことなんてないから滅茶苦茶照れるんですけど!

 そして、そっと手を伸ばすと俺の右の頬に添える。小さな手は柔らかくひんやりとしていて、冷え性だった母の手を彷彿とさせた。

 冷たさは頬を起点としてじんわりと体中に広がっていき、さっきまでズキズキと痛みを発していたはずの傷をあっという間に治してしまう。

 

 治癒魔法だ……!


 陽ノ守に一度かけてもらったことがあったが、少女のそれは陽ノ守の魔法とは比べ物にならないくらいに強力だった。さっきまで感じていた息苦しさも気だるさもこれっぽっちも残っていないし、おまけに滋養強壮の効果まであるのかこれまで生きてきた中で一番といってもいいほど快調になる。

 もしかすると、あの黒い剣士に殺されかけたときもこの治癒魔法で生き永らえたのかもしれない。


 俺に微笑みかけた後、少女は立ち上がって兵士達を見据える。

 すると、少女の周りになにやら赤黒いオーラのようなものが放出され始めた。

 大気が震え、鳥達が一斉に飛び立つ!遠くから何十種類もの獣の叫び声がオーケストラを奏で始める!

 なんだ!?一体何が起ころうとしているんだ!?


「貴様等……随分と好き放題してくれたようだな?」


 可愛いはずなのに底冷えのするような迫力のある声を聞いて兵士達が後ずさる。

 俺もその余りの迫力に身を引いてしまいそうになるが、背後に木があるせいで逃げることも出来ない。知らず知らずのうちに手も足もガタガタと小刻みに震えてしまっていた。

 あの子、あんな可愛い顔して滅茶苦茶恐いんですけど!!


 俺の名前を知っていることからしても以前ここで出会ったあの少女であることは間違いない。

 とすれば、万が一にも兵士達に勝ち目はないだろう。たとえ兵士達が鈴木並みに強かろうが、黒い剣士のあの強力無比な攻撃を全て防ぎきった絶対防御を破れるはずがない。

 それに、とんでもない大きさの光の極大剣やあっという間に傷を治してしまう治癒魔法などから考えても、まだまだ底知れない力を隠しているように思えてならない。

 こんなに心強い味方、他にいないんじゃないか!?俺の心が喚起に沸き立つ。小さい背中がやけに大きく見えた。


「だ、誰だお前は!!何なんだ一体!!」


 体制を立て直した兵士達は槍を構えて応戦しようと俺達を取り囲むように円を作る。よく訓練されているのか素早い連携だった。

 だが少女の魔法を目の当たりにして誰も彼も腰が引けている。まぁあんなものを見せられれば当然の反応だろう。俺なんて腰が抜けているくらいだからな。


 兵士達に向かって少女は抑揚のない声で言った。


「我を怒らせた以上、貴様らの敗北は確定している。名乗ったところで意味などあるまい」


「くそ、馬鹿にしやがって……!そこにいる罪人共々殺してやる……!一斉にかかれぇっ!!」


 合図と共に兵士達がやけくそ気味に叫びながら少女へと突っ込む。


「言ったろう、この者の剣になると」


 少女が右手を広げると、そこにさっき空から降ってきたものと同じ大きさの光の極大剣が突如として現れる。

 少女の身長が大体一メートル四十センチくらいなのでおよそ七倍近くあるわけなのだが、その巨大すぎる剣を少女は何の苦もなく振りかぶると、そのまま躊躇なく横に薙ぎ払った。


 勝負はまさに一瞬。

 少女の持っていた剣が光の粒子となって消えると、剣が通り過ぎた後には白目を向いた兵士達の亡骸が転がっていた。

 あまりにも一方的な光景に開いた口が塞がらない。


「さて、これで邪魔者はいなくなったな」


 少女が振り返ると、その真紅の瞳が俺を捕らえて怪しげに光る。まさか……俺を殺す気ですか!?


「おたす……」


 お助けと叫びそうになって、俺は咄嗟に手で口を塞いだ。

 冷静になれ、冷静になるんだ佐藤清之介。

 ここで叫びながら逃げる行為は漫画で言えば間違いなく死亡フラグだ。それでどれだけの小物が死んでいったか思い出すのも馬鹿らしい。


 深呼吸をして気を落ち着かせる。

 少女は黒い剣士に襲われたときも身を挺して守ってくれたし、兵士達の追撃からも助けてくれた。つまり二度も命を救ってくれたということだ。

 生死をかけた戦いを生き抜いた俺と少女はもはや魂の繋がった友人ソウルフレンド。まさかそんな俺を殺そうとするはずがない。


 だがそんな俺の希望とは裏腹に、ゆっくりと近付いてくる少女の顔には邪悪な笑みが浮かび、牙のように尖った八重歯が覗いていた。今にも飛び掛ってきそうなその猟奇的な顔に、本能的に体がガタガタと震えはじめる。

 

 違くない……?あれは魂の繋がった友人ソウルフレンドというよりも魂を貪り食う狩人ソウルイーターの顔じゃない……!?


 蛇に睨まれた蛙のように動けないでいると、少女が目前まで迫る。

 も、もう駄目か……!

 父さん、母さん、先立つ息子をどうかお許しください。もしも次に生まれ変わった時にはもっともっと裕福な家庭に生まれて幸せになります……!

 そう思い目を閉じた瞬間、俺の胸を衝撃が襲った。


「ぐああああああああああああああああああああ………………って、あら?」


 襲ってくると思っていた痛みは一向にやってこない。

 そーっと目を開いて見てみると、少女が俺の胸に顔をうずめていた。そして喜びをこらえたような上ずった声で言う。


「あぁ……!会いたかったぞキヨノスケ……!よくぞ無事に帰ってきてくれた……!」


「え”ぇ”!?」


 混乱する俺だったが、少女が目に涙を浮かべているのに気付いて何も言えなくなる。


「よかった……!本当によかった……!」


 そこにいたのは、黒い剣士と命の奪い合いをしていた少女でも、圧倒的な力で兵士達をねじ伏せた少女でもなく、ただ純粋に俺の無事を喜び涙を流してくれている心優しい少女だった。


―――


「落ち着いたか?」


 少ししてから少女が泣き止んだのを見計らって声をかける。


「あぁ、もう大丈夫だ。ふふ、格好悪いところを見せてしまったな」


 そう言うと、目に溜まった涙を拭って笑顔を作る少女。

 何なのこの子。そんな純粋な笑顔を向けられると陰の者である俺には眩しすぎて直視できないんですけど。それと色々と勘違いしちゃいそうで困るぜ。

 照れをごまかすように咳をひとつして、少女に言葉をかける。


「でも助かったよ。君が来てくれなかったら俺は間違いなく死んでた。本当にありがとう」


 俺のその言葉に少女はぶんぶんと首を横に振る。そして右手をぐっと握りこむと、意気込むような強い語気で言った。


「何を言う。我がキヨノスケを助けるのは当然のことだ。それに、もしもこの先お前が困るようなことがあれば、我が命を懸けて助けることをここに誓おう」


「そうか、それはありがた………………ん”ん”?」


 びっくりして変な声出たわ。

 っていうかいきなり何を言い出すのこの子。まさか新手の詐欺か何かですか!?

 嘘と欺瞞と裏切りで溢れる現代を生きていた俺の心は荒んでいた。


 だが少女の真っ直ぐな瞳はとても俺を欺こうとして言っているようには見えない。なんというか、心の底からそう思って言っているような迫力を感じる。

 そもそも俺を騙したところで少女には何の得もないはず。俺がほとんどといっていいほど何も出来ないことは黒い剣士の時に既にわかっているだろうし。


 じゃあなんだ。どうしてこんなに好感度高めの台詞が飛び出して来るんだ。


 俺と少女の関係が生き別れの兄妹だったとか前世が恋人だったとか、そういう壮絶な理由わけ在り背景があった上での発言ならまだわかるけど、俺達は黒剣士の時と合わせてもまだ出会って数時間と経っていない。こんなことを言ってもらえるほど好感度を稼いだ記憶もない。


 出会って数時間で好感度最大だなんてベタな展開、それこそハーレム系異世界小説の中でしかありえないはず。現実にそんなことあるわけが……。

 そこでふとある事実を思い出す。

 待てよ……?俺が今いるここ、異世界じゃんね……!?異世界だからありえるじゃんね……!?

 来た!?来ちゃったのか遂に俺に春が!?あまりの嬉しさに飛び上がりそうになるがそこでふと過去の苦い記憶が蘇る。


 中学二年の夏。

 学校で会うたびに俺に笑顔を向けてきてくれたかおりちゃん(仮名)という女の子がいた。

 当時まだ青かった俺は、かおりちゃん(仮名)はもしかしたら自分に気があるんじゃないかと思っていた。

 学校へ来る目的がいつしか勉学からかおりちゃん(仮名)の笑顔を見ることへと変わり、日がな一日中頭に思い浮かぶのはかおりちゃん(仮名)のことばかり。

 だがそんなある日、俺は知ってしまう。実はかおりちゃあぁやっぱりこの話はやめよう。辛くなるだけだ。


 げんなりした気持ちになると、急に冷静な思考が戻ってくる。

 いや、出会って好感度最大とかないでしょ普通に考えて。キャバクラじゃないんだぞ。

 ここは異世界でもある意味現実。この子俺のこと好きなんじゃない?なんて思い込みは愚の骨頂、坊やのすることだぜ。異世界小説をマスってる(マスターしてる)俺は残念ながら勘違いなどしない。


 深呼吸をひとつして、少女の肩に手を置く。

 労わるように少しだけ力を込めて体を離すと、試験の面接官にするような営業スマイルを作った。


 困惑した表情を見せる少女に、俺は紳士的に告げる。


「待ってくれ。君にそんなことを言ってもらえるようなことをした覚えはないんだけど。むしろ何度も助けてもらってるのは俺のほうだし、何か勘違いしてるんじゃないか?」


 すると少女はこれまでにないほど真剣な表情で俺を見つめる。

 そして気を落ち着かせるように小さく息をついてから、口を開いた。


「勘違いなどするわけがない。お前は出会ったばかりの――本来ならば敵同士であるはずの我を命を懸けて救おうとしてくれた。それが本当に……本当に嬉しかったのだ。お前の為ならば命を懸けることも厭わないと思えるほどに。この想いに報いるためならば、我はどんなことでもする。お前が困っているのなら手を差し伸べ、お前が悩んでいるのなら相談に乗り、お前が求めるのならば喜んでこの体を差し出そう。それ程までに、我はお前を……キヨノスケを、愛してしまったのだ」


 そう言って少女は顔を真っ赤にして俯いた。


「…………えぇと、あー、あぁ、なるほどね」


 愛ね、愛。うん、知ってる知ってる。あの地球を救うやつでしょ?いいやつだよあいつは。この間ラーメンご馳走してくれたし、今度一緒に旅行行こうって誘ってくれたしね。


「あのー、悪いんだけど最後の方だけもう一回言ってくれる?」


 俺がそう頼むと、少女は恥ずかしそうに目を伏せたが拒むことはなかった。


「我はキヨノスケを愛している。い、いくら我でも羞恥心はある……あまり何度も言わせないでほしい……」


 は、春が来たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 っていやいやいやいやちょっと待って愛!?愛ってなんなの!?躊躇わないことだっけ!?


 あまりにも唐突な愛の告白に頭の中がバグる。

 いやだってこんな告白されたの生まれて初めてだししょうがないじゃない!?

 でも誰かに好きだって告白されたことすらないのに、好きを飛び越して愛してるなんて言われても正直どうしていいかわからない。


 俺が少女を救おうとしたというのは、おそらく黒い剣士が背後から剣を刺そうとしたときのことで間違いないだろう。

 でもよくよく思い返せばあれは何の意味もないただの刺され損だったわけで、後ろにいた少女にまで貫通してしまった挙句、致命傷まで負わせてしまったのだからとても胸を張れるようなことじゃない。むしろ俺の無能さをひけらかすような話なので出来ればそっとしておきたいくらいである。

 だが、それが少女にとってはよほど嬉しいことだったのだろうか。あの時に見せた笑顔を思い出すとその言葉は嘘ではないように思えた。

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