第15話 逃亡できるかな
「待て!止まらないと殺すぞ!」
森に入ってすぐ、俺の後ろにはすでに数名の兵士達が手の届くところまで迫っていた。そりゃそうだよね!足遅いんだから!
だがこれは幼稚園のかけっこではない。疲れたから休んでいいわけもなく、ビリっけつになれば死が待っている。まさにデスゲーム。
グラードが殺してもいいと言っていた以上捕まれば生きて街に帰ることは出来ないだろう。生きるため、そして陽ノ守たちを救うためには死んでも走り切るしかない。
道はあってないようなものだった。薄暗いため足元はほとんど見えていない。ここまで転ばずに走ってこれたのは運がよかったからだろう。
かといってこのまま転ばずに走り続けることは至難の業だ。兵士は俺が力尽きるのを待っているのか付かず離れずを保ち続けている。
どのみちこのままだと俺の体力が持たないためどうにかして追ってくる兵士を止めなければならない。
確率剣を握り一番近くにいた兵士に向かって振り抜く。咄嗟に弾こうと反応した兵士だったが、確率剣の刀身が出なかったので兵士の剣は空を切り、転ばせることに成功する。
ていうかまじで当たらないなこの剣!
今は外れるのを前提として振ってるから出てもらっても逆に困るけど!!
転んでいなくなった兵士の代わりにまた新たな兵士が追従してくる。
あと二、三人はいるようだが、さすがにそう何度も確率剣に引っかかってはくれないだろう。
食卓用ナイフは振ったところで当たらないし、当たったところでダメージが通るとも思えない。投げるにしてもこれ一本しかないからそれも出来ない。
もしかしなくても今の状況は詰んでいる。
「弱ってきたな!よし、全員で取り囲め!」
「全員!?全員って何!?」
ちらりと振り返ってみると、どこから現れたのか数名程度だったはずの兵士達が十数人に増殖していた!
お前ら俺一人捕まえるのにどれだけ大所帯なの!?サ〇エさんのエンディングですら七人なのに!
気付けば前を除いた全方位に兵士が張り付いていた。
見方によっては要人を警護している風にも見えなくはないが、中心にいるのは殺人容疑者幇助犯。俺にとってこの陣形はもはや恐怖でしかない。
いっそ急に方向転換して撒くか?いや、それをしたところでまた追いつかれるのがオチだ。
なら確率剣で戦うか?いや、これに頼るのは本当にどうしようもなくなった時だけにしたい。信用できなさ過ぎる。
さっさと突けばいいものを、どうやら兵士達は俺をとことんまで追い詰めて遊んでから殺す腹積もりらしい。あのいやらしい笑みにはそれを確信させる匂いがぷんぷん漂ってくる。中学高校と同じような状況に陥ったことがあるから間違いない。俺はその辺の機微に詳しいんだ。
だが、付け入る隙があるとすればそこだろう。
油断するからやられる。どんな強い敵でも負けたときの敗因は必ずといっていいほど油断からきている。今のへらへらしている兵士達には油断しかない。弱っている俺に寝首をかかれるなどとは微塵も思っていないのだ。そこに必ず勝機がある。全部漫画の受け売りだけどな!
周囲を見渡して勝機を探す。
必ずどこかにあるはずだ……!勝機……!勝機……!!勝機……!!!
「………………」
一人が油断していたところで人数が多すぎて入り込む隙なんてないわ。
包囲されてる上にあっちは人数で圧倒的に勝ってるんだから俺一人でどうにかするなんてそもそも無理だった。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!こんなところで死んでたまるかあああああああああああああああああああああああ!!」
最後の断末魔だとでも思ったのか兵士達が笑い声を上げる。
笑いたければ笑えばいい。俺はまだ諦めてなんかいない。必ず生き残って陽ノ守を助けに行くんだから!
「いい加減追いかけっこも終わりだ!そろそろ楽しませてもらおうか!」
兵士の一人が叫ぶと、全員が同調して槍で狙いを定める。弱ってきた得物をしとめる時間が来たということらしい。
タイミングさえあえば屈んで避けられると思っていたのだが、兵士の奴らはそれを見越してかふらふらと槍を揺らす。誰がいつ突いてくるかわからないのでタイミングを計るもクソもない。
心の準備もできないうちに一人が槍を突き出してきた。
狙いは頭。なんとか見えていた俺は屈んで避けようとするが、まさにそれを狙っていたのか右にいたもう一人が屈んだ瞬間目掛けて槍を突き出してくる!
迫る槍。右にも左にもそして後ろにも槍を構えた兵士が狙いを定めているのでもはや避けることもできない。
頭にだけは当たらないようにと庇った腕にザクリと槍が突き刺さる。
傷は浅いが、ズキリと痛み走り涙が出る。それを見て兵士達がげらげらと笑う。わざと傷を浅くして俺をいたぶるつもりのようだった。
「どんどんやれ!」
その言葉を合図に四方八方から槍が突き出されてくる。当然防ぎきれるわけもなく、俺の体にザクザクと槍が突き刺さる。
鋭い痛みに声をあげそうになったが、兵士達を喜ばすだけだとわかっていたので歯を食いしばって耐えながらなんとか足を進める。
それにしても滅茶苦茶痛い!感じたことのない痛みに頭がガンガンする!
でも、どれだけ痛かろうが止まるわけには行かなかった。
こんな俺でも、もし死ぬようなことがあれば陽ノ守たちを助けることは出来ないからだ。鈴木達は望んでもいないだろうが、大層な言い方をすれば俺の行動にはみんなの命がかかっているといっても間違いじゃない。
だがそんな想いとは裏腹に俺の体は限界へと近付いていく。
走り続けていたせいで息があがり、槍で刺された箇所から血がとめどなく溢れ出す。喉がからからに渇き、意識が朦朧としていく。
倒れてしまったほうがいっそ楽かもしれないという考えを頭を振って追い出した。
混濁する意識の中、視界の端に森では絶対に見ることのないであろう金色が映ったような気がした。そしてそのすぐ近くに木にくくりつけられた見覚えのある白い紐を見つける。
俺が森で迷わないように目印にしていたものだった。
かなり走り回ったはずだがいつの間にか入り口付近に戻ってきていたのかもしれない。
ふと、俺の脳裏に金色の髪の少女の姿が浮かぶ。
理由はわからないがこの紐を辿っていかなければならないような気がして俺は紐を目印に走った。
狭い木々を抜けると、以前迷い込んだ広場へと辿り着いた。
どこか安心したのも束の間、入ってきた箇所以外は木が密集しており、通り抜けることができないようになっていた。もはや逃げ場はない。
木々を背にして兵士達と対峙する。
槍を何度も突き刺していたせいか、さすがの兵士達も息を上げていたが、俺が逃げられないとわかって余裕の笑みを浮かべる。
「もう逃げられなくなったみたいだなぁ。さんざん引っ掻き回しやがって、簡単に死ねると思うなよ」
俺一人に対して兵士達はざっと十五人はいる。食卓用ナイフでどうこうできる相手じゃないし、そもそも戦闘経験に乏しい俺が厳しい訓練を積んで来たであろう兵士達に適うわけがない。それこそ大人と赤子の喧嘩だ。
この状況をひっくり返すために俺に出来ることはただ一つしかない。
千分の一の確率で引き抜ける剣。引き当てられればとんでもない攻撃力を持つという噂の剣だ。
ばあさんが言っていただけなので本当か嘘かはわからないし、そもそも戦闘で引き当てられたことがないので実際のところ本当なのかどうかは不明だ。だが引き抜けたときのあの剣の輝きは間違いなくどんな剣よりも強く見えた。
俺がこの場をどうにかできるとすれば、この千分の一の剣を引き当てるしかない。
「この剣はお前達が持っている剣や槍よりもずっと強い。死にたくなかったら俺に近付くんじゃない」
兵士達の間に笑いが起こる。
「もう何回も見たから知ってるぞ。どうせまたはったりなんだろう?その剣に刀身なんてないんだ。追い詰められてるのはわかるがもっとましな嘘をつくんだな」
「本当に……そうだと思うか?」
俺が自信たっぷりにそう言うと、兵士達は少しばかり困惑したようだった。
今の俺には守ってくれる人もいなければ助けてくれる人もいない。孤立無援の状況。疑いようもないピンチだ。
でも、だからこそこの土壇場で千分の一を引ける。どうしてかそんな確信が俺の中にあった。
ばあさんと勝負した時も絶対に無理だと思っていた状況から一転して勝利を掴み取った。逃げ場のない負ければ全てを失う大一番で千分の一を引き当てたのだ。あの時と今の状況はとてもよく似ている。
ふと、俺の右手に力が集まっていくのを感じた。
まさか、とてつもない幸運が俺の右手に宿り始めている……!?
全身傷だらけでふとすれば気を失ってしまいそうですらあるが、どういうわけか負ける気は一ミリも感じなかった。
「この剣は確率剣。千分の一の確率で最強の剣を呼び出せる唯一無二の剣だ……」
「千分の一だ?馬鹿馬鹿しい。その話が本当だったとして、ここで引ける保証がどこにある」
「保証なんてない。だが俺はコンビニの棒付きアイスの当たりを二回連続で引き当てたことのある強運の持ち主だ。これは大体二千五百分の一の確率。つまり、千分の一なんか屁でもないって事だ……」
「な、なんだと!?」
棒付きアイスという言葉にはぴんときていないようだったが、ともあれ驚く兵士達。今が好機とばかりに抜刀の構えを取ると兵士達は数歩後ずさった。
「な、何が強運だ!たとえそれを引けたとして、そんな武器をお前に使いこなせるわけがない!」
「いいだろう……ならばこの確率剣の初めての錆になるがいい!確率剣よ、今こそ真の姿を見せる時だ!来い、ラッキー・スターァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
万感の想いを込め、確率剣を引き抜く!
だがまるで鉛でも付けられたかのように重くて引き抜けない!なんだ、なんなんだこの重さは……!こんなことこれまで一度もなかったのに……!
いや待て、待つんだ俺。あれだけすぱすぱ抜けていたはずの確率剣が重いということは、つまり刀身が現れているということに他ならない……!
俺の顔に笑みが浮かぶ。
やはり俺は運がいいらしい。幸運の女神様もここにきて、この絶体絶命のピンチにようやく俺の味方をしてくれる気になったというわけだ。
「いっけええええええええええええええええええええええええっ!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
裂帛の気合を込めて叫ぶと、確率剣が徐々にその真の姿を現していく!
まばゆい光が剣から放たれ、兵士達もそのあまりの眩しさに目を覆って怯む!
ズアアアアアッ!!
もはや見るまでもない。目を見開き、兵士達を睨みつける。
「これまでの借り、たっぷりと返させて貰おうか!いくぞ確率剣……って、あれ」
刀身ないやん。
「………………」
「………………」
場に沈黙が広がる。
俺も呆気にとられていたし、兵士達も呆気に取られていた。初めて俺と兵士達との心が通いあった瞬間だったかもしれない。
って引けんのかああああああああああああああああああああああああいっ!!
何!?何なの!?さっき俺の手に集まってた力は一体何だったの!?こんだけ期待させといて引けないって何なのこの剣!?存在してる意味あるの!?それとなにが幸運の女神じゃ!!自分で言っといてなんだけどあんたを信じた俺が馬鹿だったよ!!
「馬鹿にしやがって……!全員で袋にしろ!とことんまで痛めつけてから殺す!」
兵士達はそれはもうかんかんに怒ってらっしゃった。殺気を抑えようともせずに槍やら剣やらを構えてじりじりと距離をつめてくる。
「まぁ待ってくださいよ。話し合いましょう。話せばわかると昔の人も言っていたじゃないですか。我々は人間、考えられる動物です。衝動に任せているだけではその辺の獣と変わりありませんよ」
なんとか場を丸く収めようと試みるがもはや兵士達は聞く耳すら持ってくれない。焦らすだけ焦らして外れ引いたんだから無理もない。
万事休すか……!
言葉が通じないなら俺達にはもはや肉体言語しか残されていない。ただではやられまいと食卓用ナイフに持ち替えた、その時だった。
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