第14話 裏切り

 真っ暗な闇の中にいた。

 目を開けているのか閉じているのか、それすらもよくわからない。

 ふわふわと宙に浮かんでいるような気もするし、何かに押しつぶされて全く身動きが取れないような気もする。

 わかっていることといえば、俺が今いるこの場所はとにかく寒いということだけ。

 雪の降り積もる真冬に着るものも着ずに外に放り出されたような気持ちだった。


 そんな中、突然右手がカイロでも握っているかのようなあたたかさに包まれる。

 その温もりは右手を通してじんわりと身体中に伝わっていき、いつしか寒さは感じなくなった。


 でも、どうしてか心の中はまだ冷え切ったままで、どれだけ待ってもあたたかくなることはなかった。


 ―――


 ぴちょんと水滴のようなものが顔に落ちてくるの感じて目を覚ます。

 落ちた水は俺の頬を伝って耳元まで走り、こそばゆさを生んだ。

 歪んだままの意識の中で、どこか聞きなれた声が真上から聞こえてくる。


「……うさん!佐藤さん!起きてください!お願いですから目を開けてっ……!」


 薄っすらと目を開くと、ぼんやりした視界の中に顔のシルエットが浮かび上がる。

 何度か瞬きをして徐々に視界が戻ってくると、そこには涙で顔をぐしゃぐしゃにした陽ノ守の顔が映っていた。


「ひの、もり……?」


 喉に何かがつかえているかのようにうまく言葉が出て行かなかったが、なんとかそれだけを口にすると、陽ノ守はほっとしたように笑い、ぎゅっと俺を抱きしめてきた。

 ひ、陽ノ守さん……!?ちょっと大胆すぎやしませんか……!?

 ひとりドギマギしていると、はっとした陽ノ守はすぐに身体を離した。そして涙を拭いながら言う。


「よかった……!本当によかったです……!もしかしたら死んでしまったのかと……」


「ここは……?っていうか、そうだ、俺は……」


 金色の髪を持つ少女と黒い剣士の壮絶な戦いが蘇ってくる。

 当然、剣士に刺された記憶も、俺の目の前で死んだ少女のこともすぐに思い出された。


 慌てて刺された箇所を確認してみるが、そこにあったはずの傷はどこにもなかった。

 周囲を見回してみても、少女の死体どころか飛び散っていたはずの血の跡すら残されていない。

 さらに言えば、俺が倒れていた場所はあの円形に開けた場所とは全く違う場所だった。。

 混乱する俺に、陽ノ守が優しく語りかけてくる。


「佐藤さんは血だらけでここに倒れていたんです。おそらく魔物の仕業だと思いますが、お腹を切られていました。治癒の魔法が間に合って本当に良かったです」


「陽ノ守が治してくれたのか……ありがとう、助かったよ」


 俺が礼を言うと、陽ノ守は小さく頷いた。


「一体ここで何があったんですか?どうしてまた森の中に?」


 陽ノ守には怖くなったから森を出たいと言って別行動にしてもらっていた。

 それなのにどうして再び森の中に入ったのか陽ノ守が気にするのは当然だろう。


 だがここで本当のことを言えば陽ノ守に嘘をついたと伝えるようなものだ。

 もちろん陽ノ守を陥れようとか、そんな邪な気持ちでついた嘘ではなかった。

 でも、あのまま一緒に行動していれば陽ノ守は俺を守ろうとして無理をしただろう。

 俺のせいで仲間が命の危機に晒されることだけは嫌だった。だから嘘をついた。

 幸い俺が再び森に入ってから陽ノ守や鈴木たちとは一人も出会っていない。俺が森で何をしていたかを知る人間は誰もいないだろう。


 陽ノ守は真っ直ぐな目で俺を返事を待っている。

 俺のことを人一倍気にかけてくれている陽ノ守だからこそ、失望されるのが恐かった。


「……わからない。よく覚えてないんだ」


 俺がそう答えると、陽ノ守は特に疑う様子もなく頷いた。

 そして俺の手を取って笑顔を浮かべる。


「わかりました。でも、これからは私と一緒に行動してください。もし佐藤さんが傷を受けても、私の魔法があれば治してあげられます。それに、何があっても絶対に私が守ってみせます。佐藤さんは私にとって大切な仲間なんです。だから、約束してください」


 小指を差し出してくる陽ノ守。当然そんな陽ノ守の気持ちを無碍にできるわけもなく、俺も小指を差し出した。

 指きりなんてしたのはいつ以来だろう。

 どこか気恥ずかしくなって俺は陽ノ守から目をそらした。


「ここは安全ではありません。すぐに森の外に出ましょう」


「わかった」


 歩き出してからもう一度振り返ってみたが、俺を助けてくれた少女の姿はやはりどこにも見当たらなかった。


 ーーー


 陽ノ守曰く、鈴木たちの活躍によって森の中に隠れていた魔物の掃討はほとんど完了したらしい。

 言われてみれば確かにあれだけ騒がしかったはずの森がいつの間にか静寂を取り戻している。

 だがあちこちに戦闘の傷跡が見受けられ、焼け落ちた木や大きなクレーターのような穴ぼこがそこかしこに出来上がっていた。

 それだけ鈴木達が好き放題に暴れまわったということだろう。環境保護団体がこの世界にあるとすれば噴飯ものなんじゃないだろうか。


 幸い俺が森に入る際に道しるべとして木にくくりつけていた紐は無くなっておらず、迷うことなく入口に戻ってこれた。


 森を出ると陽の光が俺たちを照らしてきて、眩しさに目を細める。

 大して時間は経っていないはずなのに本物の太陽の光を浴びてひどく安心している自分がいた。

 陽ノ守しかり黒い剣士しかり、命を奪いかねない擬似太陽ばかり見てきたせいかもしれない。

 できればそっちの方はもう一生見なくてもいいが、なぜかこれから幾度となく焼かれるような気がしてならない。


 少し歩くと、鈴木たちの背中が見えてくる。

 大層ご立派な活躍をして鼻高々といったところだろうが、対して俺が倒した魔物の数はゼロ。できれば顔を合わせずに街に帰りたい――そんなことを考えていたのだが、そこで俺の足ははたと止まった。止めざるを得なかった。


 鈴木はまるで何かに力を抜かれたかのようにがっくりと項垂れてへたり込んでいた。自慢の剣も無造作に地面に転がっている。

 そこにいつもの活気や余裕は全く感じられない。惚けたままただ一点だけを見つめている。近付くにつれて体が小刻みに震えているのがわかった。

 鈴木だけじゃない。鈴木のグループメンバーも皆一様に鈴木と同じように項垂れている。


「遅かったな。お前たち二人で最後だ」


 王直属騎士団のグラード団長がそう言いながら俺たちに近づいてくる。

 その後ろには部下である兵士の姿もあるが、どうしてかみんながみんな、俺たちを仇を見るような厳しい目で見ているような気がした。

 いや、これは紛れもなく敵を見る目だ。中学高校と敵が多かった俺だからこそわかる。俺はそういう機微に詳しいんだ、悲しいことに!


「何かあったんでしょうか」


 陽ノ守が聞くとグラードは突然笑い声をあげた。


「何かあったかだって?随分と白々しい言葉を口にするんだな、この罪人どもが!」


「罪人?一体何を言ってるんですか?」


 意味がわからずそう呟く。


 まさか陽ノ守に嘘をついたことを咎めているわけではないだろうし、それ以外に罪人と呼ばれるような事をした覚えはない。

 あるとすれば黒い剣士が少女を殺した場面に出くわしたことくらいしか思いつかないが、あの場には誰もいなかったし、今となってはあれが本当に起きたことだったのかも自信がない。


 陽ノ守に視線をやって確認してみるが、やはり心当たりはないという風に首を振った。


「あくまでもとぼけるというのだな。ならば教えてやる。貴様等が一体どれほど残虐で、残忍で、救いようのないことをしでかしたのかを!」


 グラードが指示をすると、兵士達数人が鈴木達の近くにおいてあるシートの被った山に近付いていく。この森に来たときにはなかったはずのものだ。

 シートの端を持つと、兵士は勢いよくそれを剥がす。

 そこに積んであったものを見て、俺は目を疑った。


「なん、ですか、あれは……?」


 陽ノ守が絶句するのも無理はなかった。

 俺達の目の前に広がっていた光景は、とても想像出来るようなものではなかったからだ。


 死体の山。それも、人間の死体ばかりが寄せ集められている山だった。


 直視していられずに陽ノ守は両手で顔を覆ってその場に膝をついた。

 俺は俺で、目の前に広がっている光景が信じられず、ただ黙って呆然とするしかない。


 そんな俺達を見ながら、グラードは呆れたように言葉を続けた。


「この人々は山菜を取りに森に入っていただけの善良な国民だった。それを、何を血迷ったのかお前達は魔物だと決め付け虐殺して回ったのだ。国民を守るために振るうべきその力を、抵抗もせず、ただ逃げ惑う人々に躊躇なく振りかざしたのだ!何が勇者だ、この殺人鬼共め!」


 激しく激昂するグラードだが、こっちもこっちで事態が飲み込めない。

 俺達がこの人たちを殺したなんてそんなの納得出来るわけがない。


「何かの間違いだ。俺達は人間を殺してなんかいない。そもそも森の中には魔王軍の獣人しかいなかったんだ。おい鈴木!お前も殺してなんかいないだろ!?どうして何も言わないで黙ってるんだよ!?」


 そう問いかけるも鈴木は反応すらしない。

 普段のあいつなら冤罪なんてふっかけられようものなら全力で抵抗しそうなものだが、今は借りてきて猫のように沈黙している。

 まさか本当に殺したってのか?

 いや、そんなことありえない。森の中に俺達以外の人間はいなかった。いくらなんでも獣人と人間を見間違うようなことをするわけがない。


「いいだろう。貴様等が嘘をついているかどうかなど、これを使えばすぐにわかる」


 そう言ってグラードが取り出したのはどこかで見たことのある水晶玉だった。

 あれはそう、俺達がこの世界に召喚されてすぐに能力値を明らかにするために使ったものだったはず。


「これはただ能力値を調べるだけのものじゃない。それはあくまでも力の一端。こいつの本当の力は、対象者の心の奥底に潜む本心を意志とは関係なく聞き出すことができるというものだ」


「本心を聞き出すだって?そんなこと、どうやって出来るっていうんだよ」


「教えてもらうんだよ。お前達の手の甲にな」


 グラードがそう言うと、俺の右手の甲に文字が浮かび上がってくる。

 それは、能力値を見る時に浮かび上がって来た文字と全く同じものだった。ぼんやりと光を発すると、ピリピリとした感覚が手に広がる。


「では聞こう。お前達は人間を殺した。違うか?」


 俺の手の甲の文字に反応はない。変わらずぼんやりとした光を放っているだけ。

 グラードの顔があっけに取られたようなものに変わる。


「まさか、本当に殺していないのか?」


「だから言ってるだろ!俺達は人を殺してなんか……」


「い、痛いぃぃぃぃぃ……!」


 俺が言い切る前に陽ノ守が声をあげる。

 見れば、苦痛に耐えるように表情を険しくして手の甲を押さえていた。


「陽ノ守!?」


 駆け寄ろうとすると、両脇から兵士が槍を突き出してきて行く手を阻む。


「見ろ、これがこの者が嘘をついている決定的な証拠だ。嘘をつけば、このように耐えがたい痛みが走る。つまりこいつは人を殺している。間違いなくな」


「……そんな、そんなわけない!陽ノ守が人を殺すわけがないだろ!」


 陽ノ守も、鈴木も、そして他の連中も、人を殺すなんてことをするわけがない。そんなこと、絶対に認められるわけがない!


 そもそもあの死体の山は本当に人間なのか?毛を剥いだだけの獣人じゃないのか!?

 そう思ってもう一度確認して見る。

 すると、死体の山の中に一人だけ俺の見知った顔を見つけて思考が止まる。


「……待ってくれ、どうしてあそこにいるんだよ?」


 懐を漁り、森の中で獣人に渡された写真を取り出す。

 仲睦まじい家族の写真。

 そこに映っている父親であろう男性が、今まさに俺が見ている先の死体の山に埋もれていた。

 ふと、あの時の獣人の言葉が脳裏を過ぎる。


『モウ、ナ、ガク……ナイ……ヒ、トツ、タノマレテ……クレ……イカ……』

『ア……テ、イル……ツ、タエ……イ……?』


 どうして獣人が人間の家族の写真を持っていたのか。なぜ死に際になって俺にそれを託してきたのか。そして最後に何を伝えたかったのか。


(愛していると伝えてくれないか?)


 もし、もしも本当にあの獣人が人間で。そう伝えてほしいと願っていたとしたら。俺達がしたことはまさか本当に……?


「……違う。そんなわけがない。あの時俺の目の前にいたのは間違いなく人間なんかじゃなかった。見間違う余地なんてなかった……!」


「だが水晶は真実だと告げている」


「ならその水晶が間違ってる!」


「違わない。水晶は真実のみを暴き出す。絶対に殺していないというのならお前のように痛がりもしない。だがお前以外の者はその心の奥底に殺してしまったという意識がある。だからこそこうして痛みに耐え蹲っている。いい加減現実を見ろ!あの人間の死体の山を!お前達がやった!お前達が我が国民を虐殺したんだ!」


 グラードと話していても埒が明かないと思った俺は、項垂れたままの鈴木に声をかける。


「鈴木!お前は認めるのか!?自分が人を殺したって!」


 鈴木は焦燥しきった顔で俺を見た。そこにいつもの自信に溢れた強気な面影はもはやどこにもない。


「殺ってねぇ……俺は絶対に殺ってねぇんだ……でも、でもよぉ……見ちまったんだよ、俺ぇ……」


 鈴木は体を震わせながら、絞りだすような声で言った。


「俺がこの手で切り刻んだ獣人の体が……人間に変わるところをっ……!!」


「何だ、それ……!?」


 聞き返そうとすると、鈴木の後ろにいた兵士が槍を逆手に持って背中を激しく打ちつけた。防御力が抜きん出て高かったはずの鈴木がそのあまりの痛さに叫び声をあげる。


 グラードは森に入る前に言っていた。我々は魔王軍に面と向かって対峙できるほどの実力を持っていないと。

 そのはずなのに、魔王にも匹敵しうる能力値を持った鈴木にダメージを与えられている。兵士が持っているのは見たところ普通の槍であり、伝説の武器なんかであるわけもない。

 それほどの力を持っているのなら、魔王軍討伐を俺達に任せる必要はどこにもない。自分達でも十分魔王軍と戦えるだろう。でも彼等はそれをしないでただ森を封鎖しているだけだった。


 仮にその目的が魔物を逃がさないためではなく、俺達を逃がさないためのものだとしたら……?

 俺達に冤罪を着せ、捕らえるために待ち構えていたのだとしたら……?


 そもそもこの依頼を出してきたのは誰だ?知らせもせずに人の手に勝手に文字を書き込んだのは誰だ?

 その事実が示すことはたった一つしかない。


 嵌められたんだ。俺達を召喚した張本人である、あの王に……!


「もういい、殺人犯共を連れて行け!逃げようとした者は容赦なく殺す!わかったな!?」


 鈴木達が後ろ手に縛られて兵士に連行されていく。

 俺のすぐ近くで蹲っていた陽ノ守も無理やり立たされて手を縄で縛られる。


「陽ノ守はやってない!絶対に人なんか殺してない!離せ!」


 陽ノ守に近付こうとした俺を兵士達が取り囲み、同じように縄で縛ろうとしてくる。なんとか抵抗しようとするも、俺の力では兵士達は当然のようにびくともしなかった。

 くそ……!自分の能力値の低さをこんなにも恨めしいと思ったことはない……!


 陽ノ守と目が合う。するといつもと同じようにふわっと笑った。


「ありがとうございます、佐藤さん。最後まで私を信じてくれて……」


 一緒に行動すると約束したばかりなのに、陽ノ守をこのまま連れて行かれていいのか?

 無実の罪を着せられて、指をくわえて黙って見ているだけでいいのか?

 ただの学生だからって理由をつけて、だから何も出来なくても仕方ないって自分を正当化させて、またいつものように後悔することになってもいいのか!?


 いいわけない。

 もう何もせずに後悔なんてしたくない。どうせ後悔するなら今の俺に出来るだけのことをしてから後悔してやる……!!


「……待てよグラード団長。いいのか?俺達を敵に回しても。後悔することになるぞ」


 俺がそう言うと、馬鹿を見るような目で見下しながらグラードは大声で笑った。


「お前ごときに一体何が出来る?能力値も最低のクズのくせに、負け犬の遠吠えにすらなっていないぞ。罪人を庇ったお前も同罪だ。連れて行け」


 グラードの指示に、兵士が俺を掴んで連れて行こうとする。だがそれでも俺はグラードを睨むことをやめない。


「わかった。そっちがその気なら、俺にだって考えがある」


 そう言った瞬間、右手に隠し持っていた食卓用ナイフで手を縛っていた縄を切り裂く!

 すぐさま姿勢を低くして兵士の手を振り切り、何が起こったのかわからず呆気に取られるグラードの背後に回りこんでその首筋に食卓用ナイフを突きつけた!


「少しでも動けばこいつの喉を掻っ切る!わかったら俺達から離れろ!」


 そう叫ぶと、兵士達は二歩、三歩と離れていく。

 グラードはなんとか俺を引き剥がそうとするが、いくら力がないといってもがっちりと絡み付かれれば引き剥がすのは容易じゃない。


「貴様……!どうやって……!」


「能力値の低い俺にはこの食卓用ナイフくらいしかまともに装備できない。だからこそお前は見落とした。まさか、勇者として召喚された人間の中にこんな小さな刃物しか装備できない奴がいるなんて思ってなかったんじゃないか?」


 正直言って食卓用ナイフが役に立つときが来るとは自分でも思っていなかったけど!肉を切るときくらいしか役に立たないとか言ってごめんなさい!


「馬鹿馬鹿しい!それに背後を取ったところでお前に俺は殺せない!絶対に!」


 グラードが自信満々にそう言うと、陽ノ守の手の甲が光り苦痛に歪んだ悲鳴が響く!


「あああああああああああああああああああああああああっ!!」


「やめろ!!やめないと本当に突き刺すぞ!?」


 そんな俺の脅しにもグラードは怯まない。むしろ大口を開けて笑う。


「わかってないなこの大馬鹿者が!罪人の呪縛を埋め込まれ、人間を殺した時点でもうこいつらには何も出来やしない!生かすも殺すも俺達が決められる!だからこそお前は俺を殺せない!そしてお前も俺を殺した時点でこいつらと同じ、その手に浮かんだ紋様に永遠に苦しめられるんだ!わかったら武器を捨てろ!その娘が死んでもいいのか!?」


 俺の右手の紋様が朧気に輝く。まるで俺が人を殺すのを待ち構えているかのように。


「さ、とう……さん……わたしのことはいいですから……に、げて……」


「くそぉっ……!」


 悔しさで歯噛みする。

 例えここでグラードを人質にして陽ノ守を逃がすことが出来たとしても、陽ノ守の手の甲に紋様がある限り痛みからは逃れられない。陽ノ守の様子からしてその痛みは想像を絶するものなのだろう。下手をすれば死ぬ可能性だってあるかもしれない。

 かといってグラードを殺したところで俺も紋様の痛みに囚われることになり、陽ノ守を逃がすことはまず適わない。

 どちらにしても、陽ノ守を助けることは出来ない……!

 手が震える。やっぱり俺には何もできないのか……?たった一人の仲間を助けることすら……!


「聞いて、ください……佐藤さん……」


 痛みに耐えながらも、陽ノ守は気丈に笑顔を作って言う。


「佐藤さんは何も出来なくなんかありません。あなたは私を信じてくれた。それがどれほど嬉しかったか、わかりますか……?飛び上がるくらい、嬉しかった……!あなたは私を笑顔にしてくれたんです。だから、もっと自分に自信を持ってください……!」


「陽ノ守……」


 グラードに突きつけていた食卓用ナイフを下ろすと同時に体を離す。

 即座に振り返って殴りつけようとしてきたグラードの顔目掛けて確率剣を引き抜いた。

 それすらも予想していたのか剣に拳をあわせようとするグラードだったが、確率剣に刀身はない。まさか刀身がないとは思わなかったのかグラードの攻撃は空振りに終わる。

 困惑しているグラードの隙を突いて、俺は森へと一目散に駆け出した。


 認めるしかない。今ここで俺に出来ることは何もない。陽ノ守を助けることも、鈴木達を助けることも出来ない。


 でも、今出来なくても明日出来ないとは限らない。絶対に諦めない。必ず助け出してみせる……!


「逃がすな!絶対に捕らえろ!殺しても構わん!」


 グラードの怒鳴り声が聞こえてくるのと同時に兵士達が一斉に追いかけてくるのがわかったが、俺は振り返らずに真っ直ぐに森へと入っていった。

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