第13話 守らなければならないもの
黒い剣士が味方かどうかはわからないが、少なくともあの化け物のように強い少女を相手している間はこちらに気を裂く余裕はないだろう。
少女にしても、俺がここにいることに気づいている様子はない。さっき少女が言っていたのはあの剣士のことだったんだろう。全身黒づくめだし暗殺者装備とみまちがってもおかしくはない。
何にしてもあれだけレベルの高い戦いを前に俺がここにいたところで何をすることもできない。
今はあの恐ろしく強い魔物と思われる少女のことを陽ノ守や他のみんなに知らせなければ。もし黒い剣士が負けるようなことになれば次に襲われるのは俺達かもしれない。そうなればあの少女に対抗できる人間は限られてくる。そうなる前に逃げなければならない。
剣士がじりじりと少女に詰め寄るのと一緒に、俺もじりじりと後ずさる。
ある程度離れて木の陰から飛び出そうとしたその時。
「あっつい!?」
木の陰から出た俺に、突如として熱風が襲いかかってきた!
慌てて木の陰に隠れるが、気温が急激に上がっているのか汗が吹き出て止まらなくなる。焦げ臭さを感じて周りを見回してみると、あちこちの木から煙が出始めており、場所によっては火が昇り始めていた!
「物理攻撃も魔法攻撃も効かないと踏んで次は熱さで参らせる作戦か。確かに苦しいが、それはお前も同じではないか?」
おそらく剣士が何かの魔法を使ったんだろう。ある程度離れているはずのこの場所にまで届くくらいの熱量だ。おそらくその中心にいる剣士や、そのすぐ近くにいる少女の周囲は立っていられないほどだろう。
さらに熱さは増していき、同時に熱風も勢いを増す。試しに葉っぱを陰から投げ込んでみると、シュボっと音を立ててあっという間に炭になった。
で、出られない……!!今出たら間違いなく焼け焦げて死ぬ……!!
今は陽ノ守がいないから治癒魔法で治してもらうこともできない。かといってこのままでは俺を守ってくれている木がいつ焼け落ちるかわからない。
もしかして俺、詰んでない?
そうこうしている内にも剣士と少女の戦いが再開され、刃と刃がぶつかり合う音や爆発音が絶え間なく聞こえてくる。これだけの熱さの中で動けるとかどっちも化け物だな……!
戦いは激しくなる一方で、周囲の熱が下がることはなく、視界がぼやけ意識が朦朧としてきた俺はその場で蹲ってしまう。
どうやら体を冷やすために汗がどばどば出ていくせいで脱水症状になっているらしい。
まずい。これはもしかしたら死ぬかもしれないやつだ……!
そう思ったときには既に遅く、体の自由がきかず声を出すこともできなくなる。当然助けを呼ぶこともできない。そもそも呼んだとしても来てくれるか微妙だけど……!
敵と戦って名誉の戦死を遂げるのならまだしも、どこの誰ともわからない奴らの戦いの余波に当てられて死ぬとか情けなさすぎて笑い話にもならない。
鈴木が知ればきっと大口を開けて大爆笑することだろう。そしてそんな俺のことを脱水症状で死んだ自分を勇者と信じて疑わなかった馬鹿な愚か者として後世に語り継いでいくのだ。鈴木め……許せん……!!
辛い、苦しいという気持ちがいつの間にかこれまでの鈴木に対する怨嗟へと変わりつつあったその時、突然俺の周りが水を打ったように静かになった。
お、俺は今何を……!?
冷静になるとあれだけ苦しかったはずの空気がひんやりと心地の良いものに変わっていることに気づく。
見れば、ドーム状の泡のようなものが俺を守るように広がっているのがわかった。周囲はさっきよりも激しさを増して轟々と燃え盛っている。どうやらこの泡が熱から守ってくれているらしい。
俺を守ってくれていたはずの木はいつの間にか跡形もなく焼失してしまっていたが、その代わりとでもいうかのように小さな背中が俺の目に映る。
「まったく、せっかく見逃してやろうと思っていたのに我の厚意を不意にするとは」
金髪の少女が俺を守るように立ち塞がっていた!
「見逃すって……ま、まさか……」
気づいてた……!?少女が言っていた暗殺者装備の貴様とはやっぱり俺のことだったのか……!!
たしかに黒い剣士の装備は明らかに剣士用だもんね!
バレていないと思って息を殺していた自分が今更ながらに滑稽に思える。
とするとつまりこの少女はあの時俺を殺そうと思えば殺すことができたということになる。でもそれをしなかったということは、本当に俺を見逃すつもりでいたということなのだろうか。
俄かには信じがたいことだが、現にこうして俺を守ってくれていることからしても信じないわけにはいかない。
「どうして俺を助けてくれるんだ……?」
呆然と見上げることしかできない俺に、少女は言う。
「勘違いするな、別に助けようと思ったわけではない。お前が死んだところで我にはこれっぽっちも関係ないんだからな」
「じゃあなんで……」
聞き返すと少女は少しだけ黙り込む。
そして俺の方を向くとその可愛らしい顔に少しだけ笑みを浮かべて言った。
「わからない。ただの気まぐれだ」
こんな時だというのに、俺は少女のその笑顔から目が離せなかった。
だが、すぐにその顔の後ろに煙に紛れた黒い剣士の兜が浮かび上がる。それを見た俺は咄嗟に声を上げてしまっていた。
「後ろだ!」
俺が言い切るよりも剣士が大上段に構えた剣を振り下ろす方が速い!
だがそれすらも少女は難なく片手で受け止めてしまう。
近くで見てわかったが、少女は直接手で剣を受け止めているわけではなく、剣と手の間に赤い膜のようなものを発生させて剣を弾いているようだった。どういう原理かは全くわからないが、間違いなく魔法によるものだろう。
その後も剣士はほとんど見えないような速さで剣を振り回すが、少女はその全て受け止めてしまう。見えてるとしたらとんでもない動体視力ですね……!
すると剣士はまた距離をとり、剣を天高くかかげる。突然明るくなったかと思えば、見上げた先に巨大な太陽のような火球が生み出されていた!
一瞬にして目がやられる!
「ぐああああああああああああああああ!!目が、目がああああああああああああああああ!!待って!!それはまずい!!ほんとにまずい!!死ぬから!!そんなの喰らったら死んじゃうからあああああああああああああああ!!」
陽ノ守の
少女の後ろで見ているのでさながら俺に向かって放たれているようで余計怖い。
ていうかあいつ、俺ごと少女を消し去る気でいらっしゃる!?
それを裏付けるかのように剣士は躊躇なく剣を勢いよく振り切った。
ゴゴゴゴゴ!!と魔法があげちゃいけない音を立てて太陽が突っ込んでくる!もはや今の俺にはあの剣士の方が魔物に見えて仕方なくなっていた。
特に焦った様子もなく少女は両手を火球へと向ける。
ただいくら防御が厚いといってもさすがにこの規模の魔法を受ければただではすまないだろう。
かといってどうすることもできない俺は少女に縋るほかない。つくづく自分の弱さが恨めしくなる。
すると少女が火球を見上げたまま言った。
「お前は逃げろ。あれを受けるとなると守りきれる保障はない。少しでも遠くまで離れればその泡でもお前を守ってくれるだろう。それに奴の目的は我だ。お前が逃げても襲い掛かることはない」
そう言われて、俺は一目散にその場を後に―――できなかった。
こうして体を張って俺を守ろうとしてくれているこの少女に背を向けるなんて出来るわけがない。そんなのいくらなんでも格好悪すぎる。
確かに俺は弱くて情けない。力もないし特別な技もないし能力値もない。ないないづくしの三拍子。
もちろんここにいたところで何が出来るというわけでもないのは理解している。
ただ、今のこの状況は俺の弱さと無鉄砲さが招いた自損事故みたいなものだ。森に戻りさえしなければ俺はこんな状況には出くわさなかったはずで、俺がいなければ少女はもっと楽に戦えていたかもしれない。さっき陽ノ守と一緒に魔物に出くわした時と一緒だ。俺が足を引っ張ってしまっている。
でも、だからこそ少女に全部丸投げして俺だけ逃げるわけには行かない。それは絶対に間違ってる。
正しさすら捨ててしまったら、俺に残されるものは本当に何も無くなってしまう。たとえ命を捨てることになっても、それだけは守らなければならない。
俺が逃げようとしないのを見て、少女がため息をつく。
「我は魔の者だ。いわば我とお前は敵同士。その腰に下げた剣で後ろから切り刻まれたとしても文句は言えない。それにこれは我の意志でやっていることだ。だから気を使う必要など一つもない」
「確かにそうかもしれないけど、あんたは俺を助けてくれた恩人だ。それに……」
俺は腰に下がっている
運任せの剣は、俺の想像通りその刀身を現してはいなかった。あれだけ引くことを熱望していたはずなのに、今だけは抜けなかったことに安堵する。むしろこんな場面で引けていたら叩き折ってやるところだ。
「この通り、俺にはあんたを斬るための刀もない」
俺の確率剣を見て少女が笑う。
「刀身のない剣を持ち歩いているようなおかしな奴はこれまでに見たことがないぞ。何しにここに来たのかわかったものではないな」
ひとしきり笑うと、少女は火球を真っ直ぐに見据える。
「わかった。何も出来ないというのであればそこで見ているといい。それだけで、我のやる気も少しは出るというものだ」
火球が迫る。熱を通さない泡で守られているはずなのに、それでも釜に入れられたような熱さを感じる。恐らく外では想像を絶する温度になっているのだろう。
火球が近付くにつれて眩しい光に視界が真っ白に染まっていく。
そんな中、少女の声が聞こえた。
「お前、名は何と言う?」
「清之介だ」
「キヨノスケ、か。ふふ、変な名前だな。我は――」
少女が言い切る前に、火球が俺達を飲み込んだ。
―――
結果からいえば、少女も俺も無傷だった。
俺を守る泡は割れる事すらなく、少女は何の苦もなく火球を一瞬手で触れただけで消滅させた。どうやら赤い膜は魔法に対しても有効らしい。
あれだけ盛り上がっておいてこの結果だよ。俺の黒い歴史にまた新たな一ページが刻まれてしまったかもしれない。
だが、黒い剣士の方はまだまだやる気のようだった。
今度は魔法で作り出した光り輝く弓矢を番え、俺たちを――正確にいえば少女の心臓を狙っている。
「……これでお前を確実に殺す」
剣士が始めて言葉を発した。兜のせいでくぐもった声のため男か女かはわからない。ただ、中性的な声は俺たちと同じくらいか、もう少し若いように感じられる。
その声は明らかに少女に向けられていた。
「何度やっても同じだ。絶対防御がある限り、お前に我は倒せない。お前ほどのてだれならば聞いたことくらいはあるのではないか?」
剣士は答えない。知っていて答えないのか、はたまた知らないからこそ答えられないのか。兜の下の表情は当然読み取ることはできない。
絶対防御。名前からしてあらゆる攻撃を無効化するとか、そんなところだろう。現に剣士のあらゆる攻撃を防いだし、普通なら死んで当然のようなあの火球すらも消滅させた。その効果はもはや疑いようがない。
ただ、俺が知っている漫画にも似たような効果を持つ魔法はいくつも登場していたが、そのどれもが最終的には破られる結果を迎えている。
当然といえば当然だ。絶対に破ることのできない防御なんて存在したらそれこそ誰にも倒せなくなるのだから。
もちろんこの世界においてそんな漫画のテンプレが適用されるかどうかはわからないが、絶対防御の弱点を見つけない限り剣士に勝ち筋はない。
剣士が光の弓を最大まで引きしぼる。魔法で作られた矢は光を放つと轟々と燃え盛る炎をその身に纏った。
少女はその矢に向かって右手を突き出し防御の姿勢をとる。
「……死ね」
ボソリと呟くように言うと、限界まで引き絞られた矢がまるで光のように少女に向かって放たれる。
剣士から離れた瞬間矢から炎が吹き出し、さっきの太陽のような目が眩むほどの光を放出する。
目を
一瞬で少女に到達した魔法の矢はしかし、当然のように絶対防御の前に防がれる。
だが攻撃はそれで終わりじゃない!
「罠だ!」
少女が反応し、すぐさま背後に手を向ける。その先には次の矢を構えている剣士の姿があった!
少女はこれまで剣士の攻撃を真正面からしか受けていない。とすれば意識の外――油断している背後からの攻撃には対処できない可能性は当然考えられる。
そう思い至ったからこそ、剣士は正面からの攻撃をフェイクにして俺たちの後ろに回ったのだろう。
一発目の矢を防ぎきったことから見て、二発目も意識が向いた時点で確実に防がれる。撃ったところでその攻撃が通ることはないとわかっているはずなのに、それでも剣士は攻撃を止めようとはしなかった。
その瞬間、俺の脳裏に疑問が過ぎる。
剣士の目的は攻撃することじゃないのか……?
眩い光を放出しながら矢が放たれる。その瞬間、俺は振り向き、そして目にする。
剣士が元いた場所、そこにはいるはずのないもう一人の剣士が少女を後ろから突き刺そうとしていた!
二重のフェイク……!弓を構えている方も囮で、本命はこっちの剣を持っている方だ!
声に出す暇もない。このままでは少女にあの鋭い刃が突き刺さる。
気がついた時には駆け出していた。少女の前に飛び出して、衝撃に備える。
痛みはあっという間にやってきた。
ザクッという肉を引き裂くような音とともに、冷たい刃が体の中へと侵入してくる。
勢いよく突き出された剣は、柄の深い部分まで入ってようやく止まった。
見下げると、鳩尾の丁度中心あたりに剣が刺さっており、ドボドボと血が溢れ出しているのが見えた。
急激に力が抜けて行き、両腕が力なく垂れ下がる。足もがたがたと震え出し、立っている事すらも辛くなる。
剣士の表情はわからない。何も言わないし、動きもしない。
だが、すぐに刺さっている剣をさらに奥深くへと突き刺してきた。
理由はすぐにわかった。
「お前……どう、して……?」
俺のすぐ背後から少女の苦痛に歪んだ声が聞こえた。
剣が勢いよく引き抜かれると、そのまま倒れこむ。
痛みと恐怖が同時にやってきて、自然と歯がカチカチと音を立てる。指一本すら動かせない。
剣についた血を振り払うと、剣士は少女に近づき、躊躇いなく剣を振り下ろす。
一度、二度、三度刺したところで満足したのか、ようやく剣を鞘へと収めた。
そして黒い剣士は何も言わずにそのまま何処かへと消え去る。
急激に静かになったその場所で、俺の体に開いた穴からヒューヒューと空気が抜けていく嫌な音だけがやけに大きく聞こえていた。
傷口からだらだらと血が流れていくのがわかる。それと一緒に体温も下がってきているらしく、急な寒さに襲われた。
あぁ俺、こんなところで死ぬのか。
本音を言えば、もっとたくさん冒険して、仲間だってたくさん作って、あわよくば魔王を倒してみたかった。
当然今のままで太刀打ちできるとは思わないけど、もしかしたら隠された能力が突然覚醒して本物の勇者になれるかもしれないなんていう妄想。
ずっと憧れていた、誰からも讃えられるような勇者になりたかった。
でも、たとえ異世界だろうと現実はやっぱり厳しいらしい。
唯一守ろうとした少女すらも結局守ることはできなかった。完全に俺の自己満足。犬死にだ。どうせなら少女を助けて、俺の分まで生きてくれなんて格好いいセリフを吐いて死にたかったものだが、それすらも俺にとっては高望みだったということだろう。
勝手に涙が溢れてくる。
異世界転移したところでただの学生の俺には何もできない。
それが、それだけがたまらなく悔しかった。
「キヨ……ノ、スケ……?」
声が聞こえた。
蚊の鳴くような小さな声だが、間違いなく少女から聞こえてくる。
どうにか最後の力を振り絞って少女のところまで這っていくと、血で赤く染まった顔をこちらに向けた。
「ど……して、たす……けた……?」
死ぬことよりも俺が助けようとした理由の方を気にしているらしい。
確実に殺すために剣士は心臓も刺したはずだがそれでもまだ息があるとは流石は魔物といったところだろうか。
「助けてなんかない……だから、こんな……」
「いい、から……こた、えて……?」
少女の真紅の瞳が俺を射抜いていた。
少しだけ考えて、俺は首を振る。
「わからない。気づいたら体が勝手に動いてた。でも……」
ひとつだけ理由があるとすれば。
「こんな俺でも、一人の女の子を守れるような……そんな勇者になってみたいって、思ってたからかもしれない……」
小さい頃から捨てられない、ちっぽけな憧れ。
鈴木が聞いたら間違いなく笑うだろう。何格好つけてんだ気持ちわりぃとか言って俺を指差して馬鹿にしてくる様子が眼に浮かぶ。
少女は目を見開いてじっと俺を見つめていた。それからほっと息をついて、笑う。
「そ、か……うれ、し……な……あり、が……」
言い切る前に、ゆっくりと目が閉じられる。それから少女はピクリとも動かなくなった。
少女を看取ると、全身の力が抜けた。
目を開いているのすら億劫になり、瞼が重くなっていく。
血が出過ぎていた。俺の死因はきっと出血多量によるショック死だろう。
遠くから俺を呼ぶような声が聞こえたような気がしたが、もはやそれすらも俺は聞き取ることができなかった。
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